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Alicephilia作品

『秘密のやり取り』

作者: 三城谷

 ――終わった。


 唐突に脈の無い展開で申し訳無い限りだが、文字通り、文字通り以上の意味で終わってしまったのだ。一つ補足するとすれば、一つの人生が終わってしまったという程の物では無い。

 単に自分の中で、一生に一回しかない高校生活が終わってしまっただけである。


 校舎裏、放課後の教室、誰も居ない空き教室、屋上……そんな場所の言葉を並べれば、多分、予想出来る人間が居るかもしれないワードが浮かぶ。ちなみに喧嘩という名の青春ではない。


 ……そう。――告白である。


 「はぁ……帰ろ」


 そしてそんな場所に一人で立ち尽くす僕は、たった一度しかない高校生活に終わりを迎えたのだ。


 「はぁ~あ……」

 「まぁた告白断られて自己嫌悪?」

 

 溜息を吐きながら肩を落としていると、そんな皮肉めいた言葉が校門の出口から投げられてきた。そこに居たのは、腐れ縁で幼馴染である「綾瀬ヒカル」の姿がそこに立っていた。

 

 「何だ、綾瀬か」

 「何だとは何よ。せっかく青春に敗れた少年の心を癒しに来たのに」

 「貶しに来たの間違いだろ」

 「あはー、そうとも言う♪」


 昔からやたらと絡んでくる上、必ずちょっかいやお節介をてくる奴。可愛い容姿とは裏腹、腹の中は真っ黒な女子生徒。それが綾瀬ヒカルである。


 ――人気はあるのだが、僕は苦手である。


 「大体さー、どうして告白なんかしたのさ。さっきの子、この間のミスコンに選ばれた超有名人じゃん」

 「いやー、イケると思ったんだけどなぁ」

 「無謀な事をよくもまぁそんな自信満々に言えるわね。呆れるのを通り越して尊敬するわ」

 「惚れたろ?」

 「引いてるんだよ」


 呆れた表情を浮かべる綾瀬は、溜息混じりにそんな事を言った。そんな彼女と並んで帰るのは、今に始まった事ではない。幼馴染という事もあって、小学生から行き帰りが同じ。長期の休み期間である春休みや夏休みという行事では、親同士が勝手にセッティングして海やら川やらバーベキューやらのイベント。

 これだけ聞けば、「付き合ってる」だの「同棲してる」だのという噂が流れるのだ。さっきのミスコンに選ばれた女の子にだって、「え?綾瀬さんと付き合ってるんじゃないの?」って言われて断られたのだ。


 「あれ?フラれた理由、お前じゃね?」

 「いきなり何さ。私があんたに何したって言うの?」

 「お前が一緒に居る事で、僕の青春が邪魔されてるんだと思うんだけど」

 「何でいきなり、私が悪いみたいな話をしてる訳?そんな事言って良いのかなぁ。せっかく良い物を教えてあげようと思ったのに」


 そんな事を言いながら、綾瀬は殴ってやりたくなる程の皮肉めいた笑みを浮かべて板状の携帯を鞄から取り出した。しばらく画面をタップしてから、綾瀬は僕に画面を見せて来た。


 「……じゃん!フラれたばかりの青少年にぴったりなマッチングアプリを紹介しよう」

 「お前、高校生に何教えてんだよ。つか、高校生が何やってんだよ!!」

 「っちっちっち、もう今週末から春休みだし、高校だって卒業するんだよ?だったらもう、謳歌出来なかった青春を取り戻したいじゃん?」

 「さもお前も青春を取り戻したいみたいな言い方だな」

 「あんたのレーンに送っといたから、騙されたと思ってやってみな。女子高生《若い子》、多いらしいよ」


 ……――と言われても、結局は出会い系アプリなんだよな。


 僕はベッドに寝転がりながら、風呂上りで火照った体を寝かせていた。勉強も終わったし、春休み前の課題にも手を付けてからの休憩。そのつもりでベッドに寝転がったけれど、さっきの綾瀬が言っていた事を思い出している僕である。


 「はぁ……えっと、レーンに送ってあるんだっけか?」

 

 そう呟きながら、僕は携帯に入っているトークアプリをタップする。すると通知が来ており、綾瀬からのトークにメッセージが届いていた。言っていた通り、例のアプリも送信されている。


 「ええっと、『Love Locker』か。ラブラッカー?で良いのか?」


 僕は首を傾げながら、それをインストールして、やがて起動した。そのアプリは地域マッチング系の友人拡張アプリだった。どのみち利用者の殆どは恋愛目的で使っている事もあるようだが、表面上で人気な理由は女子同士が気が合う友達を見つけるアプリが主流らしい。 

 このアプリの最初で謎の質問攻めをされながら、登録を進めて行く。成り行き上、やってみて感想を言わないと綾瀬は文句を言ってくる奴だ。愚痴愚痴と文句を言われながら、卒業式を迎えるというのは避けたい。


 ――好きな食べ物は何ですか?――


 『カレーライス・スパゲッティ・ハンバーグ・しょうが焼き』

 「カレーライスだな」


 ――嫌いな食べ物は何ですか?――


 『きゅうり・ピーマン・トマト・にんじん』

 「偉く子供染みてるな。えーっと、トマト」

 

 ―-あなたは男の子?それとも女の子?――


 「男の子」


 ――好きな色は何ですか?――


 『赤色・青色・黄色・水色・緑色・薄緑色・ピンク色・橙色・紫色』

 「急に選択肢増えたな。……黒が無いなら、青だな」


 ――最後にこのアプリの使用目的は?――


 『友達を作りたい・恋人が欲しい・どっちも・特になし』

 「……」


 その最後の質問が来た瞬間、僕は脳裏で再生された記憶を見つめる。今日の告白は見事に失敗したのもそうだが、自分の学校生活には青春と呼べる物はあっただろうか。友達は当然居たけれど、喧嘩という喧嘩はしなかった。

 ドラマやアニメ、漫画である青春のような光景は滅多にある物じゃないからフィクションで創作される。けれど、やはり一度しかない人生であるなら、僕は今までに経験していない事柄を体験してみたい。そう思うのが人間であるし、僕自身が求めている本質だ。


 そんな事を思いながら、僕は『恋人が欲しい』をタップしたのである。


 ◇◇◇◇◇


 『好きです!!僕と付き合ってください!!』


 その言葉を聞いた瞬間、私の足は止まった。あと一歩踏み込めば、告白する彼――たちばな隆十りょうとの邪魔をする事が出来るのに。失敗させる事が出来るのにもかかわらず、その言葉を聞いた瞬間に私の足は止まった。

 隠れる必要も無いのに壁に隠れ、壁に背中を預けて聞こえてくる隆十の声に耳を傾ける。そんな真剣な声、初めて聞いたかもしれない。ちゃんと好きな所も言っているし、告白されてる子も満更では無い様子だ。

 けど……――


 『ごめんなさい。私は貴方とは付き合えません』

 『どうしてか、理由を聞いて良いかな?』

 『それは……だって貴方は、付き合ってる人居るでしょ?』

 『は?ちょっと待ってくれない?僕に付き合ってる人は居ないよ?』

 『そうなの?なら、あぁ……けど、ううん。やっぱり駄目かな。その子に、悪いもん』


 「っ……なに、それ……」


 多分、彼女は気付いている。私の存在も、夕日の輝きは鋭く影を隠さないから。彼女の立っている場所からでは、壁際の私の立っている様子は見えているはずだ。それに気付いたから、私の存在に気付いたからそう言ったのだろう。

 私はその場から逃げるように足早に逃げ去り、校門で携帯の画面を眺めた。トークメッセージではなく、今まで送る事が出来なかった手紙のような文章が書かれているメール。そのメールを眺めていた私の視界は、徐々に霞んでポタポタと画面に水滴が落ちた。


 ――悔しい。ただそれだけを思って――


 ◇◇◇◇◇


 綾瀬にアプリを教えられてから数日後、僕は無事に高校を卒業した。明日からは春休みに入り、既に終わらせた課題を机の引き出しの奥に仕舞い込み、部屋に閉じ篭もってテレビゲームをする毎日となるだろう。

 ただ一つ、いつもの長期の休みと違うのは……綾瀬から教えてもらったアプリが少し面白い事である。最初に合った質問で、『貴方の相性に合わせた方はこちらです』というオススメに出て来る人が若い人ばかりだった。

 その中で、話しの合う子が一人……『アヤヒ』という登録名で登録している。その子とは話がかなり合い、潤いの無かった毎日に潤いが訪れたような感覚である。ちなみに僕の登録名は『リョウ』である。


 ――アヤヒさんがログインしました。――


 アヤヒ:こんにちは、リョウさん。昨日は楽しかったです!


 ――リョウさんがログインしました。――


 リョウ:いやいや、こちらこそ、楽しかったです。

 アヤヒ:昨日最初にお話が出来たのが、リョウさんで良かったです。変な人だったらとか怖い人だったらどうしようって思ってたんですよ。

 リョウ:そうだったんですね。まぁ女の子だし、最近は危ない事件も多かったですしね。僕は変な人に入るんですかね?(笑)

 アヤヒ:えー、そんな事無いですよ(笑)リョウさんは良い人です。私が保証しちゃいます!えっへん


 「あはは、可愛い話し方するなぁこの子」


 リョウ:今日はどうしたんですか?

 アヤヒ:あ、そうでした!昨日夜遅くまで話しちゃって、迷惑掛けてないかなぁって思いまして!ちょっと気になって、連絡しちゃいました。

 リョウ:あぁ、なるほど。うん、別に問題ないですよ。むしろこっちこそ、夜遅くまで話し込んじゃってすみませんって感じでした(笑)

 アヤヒ:なら良かったです。ところでリョウさんって、もしかして敬語慣れてない感じですか?

 リョウ:え、何で分かったんですか?

 アヤヒ:話し方の雰囲気っていうんですかね。それがちょっと慣れてないというか、敬語の中に友達感?みたいなものが伝わってきました(笑)

 リョウ:あはは、バレちゃいましたか。実はあまり慣れなくて、敬語で話すとぎこちなくなっちゃうんですよね(笑)


 そんな会話をし続ける事数時間、ゲームしながらという事もあってか、より楽しい会話をし続けた。敬語抜きで話すという事となり、『アヤヒ』さんとも少し距離が縮まった感じがしている。そんな事を考えながら、僕は暇を弄んでそうな綾瀬にメッセージを飛ばした。


 ◇◇◇◇◇


 『お前が教えてくれたアプリ、なかなか面白いぞ』


 そんなメッセージが飛んで来た瞬間、私はベッドへとダイブして枕に顔を埋める。しばらくそうしてから私は、そのメッセに返事を出した。


 「やってみてどうだった?私の言う通り、フラれん坊将軍にはうってつけでしょ?」

 『妙なあだ名を付けるな。僕をなんだと思ってるんだ?お前』

 「それで?使ってみた感想は?」

 『……なかなか良い方だと思う。仲良くなった子も居るしな』

 「ふーん、良かったじゃん。あんたの本性がバレないように、気をつけなよ~」

 『僕に本性とか無いから(笑)キャラ作ったりしないし。それじゃあな』

 「はーい」


 素っ気無い会話をして、私は再び枕に顔を埋める。春休みに入って、進学先の課題を進めていたのだが、集中力が完全に切れてしまった。私は自分の充電をする為にお風呂へと向かい、天井を仰いで深く息を吐き尽くした。

 私はお風呂から出て、飲み物を飲み干して、ベッドの上で目を閉じるのである。


 「勉強は……また明日、やろう……ぐぅ……」

 

 ◇◇◇◇◇


 アプリに登録してから数日間が経過し、僕の生活リズムが昼夜逆転となりつつあった。そんな中で、目の覚めるメッセがアプリ経由で飛んで来たのである。


 ――アヤヒさんがログインしました。――


 アヤヒ:朝早くにごめんね!リョウさんにお願いがあるんだけど、今大丈夫かな?


 ――リョウさんがログインしました。――


 リョウ:別に大丈夫だけど、お願いって?

 アヤヒ:実は……私とデートしてくれませんか!?


 「ぶふっ……げほげほっ……!!」


 メッセを眺めながら、お茶を飲んでいたのが運の尽き。喉元まで入り込んでいたお茶と一緒に、僕は咳き込んでメッセを二度見した。そこには、青春で経験する事が出来なかった単語が視線を集中させる。


 リョウ:デートって、男子と女子が遊びに行くというあれですか?アヤヒさん?

 アヤヒ:どうしていきなり敬語なんですか。……実は友達とこのアプリの事を話してる時、流れでリョウさんの話をちらっとしちゃって……そしたら、一回ぐらいデートしてみなよって言われちゃって……それで、えっと

 リョウ:分かった。ちょっと落ち着こう。その内プライベートな話をしそうだから、その辺で(笑)

 アヤヒ:あ、ごめんね。ちょっとテンション間違えちゃった。……それで、どうかな?私とデート、してくれる?


 どうしよう。いきなり過ぎて頭が混乱しているのだが、ここで断ってしまったら求めていた青春が遠ざかる可能性だってある。そんな事を思いながら、僕は意を決してメッセを送った。


 リョウ:分かった。しよう!デート!

 アヤヒ:ほんとに?わ、嬉しいです!!断られなくて良かった!

 リョウ:断るような人は、居ないと思うけど

 アヤヒ:じゃ、じゃあ、来週の土曜日とかどうですか?

 リョウ:うん、大丈夫。楽しみにしてるね?

 アヤヒ:はい!私も楽しみです!!


 ――アヤヒさんがログアウトしました。――

 ――リョウさんがログアウトしました。――


 「うわぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!!」


 メッセでのやり取りが終わった瞬間、家中に響いた僕の叫び声。かなり近所迷惑な行為だが、僕が今出来る事はそれぐらいだった。テンパリ過ぎて何から手を付けたら良いのか分からないが、僕はとりあえずハイテンションになったままゲームの電源を入れた。

 今夜は徹夜だな、と思いながらコントローラーを握り締めるのであった。


 ◇◇◇◇◇


 『――うわぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!!』


 うるさいなぁ、と呟きながら私は苦笑して隣の家でゲームをしてるであろう彼の姿を想像する。何事かと思ったけれど、私も今日はどうかしてる。ちょっと友達に催促されたからって、その日のうちに行動するなんて我ながら珍しい事だ。

 そう思いながら、私は携帯画面を眺めながら目を細めて頬杖をする。その画面には、『アヤヒ』としてやり取りをする私と彼のやり取りがあった。


 「楽しみだなぁ、デート……どんな顔するんだろ、あいつ……えへへ」


 違う違う、そうじゃなかった。私は彼に数十年の間に言えなかった言葉があるのだ。来週の土曜日、私はその言葉を言う機会が出来たのだ。そう改めて実感した瞬間、私は彼がしていたように叫びたくなった。

 枕に顔を埋めて、机に置いた携帯を見つめながら、私はその言葉を呟きながら目を閉じた。


 「好きだよ……隆十」


 


 

 ――その想いを抑えながら迎えたデート当日、私は彼と対面したのであった。

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