「チョコミントで顔を隠した」
翌日から、俺たちは行動を開始した。
まず知らなければならないのはサクラの現状だった。
なんといっても三年間行方不明だったわけで、さらに頼れる縁故も存在しないサクラが現状でどういう扱いになっているのかを確かめつつ、ひとりの人間として生きていくための道筋を作らねばならない。
結果、以下のことが判明した。
サクラの両親がどちらも孤児院出身だったこと。サクラの弟も火事に巻き込まれて亡くなったこと。
サクラは法的には認定死亡という扱いで、三年前の火事に巻き込まれて家族と共に亡くなったと思われていたこと。
ならば、次にすべきは身分の回復だ。
俺たちはサクラの生存を証明するため、高校の元担任など、サクラのことを保証してくれる人を探して歩き回った。
共に役所や警察を訪れ、事情を説明して回った。
三年という年月は失踪業界からすればそれほど長い年月ではなかったらしく、拍子抜けするほどあっさりと、身分は回復出来た。
遺産はそれほどのものではなかったが、父親がかけてくれていた保険金が入るということで、これからの生活にわずかに光明が見えた。
「……しっかし、いい人だったなあ。赤城先生」
森林公園の真ん中。
夕陽の中を去りゆくスーツ姿の女性の姿を見送りながら、俺はしみじみとつぶやいた。
「おまえのこと、ずっと気にしてくれてたんだってよ」
見た目はギャルで、よく学校を無断欠席して、あげくのはてには火事で死亡したと思われていたサクラ。
そのサクラの行方を、当時新任だった赤城先生は必死になって探し回ったのだという。
ビラを作り、インターネットで情報を求め、全然諦めようとしなかったのだという。
「やー、幸子センセにはね、感謝しかないっす。学校でもよく声をかけてくれて、自分が孤立しないように面倒見てくれて。お腹空いてたらお菓子くれたりもして……。とにかくずっと諦めないでいてくれて……。ホントにいい人っすよ」
再会した時の様子といったらなかった。
サクラに抱き着いて、わんわんと子供みたいに泣き出して……。
「俺、どんな風に思われたかな。危ない奴とか思われてないといいけど……」
普段の暮らしが暮らしだけに、まともな人を相手にすると気後れしてしまう俺だ。
今はバイト先の店長に借りた背広を着てるし、ひげも剃ってあるので真っ当な社会人に……見えていてくれればいいが……。
「師匠は大丈夫っすよー。自分より全然ちゃんとしてるから」
「だから、俺は別に……」
「そうでなかったら、幸子センセが自分のことを任せたりはしないっすよ。なんせ熱い人なんで、師匠のことを怪しく思うんだったら無理やりにでも引き剥がそうとするはずっす。それをしないでああして帰ったってことは……ね? 師匠は信頼されてるってことっすよ」
「……だといいけどな」
「大丈夫っすよー」
サクラは後ろで手を組むと、いつもみたいににへらと笑って見せた。
「さ、とゆーわけでこれから頼むっすよ師匠。いや、後見人といったほうがいいっすか?」
「……やめろ、その呼び方は。っつうかおまえさ、ちょっと俺を信用しすぎじゃないか?」
サクラは俺を後見人とし、両親の遺産や保険金を始めとした手に入るすべての金を預けることに決めた。
本当に、一瞬の迷いも無くそう決めた。
「だって、自分には師匠しかいないじゃないっすか。選択肢なんかそもそも無いんですよ」
「かもしれんけど……俺がもし逃げたらとかさ……」
「師匠が? お金を持って逃げる? それって超ウケますねっ?」
そう言うと、サクラは身をよじるようにして笑い出した。
「いやおまえ、笑ってるけど……」
「ひー、ひー、ひー……っ。いやホント、何ありえない話してんすか。あの真面目で堅物な師匠がそんなことするはずないじゃないですか」
サクラは目元に浮いた涙を拭うと、バンバンと俺の腕を叩いた。
「それにね、自分はこの世で一番師匠を信頼してるんす。もっとずっと小さい頃からすり込まれた、すんごいすんごい固い信頼なんすよ。今さら疑えってほうが無理っすよ」
たしかに、サクラと俺のつき合いは長い。
何せサクラが赤いランドセルを背負ってた頃から始まっているのだから、『神隠し』期間を除いても六……七年ぐらいにはなるだろう。
俺がサクラを妹のような存在と思っているのと同じように、サクラも俺を兄のような存在と思っているのだろう。
「……そんなもんかね」
「そんなもんす。だから自信を持ってくださいよ」
けらけらと笑うと、サクラはベンチの傍にあるアイスの自販機を指差した。
「あ、師匠。アイス食べましょうアイスっ」
「アイスうぅー?」
「いいじゃないすか、打ち上げっすよ打ち上げ。面倒な手続きが一段落した打ち上げ。ほら、お金なら自分が出世払いで払いますから。いや全然出世はしてないんすけどね? 親のおかげ100%っすけど」
「金の心配してるわけじゃねえよ。この寒空に何もなあって時節柄の話をしてんだ」
ぶつぶつ言いながらも、俺は要望通りのチョコミントを二本買うと、片方をサクラに放り投げた。
「おっとっと……」
「こいつはおごりだ。言っとくが、おまえから一銭たりとも取る気はねえよ。今後もな」
「え……?」
地面すれすれでチョコミントをキャッチしたサクラは、意外そうな目で俺を見上げた。
「おまえの金はおまえのために使うんだ。俺はあくまで管理するだけ」
「だってそれじゃ……」
「保険金。あのぐらいの年齢の親が子供にかけるには多すぎる額なんだってよ。それってつまり、こういうことだろ? この先何があってもおまえが困らないようにって、そういう意味だろ?」
「あ……」
「だったら俺が、おいそれと手をつけるわけにいくかよ。それにおまえもな、そんな簡単に使うとか言うな。いざという時のために取っておけ。文字通りの保険にしとけ」
「……じゃあ、これからの生活費とかは?」
「俺が出すに決まってるだろ。もっとバイトを増やして、稼いで、養ってやるよ……っておい、なんだどうした?」
サクラはトマトみたいに真っ赤になった顔を、手とチョコミントで覆い隠した。
「その……たぶん絶対わかってないと思うんすけど……。それってほとんどぷろぽ……いやなんでもないっす……」
「はあー? 何をぼそぼそ言ってんだおまえは?」
「なんでもないっす。なのでそれ以上ツッコまないで欲しいっす。というかそれ以上近づかないで欲しいっす」
「はああー?」
「今いろいろ大変なんすよっ。わかってくださいよっ」
「本当にわけのわからん奴だなあー……」
逃げ回るサクラを追いかけるのを途中で諦めると、俺はベンチに腰掛けた。
寒空で食べたチョコミントは甘く、鼻先をスーっと爽やかなものがくすぐって過ぎた。