「口を揃えて謝った」
「う、ううー……?」
俺の持論に、サクラは唸った。
「ううううううー……ん?」
100%感性だけで歌っているタイプのサクラだ。
突然音楽論なんかぶつけられたって、対応出来るわけがない。
ただ唸り、頭を抱え、最終的には気づかわしげな目を俺に向けてきた。
「ええとつまり……師匠としては、こういうやり方は気にくわないってことっすよね? だったらもう少し、配信回数減らしたほうがいいっすかね? 内容も出来るだけブルースに関わることのみにして……」
「いえ、待って」
サクラの提案を、遠藤さんが途中で遮った。
「ハル君の気持ちはわかるわ。正直、君に相談せずにどんどん進めてしまったことは悪いと思う。きっと、こんな風になるとは想像してなかったのよね?」
遠藤さんは、真面目な顔で話し出した。
「ひとつ、昔の話をするわ。映画俳優とテレビ俳優の話」
「映画俳優と……」
「テレビ俳優っすか?」
思ってもみなかった単語の登場に、俺とサクラは顔を見合わせた。
「昔々のその昔、カラーテレビが家庭に普及し始めた頃のお話よ。わたしもあなたたちも、まだ生まれてすらいなかった頃。その頃映画俳優たちは、テレビに出ないようにしていたの」
「テレビに出ない?」
「なんでそんなことをしたんすか?」
「テレビを下等なものと捉えていたから。全国の家庭に普及しつつある卑近なものより。わざわざ映画館まで足を運ばないと見られない映画を特別なものと考えたの。その上で、自分たちはテレビには出ないようにしたの。そうすれば、みんなが自分たちを見るためにもっと映画館に足を運んでくれるから。でも結果は違った。テレビの圧勝。みんなは身近でわかりやすい娯楽を求め、テレビに群がった。映画俳優はやむなく自らを曲げ、テレビに出演する道を選んだ。日本はもちろん、その流れは自由の国アメリカですらあったことなの」
初めて聞く話だった。
そして今まで、考えたこともなかった芸能界の裏側だった。
「教訓はいくつもあるけれど、わたしたちにとって一番大事なのは、『待ち』の姿勢に入ってしまったが故に映画俳優が敗れたということ。自分たちの提供するものが高尚なものであると増長し、待ち構え、広めるように努力しなかったこと」
「…………それはイコール、ブルースにも言えると?」
「ええ、認めたくないことだけど」
遠藤さんは重々しくうなずいた。
「ブルースは敷居の高いものだった。そもそもが黒人音楽である上に、日本人にとってわかりやすいような紹介の仕方をしなかった。日本人の間に普及出来るような努力もなかった。一時期あったブルースの波も60年代後半の一過性のもので終わってしまい、ブルースから派生した言わば子供であるロックの波に呑み込まれた。以来60年……結果がこれよ」
遠藤さんは手を広げ、皮肉げに唇を歪めた。
「わたしはブルースが好き。血よりも濃い液体として流れてる。だけどわたしだけじゃだめなのよ」
「…………」
わかる。
実際よくわかる。
遠藤さんの感じている引け目。
それは圧倒的な孤独感からくるものだ。
自分だけしか知らない音楽。マイノリティの苦しみ。
それをどこまでもひとりで追い続けるなんて、普通の人間には出来っこない。
俺だって、何度もやめることを考えた。
こんな苦しい道じゃなく、もっと楽な道を選ぼうって。
そうしたほうが、きっと楽になれるから。
でもけっきょくそうしなかったのは、ブルースに対する愛があったからだ。
どうしてもこいつにしがみつきたい、この道で成し遂げたいという意地があったからだ。
ちょうど遠藤さんが、編集長と敵対してすら俺たちの味方をしてくれるように。
「なるほど……わかりました」
俺はうなずいた。
「俺たちは変わらなければならない。ブルースのために、ブルースを思うからこそ。そういうことですね」
「ありがとう、わかってくれて嬉しいわ」
遠藤さんは、ふわり優しげに微笑んだ。
「えっとー……師匠、じゃあこれからも毎日その、ブルース以外のことを配信しても?」
「ああ、いいよ」
「師匠の寝顔撮影60分動画とか上げても?」
「それはやめろよ。というかどこに需要あるんだそれ……」
いつもの明るさを取り戻したサクラが次々とバカなことを言ってくるのにツッコんでいると……。
「良かった。ここまでやって来て、やっぱりダメですとか言われたらどうしようかと……」
遠藤さんが、脱力したようにテーブルに突っ伏した。
「今までけっこう自腹切っちゃってて、正直生活にも影響きたし始めてるのに……とか思っちゃった。良かったあー……」
「え、ええと……遠藤さん?」
「それってどうゆー意味っすか?」
おそるおそる訊ねる俺とサクラに、遠藤さんはとんでもない裏事情を打ち明けてきた。
「実はあなたたちのバックアップの件で編集長と衝突しててね、結果を出すまで取材費も接待費も出してくれないことになったの。例えば今日のこれも、全部自腹」
さあ打ち上げだとばかりに盛り上がったサクラがろくに考えもせずに頼んだメニューが次々と運ばれてくるのを、遠藤さんは死んだ魚のような目で見つめている。
「す、すいません。早めに結果出しますんでっ!」
「ご、ごごごごごめんなさいっすー!」
俺とサクラは口を揃えて謝った。




