38.気になる人と遊園地デートなのだけど⑤
「はい、どうも三井でーす。今日もね『高校生友人二人の遊園地デートを追跡してみた』の続きを実況していきたいと思います。前回はね、折角見つけた友人達を再び見失ってしまうという内容でしたけども、どうやらアプデが入ったようでして今度こそちゃんと追跡できるのではないかと思っています」
「だから毎度誰に向けて挨拶してんだ。今回は完全にゲーム実況者のノリだな」
「いやー、もうゲーム感覚だよね。私の脳内では、『次はどこを探そうか』というメッセージが出てきて、『ジェットコースター・ゲームセンター・観覧車』みたいな選択肢から行き先を選んで、移動していく感じになってるっすよ」
「脳内がシミュレーションゲームに毒されている」
まぁ、俺もシミュレーションゲームはよくやるし、その感覚は分からなくもない。
「きっと高瀬くんは今頃恋愛シミュレーションゲームの真っ最中っすよ。遊園地内で必死に好感度を上げて、告白の選択肢を選ぶかどうか迷っている感じっすね」
「リアルの恋愛をシミュレーションゲームと一緒にするのはどうかと思うが」
「よく言うじゃないっすか、『恋なんて言わばエゴとエゴのシミュレーションゲーム』って」
「シーソーゲームな。それに、語呂が悪い」
あと、JASR●Cさんが来るから曲の歌詞っぽいのを言うのやめろ。
それにしても、お化け屋敷でトチ狂ってしまった三井を落ち着かせていたら、いつの間にか日が傾き始めていた。
このままでは俺がただ三井とカオスなデートをしているだけという意味不明な状況のまま一日が終わってしまう。そうなると、本当に何しに来たのか分からなくなってしまう。
「しかし、いつの間にか夕方っすね。詩織達が帰っちゃわないと良いんすけど……」
「お前の精神がお化け屋敷で崩壊しなければ、あいつらを追えたかもしれないのにな」
「ひぎぃ! お化け屋敷の話はしないで欲しいっす!」
俺だって、お化け屋敷で俺の腕を掴んで暴れる三井のことは思い出したくない……いや、待て。あの時は腕を振りほどこうと必死だったが、よく考えたら三井の胸が俺の腕に当たってたんじゃないか……? よく思い出すんだ、俺! あの時の感触を! 確かそれなりにデカかったと思うのだが……!
「…………」
「正志さん……? 何を黙って考えているんすか……?」
「いや、気にするな。この世で最も重要な概念について思いを馳せていただけだ……」
「それ、すごく気になるんすけど」
三井、お前は気にする必要などない。
「話を戻すぞ。そろそろマジで結樹達が帰るかもしれない。あいつらが最後に行きそうな場所とか思いつくか?」
「え、そうっすね……。あ、そういえば高瀬くんに夜の観覧車は告白にオススメだとコントで伝えたっす」
「コントで伝えるっていうのが意味不明なのだが、それは置いておいて、確かに遊園地デートの最後に行きそうなスポットだな。試しに行ってみるか」
俺と三井は観覧車乗り場の元までやってきた。どうやらあまり混んでいないようだ。
今やって来たカップルも待たずにそのまま乗れそう……って、あのカップル、結樹達じゃね!?
「正志さん、詩織達いるっす!」
「あぁ、ビンゴだな!」
「正志さん、語尾の『流石、三井様! 見事です!』が抜けているっすよ」
「どんな語尾だよ!? 誰がそんなことを言うか! よし、俺達も追いかけて乗るぞ! 隣のゴンドラなら何をしているか観察しやすいだろ」
「ガッテン、ガッテン、ガッテン」
某公共放送の豆知識番組のSEみたいな返事をした三井を無視して、俺は結樹達の背後に忍び寄る。どうやら結樹達は俺達の存在に気がついてないようだ。三井も忍び足で俺の背後を追いかけてきた。
やがて、結樹達はゴンドラに入っていった。よし、チャンスだ。
「乗るぞ、三井」
「了解っす」
俺と三井は、首尾良く結樹達の次のゴンドラに乗り込む。俺と三井は結樹達を観察しやすいようにゴンドラの扉から入って左側の席に二人して座る。結樹達のゴンドラを見上げると二人が向かい合って座っているのがかろうじて見えたが、どうにも見えにくい。
「ちょっと見にくいっすね……。あ、別に正志さんのことを醜いって言ったわけじゃないっすよ?」
「なんで急に俺のことをディスるわけ?」
「まぁ、ゴンドラが上がっていく時は見えにくいっすけど、降りていく時は多分よく見えるっすよ。バッチリ観察してやりましょう」
「おう、そうなんだが、俺をディスった説明をしろよ」
俺の言葉を無視して、三井はゴンドラの内部を見渡す。
「それにしても、観覧車とか久しぶりっすねー」
「まぁ、遊園地自体あまりよく行くところじゃないからな」
「観覧車といえば爆発っすよねー」
「そんな『芸術は爆発だ!』みたいな感じに言われても」
「あれ、知らないっすか? 観覧車といえば、爆弾が仕掛けられているもんすっよ? で、爆発の3秒前に次の爆弾が仕掛けられている場所が爆弾のモニターに表示されるので、それを見届けるためには刑事が一人犠牲にならなければいけないんっすよ」
「それ名探偵コ●ンの松●刑事の話だろ!? コ●ンくんの漫画かアニメを見てないと伝わらないネタじゃん!」
「もしくは、観覧車の上で公安捜査官とFBI捜査官がバトルして、終いにはその観覧車の車軸が外れて、角の生えたヒロインに向かって転がってしまうんすよ!」
「それもコ●ンくんのネタじゃん! しかも劇場版! あと、毛●蘭の髪型を揶揄するんじゃねぇよ! 蘭姉ちゃんも可愛いだろうが!」
あの映画は推理要素はなかったけど、最高のアクション大作だったぜ!
「あ、大分登ってきたっすね。反対側の方が見えやすいっすよ」
ゴンドラが上昇して、遠くの景色も見えるようになってきた。結樹達のゴンドラとの相対的な位置が変わったので、俺と三井は向かい側の座席に移動する。
「相変わらずよく見えないっすねー」
「まぁ、降りていく時にちゃんと見えれば十分だろ」
俺と三井は仕方なく、結樹達のゴンドラではなく周りの景色をボケッと見始めた。
あれ、よく考えたら今の俺の状況ってヤバいのでは? 女子と一緒のゴンドラに乗って、しかも隣に座って綺麗な夕焼け空を一緒に見ている……。その女子がややクレイジーなのは置いておけば凄いシチュエーションなのでは……?
俺は、こっそり隣いる三井の表情を覗き見る。ちょっと呆けながら外を見ているので、若干残念な感じだが、三井は黙っていると十分可愛い女の子な気がしてくる。
あれ、この気持ちはなんだろう?
ガクン
うっかり谷川俊●郎の詩のような考えをしていたところで、ゴンドラが急に揺れて停止し、俺は現実に引き戻された。
「あれ、どうしたんすかね?」
三井が疑問を口にしたところでアナウンスが入って、観覧車が止まった理由の説明がなされた。どうやら間もなく再開するらしい。
結樹達のゴンドラを見るが相変わらずよく見えない。あれ? でもさっきまであった結樹の頭部が見えないのだが、どうしたのだろうか? ゴンドラが停止した時の揺れで転びでもしたのだろうか?
しばらくして二度ほどゴンドラがガクンと揺れた後、観覧車の運行が再開された。俺と三井のゴンドラはゆっくりと頂上に辿り着く。よし、これで結樹達のゴンドラが見えやすくなるはずだ。俺と三井は揃って、結樹達のゴンドラを見下ろす。
「「うわあああああ!!!!!????? 押し倒してるぅぅ!!!!????」」
俺と三井の目にとんでもない光景が飛び込んできた。
なんとあの意気地なしの結樹が水瀬のことをゴンドラ内で押し倒していた。マジかよ……あいつにそんな勇気があったのかよ……。
そして、押し倒されてる水瀬は心無しか顔を紅潮させている。なんだと……。押し倒されて満更でもないってことかよ……。
「おい、三井。俺達、ヤバい現場を見ちまったようだぜ……」
俺は三井の方を向きながらそう話しかける。
「『雪人。もう……限界だ……。……俺のモノになれよ……!』二人っきりの観覧車の中、陽大が向かいに座る雪人に覆いかぶさるようにして耳元で囁く。『あ……ダメだよ、陽大……。そんな……こんなところで……僕まだ心の準備が……』雪人は抗うが、その声は小さく、陽大を振り払う手にも力がほとんど入っていない」
「おい、そこの腐敗物! BL変換しながら変な実況するのやめろ! ていうか陽大と雪人ってあの二人がベースだったのか!?」
「あぁ……私の中では、雪人×陽大だったんすが、まさかの意表をついた逆転……!」
「クソッ! こいつもう俺の手には負えない!」
結樹の行動と隣の腐敗物のせいで、頭が処理落ちしそうだよ!
どうすりゃ良いんだよ!?
しばらく見ていると結樹が慌てたように水瀬の上から立ち上がった。
二人して顔を赤くしながら、何やら結樹がペコペコ謝ったり、水瀬がわちゃわちゃ手を振ったりしている。
んー? あの様子だと、さっき押し倒していたのは事故ってことか? まぁ、よく考えたらあの結樹だもんな。女の子を押し倒すなんて、そんな度胸があるわけ無いか。
「おい、残念だったな三井。どうやらただの事故のようだぞ」
「『あ……ダメだよ、そこは……。はうっ……』『……嫌か?』『……嫌じゃ……ない』」
「お前は早く妄想の世界から帰ってこい」
どうしようもないな、こいつ。
結樹達のゴンドラに目をやると、水瀬が結樹の耳元でなにか囁き、それに対して結樹が驚いている様子が見えた。そして、水瀬が悪戯をしたかのような表情を見せると、ちょうど地面にゴンドラが到着してそのまま水瀬はゴンドラの外に出ていった。
何だ? 水瀬が結樹をからかったのか?
「『ぺろっ……』『雪人!? お前、急に俺の耳を舐めるんじゃ……』『えへへ、お返しだよ』『……ったく』」
「……三井、お前にはそう見えたのか……」
俺と三井のゴンドラも地上に着き、未だに妄想の世界から帰ってこない三井を引っ張るようにして俺はゴンドラから出た。
……BL小説のセリフをうわ言のように喋り続ける三井は、観覧車の係員に相当怪しまれていたけどな……。
自分の世界に入っていた三井を叩いて目覚めさせた頃には、もう結樹達は遊園地から出て行ってしまっていた。
「おい、俺達も帰るぞ」
「あ、帰る前にショップによっても良いっすか? 折角だから見ておきたいんす」
「俺が付き合う義理はもう無いんだが、まぁ良いか」
ショップに入ると三井は遊園地のグッズを見て回る。
一通り見終わった後、三井はキーホルダーが大量にぶら下がっているスタンドの所に向かい、目当ての品を手に取り、レジに向かう。
「なんだ、それは。……なんか気持ち悪いな、それ。トカゲか?」
三井が持っていたキーホルダーは何やら帽子を被った気味の悪いトカゲのような物体が笑顔を向けているものだった。なんでこんなもの遊園地で売っているんだ。
「違うっすよ! これはこの遊園地のマスコット達の間でもダントツの不人気の『カゲートちゃん』っすよ!」
「やっぱトカゲじゃん、それ。しかも不人気なのかよ」
「この薄気味悪い笑顔が素敵だと思うんすけどねー」
「お前、その『わさび』Tシャツといい、センスねえな」
「失礼っすねー、プンプン( *`ω´)」
「その顔やめろ」
三井は、キモいカゲートちゃんのキーホルダーを2つ買い、会計を済ませる。
「……なんで2つ買ってるんだ、お前?」
「はい、一個は正志さんの分っすよー。今日一日付き合ってくれたお礼っす」
「……お礼がそのキモいキーホルダーかよ」
三井は自分の分のキーホルダーを自分の鞄に早速装着し始めた。
「キモいは余計っすよー」
「どうせならキーホルダーより飯をおごってくれた方が良かったんだが……」
「お礼は形に残るものが一番っすよー」
そう言って三井はショップから出て、遊園地の出入り口に向かった。
俺は、三井から貰ったキーホルダーをしばらく見つめた後、自分の持っていた鞄の目立たない場所にそっとキーホルダーを取り付けた。
さて、帰るとするか。
俺は三井の後ろをゆっくりと追いかけて帰路に着いた。
遊園地編、終了です。




