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春風の吹く場所  作者: さまた。
~と或る春の日~
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と或る春の日

春の日だった。暖かな日差しが気持ち良くて、淡い橙や黄の光で満たされていた。

とびっきりの春の日だった。

その日、俺″ゼディン″はベンチに座って、瞼をゆっくり閉じたり開いたりして春の陽気に浸っていた。

何もせず、何も考えず、ただぼうっとしている時間は、なんだか幸せだ。

暫くの間そうしていると、だんだんと眠気が襲ってきた。俺はその眠気に抵抗することもなく、そのまま、そっと眠りに落ちた。

そして、春の日の夢を見た。はっきりと思い出せない、曖昧な過去のような夢だ。

俺はうたた寝をしていた。隣には俺よりも少し小さい人影がある。その人影は、優しい声で、俺の名前を呼んだ。

「ゼディン」

…君は、誰だっけ?

目を開けると、闇が広がっていた。霧が急に晴れたような感覚。

もう、辺りは夜になっていた。はっとして、俯けていた顔を上げると、俺の前には人が立っていた。

「あ、起きましたね。お早うございます。早くないですけれど…。こんなところで寝ていたら、風邪を引きますよ」

「…メラージくん、起こしてくれてよかったんだよ…」

「僕は起こしましたよ。ゼディンさん、ゼディンさんって、何回も声をかけました。でも、全然起きませんでしたね」

彼は悪戯に笑った。彼、メラージは、ここエゾノ村の唯一の警察官だ。帽子を被っていて、膝下まである薄手の緑色のコートを羽織り、腕を捲っている。言ってはいけないだろうけど、帽子を被っていなければ、とても警察官には見えないような格好だ。俺の白色の髪とは反対の、黒髪の青年だ。

「ええと、今は見回りの途中かな?足止めしてたら悪いな」

メラージは毎日、村の見回りをしている。事件の有無の確認、解決は勿論、その他にも建物や道の状態を見回りながら記憶し、報告もしている。その記憶力は凄いもので、一言で言うなら彼は、天才だ。

「いえ。もう終わりましたので、大丈夫ですよ。丁度、帰宅途中でした」

この丁寧な口調も、彼の特徴だ。俺は今まで一度も、彼が敬語を使っていないところを見たことがない。

「うーん、それも悪いな。帰宅の邪魔をしてしまったね。何かお詫びでも…」

俺がそう言うと、彼は「それでは。」と顎に手を当て、考える素振りをみせた。

「ゼディンさんに一杯付き合ってもらいましょう。今から、お時間空いていますか?」

彼は少し目を輝かせた。俺がクスッと笑って「一杯奢ろう。」と言い立ち上がると、彼は小さくガッツポーズをし、俺の後をついてきた。二つの影は、闇の中を並んで歩いた。


少し歩くと、小さなバーに着いた。お洒落な字体で書かれた「Orange」の文字。この店の名前だ。扉を開くと、橙色の薄暗い世界が広がる。落ち着いた雰囲気が、夜を感じさせる。

店内入り口付近には小さなテーブルが数個あり、奥のカウンター席では、背広姿の店長がグラスの手入れをしていた。

俺たちは、カウンター席に腰掛け、それぞれ酒を頼んだ。

「そういえば、ゼディンさん。今日は依頼はなかったのですか?」

彼は帽子を脱ぎながら訊ねた。

「うん。今日は特になかったな」

「そうなんですか。近頃あまりお会いできなかったので、こうしてお話することができて、嬉しいです」

「俺もだよ。依頼が多くてね…。村にいる時間が少なかったし、休む暇も無かったから。家に帰れず、外で野宿なんてしばしば」

「大変なんですね」

俺たちの前に、酒の入ったグラスが置かれた。中の氷が、電気の橙色を反射して光る。

彼は、俺と店長に軽く会釈してから一口飲んだ。俺は、反射した橙色の光をじっと眺めながら、次に話すことを考えた。

「メラージくん、何か変わったことはあったかい?」

「変わったことですか。ええと、そうですね…」

顎に手を当てる。どうやら、考えるときの彼の癖のようだ。

「あっ、そうです。新入りさんが来たんですよ」

少しして、答えが帰ってきた。彼は顎から手を離し、人差し指を立てて見せた。

「新入り?」

「はい。背の低い男の方です。モンスターを連れていました。ゼディンさんと同じ、魔法使いのようでしたよ」

「俺と同じ魔法使い?ってことは、魔法族の人間だね。まだ生き残りがいたのか…」

魔法族というのは、魔法が使える一族のことで、その皆がウェノドル村という村出身である。俺もその一人だ。しかし、魔法族は七年前に起きた大厄災により、村ごと滅んだのだ。村は火龍に襲われ、跡形もなく焼け消えた。七年たった現在でも、瓦礫や有毒ガスの発生により立ち入り禁止地帯となっている。出身地なので、一度足を運んだことがあるが、その光景は酷い有様だった。

そんな、魔法族が一日足らずで滅んだという事件の中俺が無事だったのは、俺がその時村にいなかったからだ。

そして俺は、それが運が良かった訳じゃないことも、この事件の犯人が誰かも、知っている。

俺以外の魔法族が皆亡くなってしまったのだが、友人と呼べる人はいなかったし、家では少し生き辛さを感じていたので、精神のダメージは少なかった。

俺以外と言ったが、正確には俺ともう一人以外だ。この村には、もう一人ウェノドル村出身の子がいる。彼は魔法は使えないが、魔法族の一人だ。彼が無事だったのは、その日偶然家出をしていて村に居なかったから、だという。彼は本当に運が良かったのだ。

しかし魔法族の者は、外見は普通の人間と変わらない。メラージに魔法族について話したことはないし、彼が自知識として知っているとも思えない。それなら、考えられるのはその新入りが自分は魔法使いだと言ったか、メラージが魔法を使っている場面を目撃したかのどちらだ。

だがどちらにしても、その新入りの男に興味が湧いたのには変わりない。彼は、どんな人なんだろうか。今まで、何をしていたのだろうか。

どうやって、この村にたどり着いたのだろうか。

「ゼディンさん?」

暫く俺が何も言わず黙っていたのを心配に思ったのか、メラージが顔を覗き込んできた。

「どうかしましたか?」

「いやなんでもないよ。ただ、どんな人なんだろうかと考えていてね」

俺がそう言うと、メラージは笑顔になり、更に顔を近付けてきた。青と桃色のオッドアイが俺を見つめる。おや、彼はこんなにグイグイくる人だったろうか。

「お教えできますよ。少しですが、接触はありましたから」

「えっ、本当かい?」

彼は天を仰ぐ。男の姿を思い出しているのだろう。俺は彼の言葉に耳を傾け、頭の中に白い紙を広げた。

「ええとですね、白色の短髪で、黒い髪飾りをしていましたね」

俺と同じ白色の短髪に黒の髪飾り、と。

「服装は薄緑色のコートに、マフラーを着けていました」

この時期にコートと、マフラー、か。

「背は低くて、左目には眼帯がしてあって…」

背の低い、眼帯をした男。

「…赤い目に、凍るような雰囲気…」

不意にメラージの声が弱々しくなる。どうしたのかと彼の方に目をやると、天を仰いでいた筈の彼は俯いていた。

俺が声を発そうとする前に、はっと彼は顔を上げ、すぐに笑顔を作る。

「すみません、なんでもないです」

気にはなったけれど、深く聞くことはやめた。

「そうですねぇ、以上ですかね」

彼は一口酒を飲んだ。それから一つ、溜息をついた。

「そうか」

俺は話を聞きながら、彼の記憶力は凄いなと思っていた。

短時間でこれ程の情報量を見回りの仕事をしながら記憶していたのだ。普通じゃできないだろう。俺の一つ下とは思えない。

「明日、会えるかな」

ちょうどまだ、明日は依頼は入っていないし、探して見ようかな。

「あ。村の宿を紹介したので、今夜はそこに泊まっているかと。明日行ってみてはどうですか?急いでいる様子でもなかったので、暫くはいると思いますよ」

流石は、メラージだ。宿といえば、この村には一つしかないので、そこだろう。

「ありがとう。明日行ってみるよ。…あ」

ふと彼の方を見ると、空になったグラスが目に入った。俺のグラスは、対象的にまだ残っている。

「ごめん、俺飲むの遅いね」

「あっ、いえ、大丈夫ですよ。マスター、お水下さい」

彼は胸元辺りで軽く手を上げた。数秒の内に、今度は透明なグラスが置かれる。彼は先程と同じように会釈し、グラスを手に取り、俺の方を向いた。

「ゆっくり飲みましょう。今夜くらいは」

夜が深まる。俺たちは暫く、二人で夜に溺れた。


暗い闇を、街灯が淡く照らす。辛うじて、足元の地面が見えるくらいの道に、二つの足音が響く。たまに、風に揺れる草木の音が聞こえるだけで、他の音は皆眠りに就いてしまっている。

店を後にした俺らは、家に帰るため道歩いていた。途中までは同じ行き先なのだ。

酒に強い方の俺も、飲めるようになってそれほど時の経たない彼も、一杯飲んだだけでは酔わない。安定した足取りで進んでいく。

そして、別れ道に差し掛かるまで俺らは一言も言葉を発さなかった。この静寂の世界で声を出せば、全てが崩れ落ちていきそうな、そんな感覚がしたのだ。彼も同じだろう。闇には、人間に不思議なことを考えさせる力があるようだ。

少し歩くと、メラージが立ち止まった。彼と行き先が変わるので別れを言うため、ようやく会話を試みた。

「こっからは別だよね」

彼だけに聞こえるように、声を抑えて話しかける。

「はい。ゼディンさん、今日はありがとうございました」

彼は笑顔でこちらを向いた。薄暗くてよくは見えないけれど。

「うん、こちらこそありがとうね。久々にのんびりできたよ」

「それは良かったです。僕もお話できて嬉しかったです。またご一緒して下さいね」

彼は頭を下げ、歩いていった。彼の後ろ姿が闇の中に消えるまで見送った後、自分の帰るべき道を行く。そして、歩きながら新入りの男のことを考えた。

生き残りの魔法族の人間。一体どんな人物なのだろう。メラージに色々と聞いたはものの、実際に会ってみないとわからないことは沢山ある。明日、会えたら何を話そうか。まずは自己紹介からだよな。それから、出身が同じことと、今まで何をしていたのかも聞いてみたい。俺は学校というものに行ってはいないが、学びを共にした者たちと、暫く経ってから久しぶりに顔を合わせる時は、きっとこんな感じなんだろうなと思っていた。

ああ、もし彼が魔法を使えたら、魔法の使えない俺は笑われるだろうか。いや、彼が俺のことを知っている方がもっと怖い。だって俺は――。

「うわっ…!?」

「…っ!」

急に、身体に走る衝撃。弾き飛ばされた様に、俺は体制を崩す。後ろに倒れるのを避けるため、足に力を入れなんとか踏ん張る。何が起きたのかわからず、チカチカする目で前を見る。そして、俺はすぐに状況を理解した。

俺のすぐ前の暗闇に、人が座り込んでいる。

「ごめんよ、考え事をしていて周りをよく見ていなかった。大丈夫かい?怪我はない?」

ぶつかった衝撃で尻もちをついてしまったのだろう。ちょうどここの道は角になっていて、お互い気付かなかったのだ。

俺が手を差し伸べると、その人は顔を上げた。

背筋が凍る。まるで獲物を見つけた蛇のように、鋭い目で俺を見た。しかしそれは一瞬のことで、彼は目を伏せ立ち上がった。

「否、俺も初見の村落の町並に思考を奪われていた。謝ろう。幸いの損傷は皆無だ、案ずるな」

「う、うん…?…うん」

突如浴びせられる聞いたこともない会話文構成により、俺の頭は一瞬でぐるぐると混ざり乱れ、逆に思考が停止してしまった。彼は、今何と言ったんだ?

すると、そんな俺に追い打ちをかけるように彼は言葉を紡いだ。

「深更の不知の地でと邂逅した事、幸福と思おう。少し嚮導を依頼したいのだが、差し支えは無いか?」

なんとか理解しようとする。…依頼。頼みごとがあるのかな?

「ええと、うん。大丈夫だよ?」

正しい返答なのか分からず、思わず語尾が上がってしまう。

「感謝する。旅籠屋の有り所を告げ示して欲しく思っている」

はたごや…?そんなお店はあったかな。

俺があたふたしていると、彼は少し小さな声で付け足した。

「現今では、宿とも言う」

「あっ、宿まで道案内をして欲しいのかな!」

彼のその言葉で、俺は今までの会話内容を把握することができた。意外と、優しい人なのかもしれないな。

…宿?

ふと、彼の方を見る。暗くてあまり見えなかった姿を、よく見る。

白髪に黒い髪留めをつけていて、薄緑色のコートとマフラー。左目を覆い隠すように着けられた、帯状の眼帯。

メラージが言っていた新入りの男と、特徴が一致する。彼が。

「君が、魔法族の、人…」

そう俺が呟くと、彼は驚いたようにこちらを向いた。しかし、すぐに顔を背けてしまった。

「貴様には関係のない事」

少し声が低かった。

「いや、俺も同じだからさ。会えて嬉しいよ」

彼は顔を背けたまま、俺の横を通り過ぎ歩いていってしまった。

「えっ、ちょっと待って!道、わからないんだろう?」

止まらない。どんどん歩いていく。

そうだ、まずは自己紹介だ。

「俺の名前はゼディン」

彼は歩むのをやめた。どうやら成功したみたいだ。

しかし、彼が立ち止まった理由は、別のものだった。

「…何?」

ゆっくりと、振り向いた。俺は離れた距離を縮めようと、歩み寄る。街灯の真下に、二人は立つ。

「ゼディンだよ。宜しくね。君の名前は――」

彼の目は大きく見開かれていた。

赤い、赤い色をした瞳。その中に刻まれた、十字架の模様。

この目は。

「…名前、聞いても良いかな…」

彼は赤い目を光らせ、俺を睨んだ。

「…深紅の十字架、フラドレル・バロガグレッド。…バロと、君は呼んだ」


時間が止まったような気がした。

はじめましての方は、はじめまして。さまた。です。

第1章春風の吹く場所~と或る春の日~、いかがでしたでしょうか。

今回はゼディンがバロガと再開を果たすお話でした。

個人的に好きなのは、メラージがゼディンに一杯奢る言われ、喜ぶシーンです。敬語口調の彼の、子供のような無邪気さが、書いててとても楽しかったです。

(主に)バロガの厨ニ病や、作者の日本語力の無さが炸裂しまくり、大変読み難い回となりましたこと、お詫び申し上げます。彼からも謝らさせていただきます。

では、また次回でお会いしましょう。

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