「ひとつの布団で寝た」
夜中にふと、誰かの視線を感じた。
サクラが起きたのかなと思いながら目を開けると、思いのほか近い距離に茶色の双眸が合った。
というかむしろ、俺の布団の中にいた。向き合うような形で横になっていた。
「……げえっ?」
「ふあ……っ?」
俺はサクラとの距離感に驚き──
サクラは俺が目を覚ましたことに驚いて──
ふたり揃って、変な声を上げた。
「ちょ……ちょっとっ。『げえっ』ってなんですか『げえっ』って。もっと他の驚き方はないんすかっ。年頃の可愛い女の子を目の前にして失礼じゃないですかっ?」
ぷんぷんと怒り出すサクラ。
いや、問題はそこじゃないだろ。
「驚き方なんか俺の自由だろというかおまえはなんで……こんな……こんなことを……っ?」
俺の部屋には、寝具が布団一組とコタツと座布団しか無い。
サクラが泊まっていく時は、ふたりがどちらで寝るか毎回ジャンケンで決めていたのだが……。
「おまえがコタツのほうが暖かくていいって言うから譲ってやったのに、なんで俺の布団に入って来てんだよっ?」
「そりゃ言ったっすけど……言ったっすけど……。今後のことも考えると、一晩中電源入れっぱなしなのも悪いかなと思って……。だったら布団を共有すれば安上がりだし? しょ、省エネで地球にも優しいしっ?」
顔を真っ赤にしながらわたわたと自分の行動を説明するサクラ。
「それにさっき……ああいうのがあったから……その……いいかなって」
両手の指を絡ませて、唇を尖らせて、サクラは何やら変な言い回しをするが……。
「ああいうのって……………………あ」
唐突に思い当たった。
つい数時間前、傷ついたサクラを慰めるために自分がとった行動を。
抱きしめて、背中をさすって──あの一連の、今思い返すとものすごく恥ずかしい行動を。
「だから、今日は許されるかなって……」
「許すとかそういうことじゃないだろ……」
赤くなったのを悟られないように、俺は自分の額に手を当てた。
気持ちはわからないでもない。
家族を失い、帰るところを失い、今まさに孤独と不安の真っただ中にいるサクラが、電化製品によるものでない人の温もりを求めるのは、決して変なことじゃない。
実際、相手が家族や恋人なら、ぜひそうすべきだと思うのだが……。
「あのなあ、おまえは嫁入り前の大事な身なんだから……。こういうことを軽々しくするべきでは……」
「もう……ホントにカタいんだから……」
唇を尖らせ、上目遣いで俺をにらむサクラ。
「そうゆー形式ばったことはいいんすよ。それで? このまま布団に入ってていいんすか? ダメなんすか? か弱い女の子をぽかぽか温か空間から追い出すような、師匠はそんな冷たい人間なんすか?」
「なんでおまえが脅すような形になってんだよ……」
ツッコみに力が無いのは、自分でもわかってる。
脇が甘いと言われるかもしれないが、今のサクラを突き放すなんて俺には出来ない。
「……ちっ、わかったよ」
俺はしぶしぶ、サクラを許した。
「やった。じゃあ……っ」
「でも、それ以上は1ミリたりとも近寄るんじゃねえぞ? 言っとくが、俺だって男だからな。何か間違いがあってからじゃ遅いんだから」
「間違いって、師匠がそんなことするはず……」
「わかんねえだろ、人間なんだから絶対はない。とにかく俺はこうして後ろ向いてるから、おまえはおまえでそっちを向いてろ」
サクラに背中を向けるように布団の中で回転すると、俺は改めて目を閉じた。
「さっきみたいなのは……ないんすか?」
「ないよ、ないない」
スウェットの裾を引いて名残惜しそうに聞いて来るサクラに、俺は断固として答えた。
「ちぇー……まあいいっすけど…………あ。でもこのままだとちょーっと狭いんで、体はみ出しちゃうんで……」
ぶうたれたサクラは、しかしいいことを思いついたとでもいうように声のトーンを上げると、俺の背に手を当て、おでこをくっつけてきた。
「ね、これぐらいなら、いいっすよね?」
男と女の境界線を超えない程度の、ぎりぎりの距離感。
これにはさすがに、文句も言えない。
「………………いいけど」
「へっへー、良かったっすー」
俺の許可が出たことで安心したのか、サクラは大きなあくびをした。
「温かくなったら、急に眠くなってきたっすー」
「おう、よく眠れよ。明日は朝からめちゃめちゃ忙しいからな」
「ええー……? マジすかー……?」
「当たり前だろ。役所に警察。おまえの服やなんかも買わなきゃいけないし、大変なんだからな」
「そうすかー……そりゃー……たいひぇんでぇー……」
「おまえなにを他人事みたいに……ってもう寝てんのかよっ。そんな早く寝るやつ初めて見たっ」
ツッコんだが、サクラの反応はもう無い。
すうすうと寝息を立てて、本当に眠っているようだ。
「……」
無理もねえか、そう思った。
この時間に戻って来てからサクラが体験したことは、きっと普通の人間が生きているうちに体験する出来事のほとんどより、格段にハードなものだったはずだ。
多くの大切なものを失い、頼れる者は俺しかいなくて……つまりこれからの生活にも不安しかなくて。
にも関わらずこいつはなるべく普段通りに振る舞おうとして……それはけっきょく、最後までもたなかったけど……。
「……」
俺の背中でいいなら、いくらでも貸してやろう、そう思った。
そうする権利が、たぶんこいつにはある。
プロローグ終了です( *・ω・)ノ




