社会人編
それからも時々飲みに行く程度の仲は相変わらず。どちらかが忙しい時は頻度が減ってしまうものの、二人が離れるなんてことは起きようがなかった。
季節というのは本人たちが意識せずとも流れていく。八年という月日が経過したときには、拓実の中ではあのときの告白は過去のものになっていたのだろうか。
いつも通り喧しいほど繁盛している居酒屋の席、拓実からの言葉に直人は耳を疑った。
「直人とは家族だったらよかったのに」
彼女ができない。同期たちが結婚していく。友達は所詮友達で、高校時代の友人とは最近疎遠になってきた、直人ともそうなったら寂しい。
そんな話の流れだった。拓実は半分以上冗談でそんな風に言ったのだろうが、八年たった今でも直人の恋心は収まっていなかった。それどころか恋心から愛情に、さらに進行の一途をたどっていた。
直人は昔の言葉を思い出す。
「子供を作れば一生一緒」
子供、言い換えれば一つの家族の形。
酔った勢いは理性をなくす。直人は一夜の過ちを犯してしまった。大学の頃に調べていた男同士の行為が無駄にならなかったことを喜ぶべきか、正解かどうかはわからないけれど。
拓実も思考能力が鈍っていたのだろうか。直人を拒むことがなかった。このとき、直人は意図してか、意図せずか、子供を作るために必要な拓実の遺伝子を手に入れてしまうのだ。
研究施設で子づくり。遺伝子を研究していた頭脳明晰な直人にとって、子供を作ることは大した苦労にならなかった。
このときの直人は、生命の神秘を自らの手で作り上げることになんの禁忌も感じていなかった。
数年後、二人の遺伝子を引き継ぐ子供が完成する。全ては拓実に秘密で行われた。
中絶ができない時になるまで、彼氏に隠す彼女のように。愛する人を手に入れるため、幸せな家族ができると信じて止まなかった。
自我がある方が子育ても楽だろうと思い、中学生の設定を採用。愛する拓実の見目を引き継いだ子供を直人は作り上げてしまった。疑似子宮の羊水から出し、何度か蘇生実験も試すため、息子を外へ連れだすこともあった。一から精製した脳には義務教育課程の知識を詰め込んだ。
その人間から飛躍した能力を持ってできた、人工羊水に浮かぶ息子の存在をついに二人の子供だと言って拓実に紹介するに至ったのである。
拓実は親友の倫理観のない行動、突然親になることへの責任感、試動した子供が動いている様を見かけた職場からの不信感をあおる声にストレスを抱えた。
30歳過ぎたばかりで15歳の息子を持っている、職場で聞こえてきた自分に関する噂の現況がこんな身近に潜んでいるとは思ってもいなかった。
しかし拓実も突拍子もないことをした直人を嫌いにいなることができなかった。どうしたらこの親友を改心できるのか、またあのときのような真面目な親友に戻ってくれるのか。
同性愛に対して偏見はないつもりの拓実だったが、実際に対面したときは嫌悪に近い感情が湧き上がってきた。告白を断ってから10年以上、僕の安易な提案で直人を苦しめていたのかもしれないと深い反省も襲ってくる。
突然おそってきたストレス耐えきれなくなった拓実は発狂し、ふとしたタイミングで投身自殺をしてしまう。拓実に死にたいなどという意思はなかった。ふと、その場から後を考えずに身を投げてしまっただけなのである。
直人はどうしてこうなったのか。
作者にもわかりません。
そして皆様、命は大事にしましょう。
こんな作品を書いている作者ですが、本音のささやかなお願いです。