「痛いほどに見つめてきた」
凛と名乗ったJKは、俺をコンビニの裏側へと連れ出した。
もともと暇な、それこそ山田ひとりいれば回るようなコンビニだから、俺が抜けても問題はないのだが……やりたい放題な感じがムカついた。
「んーで、その凜様がなんだって? こんなとこへ連れて来て、俺に何を聞かせてえの?」
腕組みした俺が不満を訴えると。
「……あんた、ホントに何も聞いてないの? マジで?」
凜は目を見開き、いかにも驚いたように聞いてきた。
「何を、誰に」
「今度の街フェスのこと、奈緒子に」
「……奈緒子って、遠藤さんのことか?」
『月刊ジャズ&ブルース』の編集で方々にツテがあって、編集長に盾突く胆力すら兼ね備えた女性。
今度の街フェスのことだけでなく、俺とサクラにとっては間違いのない大恩人だ。
というかこいつ……。
「さんをつけろバカ。相手は目上の、おまえにとってだってそれなりに恩のある人だろうが」
「はあ? うっさい、あたしに指図すんな」
「こいつ……っ?」
年上からのありがた~い意見を、凜はぴしゃりとはねつけた。
「ふん、その様子じゃなんにも聞いてないみたいね」
俺が知らないのを確信すると、凜は小馬鹿にしたように口元を歪めた。
「……聞いてねえよ。いったいなんの話だ」
「奈緒子が言ってたの。今回の街フェスであたしとあんたが競って、結果が良かった方を『アンバー』に紹介してくれるって」
「アンバーって……あのアンバーか?」
「そうよ。そのアンバー。海外の有名プレイヤーや、日本でも相当な大御所でしか演奏を許されない、超々有名クラブ。ジャズ・ブルース分野における甲子園、花園、国立」
知ってるなんてもんじゃない。
凜の言う通りで、ジャズやブルースをやっている日本人のすべてが頂点として目指す有名クラブだ。
開業明治の超が付く老舗で、雰囲気も音響も客層も最高で、海外からの注目も高く、そこで演れるというのはイコールプレイヤーとしての将来を約束されたという証でもあり……。
「俺がアンバーで演れる……マジかよ……」
「ちょ……あんたが、なんて言ってないでしょっ? あくまで勝った方がだってのっ」
凜は俺の腕を掴むと、ぐいぐいと力強く引っ張った。
「いやまあ、そうかもしれんけどさ。こういうのって、最初から負ける気で挑む奴いる?」
「まあそうだけどっ、わかるけどっ」
ダンダンとアスファルトを踏みつけながら、まだ勢いの納まらない様子の凜。
「いいっ? ともかくっ、勝つのはあたしだからっ! 今日はそれを言いに来たのっ!」
「あーあーあー……なるほどね、つまりおまえは、宣戦布告をしに来たってわけか」
ようやくわかった。
わざわざこいつが俺の顔を見に来た理由。
戦うにあたって、相手の顔がわかってるほうが燃えるタイプなんだ。
「上等だよ。おまえ、凜だっけか。絶対負かして泣かしてやるからな」
「望むところよ」
至近距離からにらみ合い、バチバチと火花を散らす俺と凜。
すると……。
「ちょおおおおおおおおーっ! 近い近い近い近い近いっすよおおおおおおおおーっ!」
見てられるか、とばかりにサクラが割りこんで来た。
「なんすかもうなんすかもうなんなんすかもうううううーっ!」
地団駄を踏み、両手をぶんぶん振り回し、サクラは相当怒っているようだが……。
「なんだサクラ、どうしておまえがそんなに怒ってんだ?」
「そんなの決まってるじゃないっすか! 師匠がJK相手に鼻の下伸ばしてるのがムカついてっすねええー!」
「てかそもそも、誰あんた?」
荒ぶるサクラに対し、氷のように冷たい目線を向ける凜。
いやマジで、ゴミを見るみたいなすんげえ目をしてる。
いかにも眼中にないって感じ。
「はあああーっ!? はああああああーっ!? あんた……あんたこの状況で自分のことわかんないとか言うつもっりすか!? 普通にわかるでしょうが! 師匠と組んでる、『Spring,Cherryblossoms』のおおおおーっ!」
「ああ、金魚のフンみたいにくっついてるギャルね」
「きん………………っ!?」
あまりの暴言に、サクラの思考回路は完全にショートした。
顔が真っ赤に染まり、頭から湯気が出て、目玉はぐるぐる。
「落ち着け、落ち着けサクラ」
俺が頑張ってなだめても、サクラはまるで言うことを聞かない。
拳を握り絞め、息を荒げながら立ち尽くしている。
「てか、わかってないのあんた?」
そんなサクラに、凜はいかにも小馬鹿にしたように声をかけた。
「あんたがこいつの足引っ張ってんのよ。間延びしたボカロみたいな声出してさあ、なに、ブルースをバカにしてんの? あのねえ、あたしはたしかにブルースに関しては門外漢かもしんないよ。でもこれだけはわかる、あんたの歌がこいつの足を引っ張ってるんだ。本来あるべきブルースの形とは違った、醜い歪んだものにしてんのよ。それぐらいわかれっての、バーカ」
「?????」
わけがわからない、とでもいうかのように動きを止めたサクラ。
一方、これで格付けは済んだとでもいうかのように凜はサクラを嘲笑った。
その上でちらと俺に目を向けると……。
「実際、あんたもわかってるんじゃないの? この女と組んでたって、真のブルースにはたどり着けない。だったらまだしもあたしと組んだほうがマシだってさ。あ、これリップサービスじゃないからね? あんたがあたしと組むんだったら、今度の勝負はともかくとしても、もっと上のステージに行かせてあげる。あたし、あんたのギターの腕だけは認めてるから」
呆然とする俺の肩をぽむと叩くと、凜は現れた時と同じく嵐のように去って行った。
後には呆然としたままの俺と、俺の横顔を痛いほどに見つめてくるサクラだけが残された。




