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第1話 トイレ掃除と開運



──その女の肛門から異臭とともに音速を超えて発射された物質が、黒い鎧の騎士の頭を(えぐ)った。


 女の上半身を抱きかかえ、下半身を正面に向けた俺は、とりあえずの安心とともに放心していた。


 そしてこうなるまでの経緯をぼんやりと思い出す。




 トイレの神様、なんて曲がリリースされる前から「トイレには神様がいる。だから綺麗にしなさい」と信心深い実家のばあちゃんに言われて育ってきた俺はトイレ掃除が趣味だった。


 それも家のトイレだけではなく、ゲリラ的に人気(ひとけ)のない公園のトイレや公衆トイレも掃除してやった。


 それは純度百パーセントのボランティア精神、というわけでもなくて、ウンがつく、というのか不思議とトイレ掃除をした日は、何かしらの幸運に出会ったし、パチスロに行けば負けたことはなかった。


 自分の学力では合格不可能と言われた難関大学に合格して、今現在、地元を離れて大学生をやれているのも、きっとそのおかげだ。


 俺の中では「温度が零度になれば水は氷になる」と同じくらい「トイレ掃除をすれば良いことが起こる」という法則が出来上がっていたんだ。


 だから何か勝負事の前には必ずトイレ掃除を慣行する俺は、今日も使いなれたブラシとゴム手袋、使い捨て雑巾とトイレ用洗剤等々を装備して、聳え立つ四角い公衆トイレの前に立つ。


 理解不能な排便の仕方をする(やから)に心の中で毒づきながら、男子トイレの掃除を終えた俺は外へ出て深呼吸する。


 肺に溜まった腐った空気を吐き出すためであり、これから行うことへの緊張のためでもあった。


「……行くか」


 辺りを見回して、誰もいないことを確認した俺は、女子トイレの狭き門をくぐる。


 逮捕されるわけにはいかない。


 女子トイレへへ侵入して掃除していたという猥褻(わいせつ)な上に変態性が加味(かみ)された罪で。


 今日、夜に予定している勝負は男子トイレを掃除したくらいでは勝てない、そう俺の直感が囁いていたからだ。


 男子用の小便器がないことに違和感を覚えつつも、並ぶ個室の寒色のドアを念のためにノックする。


 当然返事は返ってこない。


 俺は手早くドアを開け、するりと個室に入る。


 すると誰もいないはずのそこに、誰かがいた。

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