「ドヤ顔でピースサインをして見せた」
「んんんー? なんでかなー? おっかしいなあー?」
遠藤さんと共に行われる何度目かのミーティング。
いつものファミレスのいつもの席に陣取ったサクラが、ノートPCを開いたままうんうんとうなり声を上げている。
「どうしてこの会心の配信がウケないんだろう……この会心の配信が……。ねえ、なんでっすかねー? 師匠」
「そのヘッタくそなシャレはともかくとして、理由はひとつだろ」
隣に座っていた俺は、ビシリとノートPCの画面を指さしつつ指摘した。
「そのキャラが気持ち悪い」
画面中央にドデンと大写しになっているのはピンク色のトカゲ人間のような何か(そうとしか説明出来ない)。
「えええー、なんでっすかー。可愛いじゃないっすかー」
「どこがだよ。見た瞬間子供が泣き出しそうな見た目してるだろうが」
「えええー、可愛いのにいー。この目つきの悪さとか、ほとんど師匠みたいですよー?」
「よおおーっしおまえ、そこを動くなよ? 言っとくが、俺は女だろうがなんだろうが容赦を知らない男だからな?」
「痛い痛い痛いっ、師匠そのこめかみをぐりぐりすんのやめてくださいっすーっ」
遠藤さんの紹介してくれた有名動画配信者『真夜中のビーバー』さんが『余っている』という理由からサクラに提供してくれたVtuberのアバターは、『余っている』理由がよくわかる粗悪な品だった。
キモ可愛いとかいうよくわからん価値観を持つ希少な人種にはウケるかもしれないが、『Spring,Cherryblossoms』のファン層は幸いなことにまともな感性の人が多いらしく、先日の生配信中から疑問の声が多かった。
「ううーん……サクラちゃん。ちょーっとその路線は攻めすぎたかもねえー……」
話を聞いていた遠藤さんも、これには思わず苦笑い。
「みんなは可愛いサクラちゃんの顔が見たいんだから、わざわざVtuber化する必要はなかったかもねえー」
サクラを傷つけないように配慮しつつ、巧妙に問題点を指摘していく。
「そ、そうっすかねー? へへ……へへへへへ……っ。か、可愛いって、ほら、聞きました? 師匠」
「おまえの耳ってホント都合いいよな……」
呆れつつも、チャンネルの路線が正しい方向へ行くこと自体は喜ばしいことだ。
だから俺は、それ以上突っ込まないことにした。
「ま、それはともかく」
パンと両手を打ち合わせると、遠藤さんは場を盛り上げるように明るい声で言った。
「登録者数2万人超え、総再生時間5千時間超え、おめでとうございまーすっ」
「ふっふっふ、ありがとうございます」
ぱちぱちと拍手してくれる遠藤さんに、サクラはドヤ顔でピースサインをして見せた。
「まあ自分と師匠にかかればこんなものはお茶の子さいさいですけどね。すぐに5万人、10万人と増やしていきますけどね。再生時間だってガンガンに増やしていきますけどね」
「かーっ、調子に乗りやがって……」
軽く頭を小突いてやると、サクラは「えへへへへ」と舌を出して照れ笑いをした。
「……とか言いつつ、微妙にわかんないんことがあるんですけど……」
かねてから思っていた疑問を、俺は遠藤さんにぶつけてみた。
「ちなみにその、登録者数とか再生時間が増えると、いったいどうゆーことが起こるんです?」
「え」
「師匠……マジで言ってるんすか……?」
今さら何言ってんだこいつ、みたいな顔をする遠藤さんとサクラ。
「あのっすねー、師匠。MyTubeってのは世界最大の動画配信サービスで……」
世界中の人が見ていて、登録者や再生時間によって広告収入が入る仕組みらしい。
場合によっては有料チャットでお金をくれる奇特な人もいるようだ。
「この調子でいくと、収益化ラインに到達するのももうすぐね。上手くいけば、これだけで食べていけるようになるかもしれないわよ?」
「師匠、聞きました? 音楽だけで食べていけるようになるかもしんないんすよっ?」
「…………マジで?」
定期的に広告収入が入ってくるようになれば、コンビニバイトを続ける必要がなくなる。
イコール練習に割く時間が増え、路上ライブを行う時間も増える。
動画配信だってする機会は増えるだろうし、それはすなわちさらなる収入の増加を意味していて……。
「んー…………」
「あれ? 師匠あんまり嬉しそうじゃない?」
俺の鈍いリアクションに、サクラが驚きの声を上げる。
「そりゃあまあな、今よりブルースに打ち込める環境になるのは嬉しいが……。でもさ、動画配信やら何やらで勝ち取ったそれは、本当にブルースなのか?」
ブルースは、アメリカの黒人奴隷たちが作り上げた音楽だ。
支配階級による搾取、ハラスメント。
貧しく辛い状況を共に哀れみ、共に分かち合うために彼らが発した魂の叫びが形をなしたものだ。
たしかに、ブルースでもって身を立てた者はいる。
路地裏から日の出るところへと這い出て、やがてスポットライトを浴びるようになった偉人たちの伝説は数限りなく、そこには当然、金の流れがある。
「だけどそれはさ、あくまでブルースで勝ち得たものだったんだ。正真正銘混じりっけ無しの、己の力で勝ち取ったものだったんだ。それに引き換え、俺たちが今やってるのはなんだよ? ブルースと関係のない動画を配信して人気を高めて、登録者を増やして? なあ、本当にそれでいいのか?」




