不正解な家族の作り方
「あの、あのですね、ひとつ御伺いしたいことが」
恐る恐るといった声で尋ねてみたものの相手には聞こえていないらしい。見るからに未成年といった風貌で煙草を吹かす彼の仕草はどこか慣れているようにも見えた。
「あの、お尋ねしたいのですが!」
「あ?」
「ひっ、すみません……」
ドスの効いたハスキーな声という表現が一番しっくりくる。初めて体験したはずなのに、恐ろしくてたまらない。拘束された腕をカタカタと震わせて、真っ白になった頭の中で必死に温もりを求めようともがいた。
異様な程に綺麗な髪をくしゃりと握り、煙の立つ煙草をよく磨かれた革靴の底でぐりぐりと踏めば、何も映していない様な真っ黒な瞳がこちらを向いた。鋭い眉間の皺も相まって、射抜かれた気分になる。
コンクリートの床をカツカツと歩む姿は、幼くも見える立ち姿に全く釣り合わない。それなのに、高い小窓から差し込む夕陽が妙な雰囲気を醸し出すから、空気に呑み込まれそうになる。胸ぐらを掴まれ、引き寄せられた顔には先程から目にしている双の瞳。
これは、まるで、ブラックホールだ。
ヒュウと吸い込んだ息で僕の声が消える。未成年だなんて思えない力と脳に直接響くような声を持った彼は聞いた。
「聞きたいことはなんだ、言え」
全てを引きずり出されるかと思った。僕の意思は、僕の思い通りにならないらしい。震える膝も、腕も、顎も、一切の止まる気配を見せないのに、引き出された声だけは、言葉を紡いで薄暗い部屋に響いた。
「ここは、どこですか」
僕の記憶は。
中学の頃から仲の良い友人と喧しい居酒屋で飲んでいたのが最後で。今、目の前にいるのはそんなあいつの中学時代にそっくりで。
見馴れたはずの顔は歪んだ笑顔を作って笑った。凍えるような瞳を宿して、あのときの俺が悩んでいたハスキーな声を奏でて。嫌だ。ここは、どこか。その答えは、僕が、俺が、一番よく知っている。いやだ。
「やっと帰ってきたみたいだな」
その顔で、笑わないでくれ。
「おかえりなさい、父さん」
『不正解な家族の作り方』
僕の家はコンクリート造りの建物だった。
巷では研究施設と呼ばれているらしい。
僕の家族は父さんだけだった。
母さんと呼ぶ者は返事をしない。透明な容器に浮かんだ、人の形をした物だ。
僕の年齢はわからなかった。
父さんは十五歳だと言った。生まれたときから十五歳。
二十年たった今でも変わらない。
ある日、僕の父さんは逃げ出した。
ここがどこだか分からないと言って逃げ出した。
僕は家族を逃がさない。家族はずっと一緒だって、ドラマが教えてくれたから。
最初で最後の反抗期。もう大人だって父さんに知ってもらうんだ。
この声を使えばきっと戻ってきてくれる。
ほら、ね。
「おかえりなさい、父さん」
作者は暴力表現が苦手です……。
以降の文章はこの作品の解説回。
とはいえ、主人公の男についての物語です。
一話ごと短い文章量ですが、お楽しみいただければ。よろしくお願いします。