大学時代編
同性愛描写が始まります。
直人は遺伝子工学科へ進学する。主に人体に関する遺伝子を専攻していた。一方の拓実は経済学部で持ち前のコミュニケーションスキルを生かして人脈をつないでいた。
二人は少なくとも月に一回は必ずあって遊ぶ程度の仲を継続している。互いに一人暮らしを始めたおかげで泊まりがけの遊びも増えてきた。
拓実は相変わらず男女からモテている割には、高校以来彼女ができていないようだった。
大学生活になれてきた頃、拓実の家に泊まりに行ったときに直人は聞いてみた。
「彼女ほしいって学部の人たちがよく言ってるけど、拓実はどうなんだ?」
「恋人もほしいけど今は勉強かな。君と遊ぶのも楽しいし、まだいいかなって。でも、君に彼女ができたらそのときはこうやって泊まるのも難しくなるんだよな。早めに言ってくれよ、親友」
直人は大学でもその優秀な頭脳を活用していた。教授の覚えもめでたく、学科内でも優秀なやつだという評判が挙がるほどだ。だが、直人本人は自分が噂の中心になっていることに気づいていない鈍感さも持っている。
恋人のできない拓実に比べて、直人は来る者拒まずな姿勢だった。大学に入ってからの恋人関係は三人。いずれもあまり長続きはせず、自分から振ったり、振られたりを繰り返していた。
計四人目の彼女に振られたとき、別れた彼女は言っていた。
「直人ってさ、私以外に好きな人いるでしょ。あ、もしかして自覚してないのかな。そっか、自分のことに疎いもんね、直人。でもさ、それじゃ私にも他の人にも失礼だと思うよ。だからさ、一回ちゃんと考えて自覚してみて。好きなのが私だけじゃ、疲れちゃうよ」
「そんなこと言われたのか」
いつもの通り残念会を開催したときに話をしたら、拓実からそんな返事が返ってきた。
今日の拓実はスーツ姿。大学生をしている最中、自分のやりたいことは勉強じゃないと思い立ち大学を中退。その後大手の銀行への就職を決め、今は社会人一年目として熱心に働いている。
学生として研究室にこもって勉強をする直人とは、別の意味で人生を謳歌しているようだ。今日はそんな拓実の部屋での残念会だ。
「でも、その子はなんでそんなこといったんだろうな。直人が鈍感なのは今に始まったことじゃないけど」
「どういう意味だ」
「そのまんまだよ。他に好きな人がいるね。もしかして、僕、とか。なんて、冗談が過ぎるね。あー、酔ってきたかもしれない。僕先にシャワー浴びてくるわ」
僕、とか。直人の酔った頭で思考して答えをはじき出したのは、拓実が部屋を出てからだった。
他に好きな人がいる、大切な人、離れたくない人。全てに当てはまるのは拓実だけだった。でも、これを恋心といっていいのか。
相手は親友、しかも同姓だぞ。
熱くなる頭と顔をぐるぐるとしていると、バスタオルを腰に巻いた拓実が戻ってきた。
「あーすっきりした。直人も浴びる?」
見慣れた光景。だが、その日は反応が違っていた。欲情。直人は自分の心を自覚する。そしてついに拓実に対する恋心に気づいてしまったのだ。しかし、同姓を好きになることは、生物学的にも社会的にも異常なことだと思い、内に秘めることを決意した。
大学を卒業すると待っているのは就職。直人は持ち前の頭脳を生かして起業を決意した。コミュニケーションに欠陥があるかもしれないとはいえ、俺には研究で培ってきた技術がある。大学時代に特許をとってしまった薬品を元に製薬会社を立ち上げることになった。
会社の経営は大変だ。親友が経済学を学んでいたからこそ救われる場面もあった。そして、小さい会社ながらも、努力を怠らず、社会人としての一歩を踏み出す。
社会人になって知ったことのひとつに、同姓愛は珍しいが別に禁忌ではないことがあった。最近はマイノリティながらも人権が認められつつあり、学生の頃に思っていたような差別は激しくないのだと言うことを学ぶ。
拓実は社会人三年目にして出世街道に伸び悩みを見せる。給与や昇級については微妙と言わざるを得ないが、人の良さから会社では親しまれている様だと聞いている。
秘めた思いは時間とともに加速する。直人は思いを隠すことができなくなっていた。会社が軌道に乗ってきた頃、直人は拓実に告白する。
拓実は直人のことをそういう目で見ることができないという理由で振った。
「でもこれからも友達、いや親友でいてほしい。君の思いが簡単に変わる訳じゃないっていうのはわかるけど、君との交流を絶ってしまうのは嫌なんだ」
振られてしまった悲しみもあるが、今までの関係が途切れないことに直人は安堵の息を漏らした。同姓を好きになって、告白したのにもかかわらず、拓実はまだ俺のそばにいてくれる。それがどれほどの安心感を与えるのか、きっと拓実はわかっていないだろう。
しかし、直人は今までの人生が順風満帆に行き過ぎた。多少の挫折はあっても、自分のしたことが失敗する経験をあまり積んでこなかったのが災いしたらしい。
この転機から直人の人生は大きく歯車を狂わせるのである。