「血相を変えて立ち塞がった」
「へええー、音楽フェスに出るんすかー、よかったじゃないっすかあー」
梅雨も半ば、コンビニバイトの夕方勤務。
俺とサクラのユニットの近況を教えると、金髪ロン毛の後輩山田は素直にお祝いの言葉をくれた。
「それってあれっすよね、富士山の麓とかでやるー、ステージがいくつもあってー、みたいな? すごいっすね、いきなりメジャーデビューって感じしゃないっすかあー」
「そんな大きなのじゃねえよ。しかもおまえが言ってんのフジロックとかだろ? 俺が参加すんのはただの街フェス。街頭ミュージックフェスティバルの端っこに置いてくれるってだけの話だよ」
日本全国津々浦々、音楽フェスってのはいくつもある。
ロックにジャズ、ブルースにだって存在する。
名前の順に動員数は減っていき、当然だけどブルースが一番低い。
今回はとある地方都市の街興しの一環として行われる街フェスで、ジャンルは混合、しかも第一回開催なので、そんなに注目度も高くない。
場所もメインステージから離れた末席だから、動員数だって上手くいっても百や二百といったところだろう。
「とか言いつつ、超嬉しそうじゃないっすかあー」
「……まあな」
数の問題じゃないとはいえ、普段のライブの数倍のお客さんが来るのはたしかだし。
それに、そもそもがさ……。
「今までその手のイベントには何度も応募してきたけど、一度も通ったことなかったんだ。返って来たのはことごとく門前払いのお祈りメールで……」
「あ、これ悲しいやつだ」
音源CDを送り、活動履歴を送り、あっさり弾かれる。
音源CDを送り、活動履歴を送り、あっさり弾かれる。
それをひたすら繰り返して現在25歳。
ミニマムな混合イベントだとはいえ、嬉しいのは嬉しい。
「こりゃーますます、サクラちゃんに頭上がらないっすねー」
「ああ……まあな」
運営本部にツテがあるという遠藤さんの後押しも大きかったが、サクラがいなければそもそも遠藤さんに目をかけられることすらなかったわけだしな。
「なんかしてあげたんすか? プレゼントとか」
「してねえよ。っつか、金銭的にそんな余裕がねえよ」
路上ライブのおひねりやCD販売などによる利益がそこそこ積み重なって来たとはいえ、まだ安心出来る量じゃない。
なんらかの事故に遭って俺がギターを弾けなくなったりサクラが歌を歌えなくなったりという可能性はいくらでもあるので、コンビニバイトだって辞めるわけにはいかない。
ましてやプレゼントをなど、だ。
「かーっ、堅実っすねー。バイトしながら音楽で食ってこうとかいうロックな生き方してるくせにー」
呆れたように山田。
「あー、でもっすねー。別に金のかかったプレゼントとかじゃなくていいと思うんすよ-。たとえばどっかにデートに連れてってあげるとか。いつもより多めにイチャイチャしてあげるとか、そんなんでも喜ぶと思うっすよ」
「デートにイチャイチャ? おまえ、俺とサクラの関係を勘違いしてないか?」
「勘違いもなにも、同棲して、毎晩ヤることヤってんでしょ?」
「バカか、ヤってねえーよ」
「は? え? ウソ……マジかこの人……?」
口をあんぐりと開けて山田。
「あんだけ好き好き光線出されてるのに抱かないとかマジすか、男すか? 生えてんすか?」
「生えてるよっ。つかなんだよ、好き好き光線って」
「いやいやいや、わかるっしょー。あんだけされてわかんないとかウソだもーん」
手をぱたぱた振りながら、山田は力説する。
「いくら天涯孤独の身ったって、好きでもない男のアパートにいきなり転がり込んで居候決め込むとかありえないって。わかるでしょー?」
「いやいや、あいつは妹みたいな存在で……知らない仲じゃないわけで……」
「にしてもっすよ。普通に考えてぇー」
俺がどれだけ却下しても、山田はしつこく食い下がる。
「えー、じゃああれっすか? ハルさんはサクラちゃんのこと好きじゃないんすか?」
「そりゃおまえ、好きか嫌いかで言ったら好きだけど……それはLOVEじゃなくLIKE的な意味であって……」
「抱きたいんすか? 抱きたくないんすか?」
「そりゃおまえ……」
俺だって男だ。目の前にいい女がいたらそりゃあ色々と考えることはある。
サクラは見てくれは可愛い女の子だし、性格だって悪くない。
彼女にしたら楽しいのかなと考えることがなくもない。
だが……だがよ。
「普通に考えてよ、居候させてる女の子に、しかもJKに手ぇ出すってのは最悪じゃないか?」
「まー、普通にクソ野郎だし、下手すっと手が後ろに回りますけどね」
山田もそこは、あっさり認めた。
「でも問題は、当人の気持ちじゃないっすか。サクラちゃんがハルさんのことを好きなのは明らかで、ハルさんだってサクラちゃんのことが好きなら……っと、あぶねえ。サクラちゃんだ」
コンビニの自動ドアのチャイムが鳴ったと同時、太陽みたいな笑顔を浮かべたサクラが店内に入って来た。
「おっすおっすー、師匠真面目に働いてっるすかー?」
「……ふん、見ての通りだよ」
「あー、山田さんとくっちゃべって遊んでるとこっすねー」
「もっと下を見ろ。ほら、せっせと袋詰めをしてんだろうがっ」
山田とくっちゃべりながらも、仕事は真面目にこなしていた俺だ。
といってもただの単純作業だが、最近流行のキャラクターもの商品の袋詰めを行っているところだった。
「お、ホントだ。意外と偉い」
「意外とは余計だ、意外とは」
俺たちがいつものやり取りをしていると……。
「よーう、サクラちゃん。おいっすー。今日も今日とて可愛いねー」
「お、ダーヤマさんおいっすー。今日も今日とてチャラいっすねー」
俺の仕事を観察に来た縁で仲良くなったふたりは、にこにこしながらハイタッチを打ち交わしている。
「あー、ひっでえの。こう見えても真面目な男なのにー。ま、ハルさんとずっと一緒にいたらそういう感覚にもなるんすかねえー。なんせこの人、真面目が服着てギター弾いてるような人だから」
「そうそう、そうなんすよー。こーゆーおカタい人と一緒だとね、こっちまで気持ちが真面目になっちゃって。今もこうね、これからの地球の環境問題について考えていたとこで……」
キリッとばかりに表情を整えるサクラだが、絶対ウソだ。
暑いの嫌い湿っぽいの嫌いといつもマックスでエアコンをつけたがる奴が、環境問題なんて考えているわけがない。
「いいからいいから、仕事の邪魔すんな。大人しく帰って発声練習でもしてろ」
「あ、冷た~い。せっかく人が応援に来てあげたのにぃ~」
ぶうぶう言いながらも、サクラは素直に引き下がった。
「ま、いいっすけどね~。こちとらエアコンの効いた室内でのんびりアイスでも食ってますから~。ろーどーしゃの師匠はせいぜい汗水たらして働いててくださ~い」
「ふん、言ってろ」
いつも通りの、なんの裏表もないやり取り。
俺に向けられる、信頼感に満ち満ちた笑顔。
こいつに嫌われてるとは思わないが、じゃあ好かれてるのかというと疑問が残る。
もし好かれているのだとしても、それは兄のような存在である俺に対しての、近縁に向ける愛情なのではないか。
ことこういったことに鈍い俺には、その辺がさっぱりわからない。
俺はどうするべきなのか、サクラは何を望んでいるのか……。
「ん? どしたんすか? 師匠、難しい顔して」
ムッツリと押し黙っている俺を不審に思ったのだろう、サクラが顔を覗き込むようにしてくる。
「……なんでもねえよ」
「ホントっすか~? なぁ~んか変な感じなんすけどねぇ~?」
「いいから帰れ、帰れ」
しっしっと手を振っていると、不意に横合いから声をかけられた。
「ねえ、あんた『Spring,Cherryblossoms』のハルでしょ?」
声をかけてきたのは、クリーム色のカーディガンに白シャツ、グレーのプリーツスカートというサクラと同じ学校の夏服を着たJKだった。
しかも驚くほどの美少女だ。
背中まで届く真っ黒な長髪には天使の輪が浮き、切れ長の瞳には強い光がある。
顔の造作は女優みたいに整い、体型はアスリートのように引き締まっている。
肩にかけている楽器ケースはテナーサックスか何かだろうか、とすると、よほど厳しいブラスバンド部にでも入っているのか。
「ちょ……なんすかあんた? 師匠のファンかなんかすか?」
なぜだろう、サクラが血相を変えて俺とJKとの間に立ち塞がった。
敵意に満ちた目を向けると、凄まじい勢いでまくし立てた。
「サインが欲しいとか握手して欲しいとか、そうゆー用事ならマネージャーの自分を通してもらわないとダメなんすよねー。ほらやっぱー、こうゆーご時世なんでー。ストーカーとかね? そうゆーの怖いじゃないっすかー。変に勘違いさせないほうがいいとゆうかー。こちとら師匠を守らなきゃならない立場なんでー、そうゆーのは絶対見逃せないんすよー」
誰がマネージャーか、とツッコみたくなったが、なぜか声が出なかった。
JKはまっすぐに俺を見ている。
返答いかんによっては叩っ斬る、とでもいわんばかりの剣呑な気配を発している。
こいつ……いったい何者だ?
「……ああ、そうだ。俺がそのハルだ。んで、あんたは?」
問い返すと、JKはこくり小さくうなずいた後、とんでもないことを言い出した。
「ねえ、あんた。あたしとちょっとつき合ってよ」




