中学時代編
クラスメイトたちが全力を出して能力値を競い合う。仲間が協力して応援し、一つの学校行事として成り立たせる。それが目下で行われている「体育祭」だ。
くだらないとは言うつもりもないが、強制参加だという点が気にくわない。体力もない、声も出したくない、そんな生徒が参加して楽しい行事なんだろうか。
例えば、俺のような。
必死に叫ぶ応援団長に目をつけられないように俺も口を開ける。声は出さずに。練習中もばれなかったのだ、今日は特にみんな目の前の競技に集中している、俺に気づくやつなんていないだろう。そう思った矢先だった。
「なんで声出さないの?」
競技の間の休憩中、教室から持ってきた椅子に腰を掛ける。天高く上る太陽に負けて垂らした汗をぐいっと拭きながらスポーツドリンクを飲む俺に、クラスメイトの相馬拓実は話しかけてきた。今までまともに話したことのない彼からの突然の質問に俺は動揺を隠せず、つい本音で答えてしまう。
「自分の声が嫌いだから」
「え、かわいい」
はっとして口を抑える。声変わりの終わっていない、それどころか始まってすらいないハスキーな声。声だけなら可愛らしい女の子に間違えられることも多い。中学二年生にもなってこんな声を持っている自分が悔しくてたまらなかった。かわいいなんて言われるのも、慣れたといえば聞こえがいいかもしれないが慣れざるをえなかった経緯がそこにはある。
「うるさい、かわいいっていうな。声変わりが来てないだけだ。俺が声を出したらそれだけで注目される。そんなの嫌だからな。せっかく身長も伸びて、筋トレもして、男らしくなってきたって言うのに、声だけが、まだ、くそっ、プロテインだって飲んでるんだぞ」
俺が言い訳がましく言葉を重ねていると、相馬はおかしそうに笑って答えた。
「ごめんって。そこまで気にしてるとは思ってなかったんだって。君楽しいね。友達になろうよ」
「友達はなろうっていってなるもんじゃねーだろ……」
「そうかもしれないけど、そうでもしないと友達になってくれなさそうだったし。クラスメイトなのにここまで話さなかったのもったいないって思って。次の応援、行こ」
相馬に手を引かれて立ち上がると、ふと違和感を覚える。こいつ、小さい?
「相馬、ちっさくね」
「う、うるさいっ!」
「いや、その辺の女子より小さいよな」
俺は座っていたから気づかなかったが、こいつはずっと立って会話してたんだよな。身長もしや140ないんじゃ。
「僕はいいんだよ、最近小学三年生の弟に抜かされたとか気にしてないし」
「気にしてるじゃねーか」
耳に残るハスキーな声がコンプレックスの俺と、小さい身長を気にする相馬と。俺たち二人の交流はこんなところから始まった。
中学三年生といえば、受験生。夏頃にはもう進学先も決めていて、あとはどれだけいい成績を取りつつ先生の評価を上げていくかにかかっている。直人は地頭の良さを生かして進学校へ進むことを決めていた。
「直人。僕さ、高校も君と一緒に遊びたいから勉強教えて」
先生の評価はいいから、後はちょっと成績伸ばすだけなんだ。
机に肘をついて頼んでくる拓実は自分の実力をよくわかっている。直人も拓実からそんな風に言われてまんざらでもない気分になっていた。
コンプレックスに変わりはないけれど、拓実がいるから中学生活が楽しくなった。拓実と同じ学校に通いたい、たとえそれがこの地域で難しいとされている進学校でも。直人は受験までの数ヶ月、一緒に頑張ることに決めたのだ。
受験当日。拓実は体を引きずるようにして受験会場へやってきた。
「おい、どうした」
「どうしたじゃないでしょ、最近気づかなかった? これは成長痛、身長伸びてるんだよ。それよりも直人、君の声、どうしたの」
「あー、これか? 声変わりらしい。急に声帯が仕事始めたから声がらがらなんだってさ」
「今日は面接もあるのに?」
「受験日に成長痛で動けなくなるよりマシだって」
「動けてるから!」
緊張はどこへ。二人は普段通りの実力を出して試験に挑むことができた。
合格発表の日、自身のコンプレックスを解消した二人が目にしたのは末尾に張り出された自分たちの受験番号。また二人で学校生活が送れることに安堵し、受験日は大変だったが、遅咲きの俺らにはぴったりだと顔を会わせて笑いあった。