新入り
春の日。いつもと同じように、僕は村の見回りをしていました。
僕の名はメラージ。この村で警察官をしています。僕の仕事は、村の見回りをし事件がないかを確認することと、建物や道の状態を見て副村長に報告することです。地味ですが、とても重要な仕事です。
しかし、ここは村と言うには少し大きく、一人で、毎日全てを見て回るのはかなりの労働です。朝は五時頃に家を出て、帰宅する時間は早くても十時を過ぎてしまいます。とてつもなく、黒い仕事ですが、それでも四年間続けられているのは自分でも凄いと思います。
「…な。俺の……ない…。ハル」
ふと、誰かの喋り声が聞こえました。男の人の声です。その方向へと目を向けると、数十メートル程先に、一人の背の低い男の人がいるのが見えました。横には彼よりも一回り大きいモンスターがいます。ドラゴンです。
彼は何かを話しているようでしたが、この距離ではよく聞き取れません。どうやら、何かを書き留めているみたいです。
僕は、声をかけようと近付いてみます。迷子でも不審者でも、どちらの解決も僕の仕事ですから。
「…!誰だ」
男がこちらに気付いて振り向きました。赤い瞳が鋭く光って、僕を捉えます。
その視線に足が止まり、僕は動けなくなってしまいました。
「ここの者か…?…警備者か。嚮導を依頼したいのが」
「あ……え、ええと…?」
声を絞り出して、言葉を発します。思わず冷や汗が流れました。彼の言葉を理解しようと、必死に脳を回転させますが、なかなか答えが出ません。僕は後から、これが彼の文章構成のせいだと知りました。
「不審の輩と思いか?案ずるな。有触れた旅人だ」
彼は僕から目を離します。そのお陰で、身体の中で張っていた紐が、緩んだようです。僕は深く息を吸いました。
「いえ…思っていません。あの、それで依頼というのは…?」
「旅籠屋へ嚮導して欲しく願う」
旅籠屋とは、宿のことです。彼は今夜休養をとる場所を探していたようでした。
「…わかりました。付いてきて下さい」
心を落ち着けて、ゆっくりと彼に近付きます。すると彼は突然、手に持っていた紙とペンを空中に放り投げました。僕が驚いて固まると、それらは泡のように消えていきました。彼は魔法使いだったのです。
「案内しますね。僕は、メラージといいます」
「そうか」
彼は名乗りませんでした。そうして宿に着くまで、僕達は一言も言葉を発しませんでした。