27.先生達がなんかバトルしてるんですけど②
突如勃発した阿部先生と坂下教諭のよく分からない真剣勝負。
最初の戦いは、中立な立場にいる川島先生が出題する道川先生クイズである。
「はい、じゃあ第一問」
川島先生がスマホを見ながら出題する。
川島先生は教壇の前におり、阿部先生と坂下教諭は生徒用の椅子に座っている。
中々珍しい光景だ。
「えーと、道川先生の星座はなん……」
「乙女座」
阿部先生の即答だった。まだ出題の途中だったのに。
早い……早すぎる……。
「え、あ、正解です」
「ちなみに、誕生日は、8月28日です」
「そこまで聞いていないんですけどね……」
流石、道川先生を女神と崇めるクレイジー集団のトップだ。
簡単すぎたようだな。
ていうか、やっぱり坂下教諭に勝ち目ないよね、これ。
「ええと、第二問! 道川先生の血液が……」
「A型」
「せ、正解です……」
だから即答すぎるって。川島先生が軽く引いているじゃん!
「ちなみに、AO型です」
「いや、そこまでは私も知らないんですけど……」
阿部先生! そのオタクが無駄に知識を披露したくなるみたいな精神で追加情報を入れない方が良いですよ! 川島先生の目がどんどん不審者を見る目になっていますよ!
『ポッ』
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川島 深雪
現在の心境:道川先生に、阿部先生には近づかないように忠告した方が良いかも……。
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ほらー、警戒されているよ!
「あー、じゃあ次の問題。全5問なので次に阿部先生が正解したら、その時点で最初の勝負は阿部先生の勝ちですね」
「まったく、坂下先生もそろそろ正解してくださいよ? これでは張り合いがない」
「……こんなことで張り合うというのも……」
うん、張り合わなくて良いんですよ、坂下教諭。
「じゃあ、次は難易度をグッとあげますね。道川先生が寒い時期の帰り道によく買って食べているものはなーんだ? 流石にこれは難しいかなぁ……」
「たこ焼き」
「なんで知ってるんですか!?」
「社会常識です」
「阿部先生はどこの社会で生きてらっしゃるんですか!?」
きっとMKM会員が毎日、道川先生をストーキングしているからなぁ……。
知っていてもおかしくはなさそうだけど……やっぱり引くわ。
「ちなみに夏場はよくコンビニでカップアイスを買います」
「ヒェ……」
川島先生の口から小さく悲鳴が漏れ、スマホを握る川島先生の手が震える。
『シュッ』
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川島 深雪
現在の心境:このまま……通報した方が良くないかしら……。
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その気持ち、よく分かります。
「いやー坂下先生。こちらの圧勝でしたな」
「……は、はぁ……」
『ポッ』
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坂下 亨
現在の心境:負けたら命が危ういかもしれないのに、なぜこんな勝ち目のない勝負をしているんだろうか……。不幸だ……。
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本当にかわいそうなんだけれど、命は大丈夫だと思いますよ?
「では、次の勝負といきましょう。あ、川島先生。お忙しい中、ありがとうございました」
「……いえ、どういたしまして……」
川島先生が心底警戒した顔で阿部先生を見据える。
阿部先生、勝ち誇っているところ申し訳ないんですけど、あなたの社会的な信用はがた落ちですよ?
「次の勝負は、坂下先生。あなたが内容を決めて下さい」
そういえばそんなルールだったな。
残る勝負は2つ。1つは坂下教諭が決めて、もう1つは阿部先生が決める……いや、さっきの勝負逃した時点でもう坂下教諭は詰んでないか?
「……はぁ、では数学で」
数学教師らしく自分のフィールドで勝負か。
「なるほど。でも、坂下先生が解いたことのある問題だと流石に不公平ですね……。野本先生、適当に問題を見繕ってくれませんか?」
「承知しました」
同じく数学科の野本先生が問題を用意するようだ。
野本先生は、一旦職員室に戻った後、プリントを2つ持って帰ってきた。
「高校数学だと、現役で教えている坂下先生に有利すぎるので、高校受験の問題を適当に10問用意しました」
なるほど。そうすると内容は中学生向け。阿部先生でも良い感じに勝負できるかもしれない。
「では、30分間を目処に数学勝負……始めです!」
野本先生がそのまま勝負の審判役となるようだ。
阿部先生と坂下教諭は2人とも生徒用の机につき、問題を解き始める。
うーむ、さっきと違って見てても面白くないなぁ……。
2人ともどんな調子だろうか。
『シュッ』
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坂下 亨
現在の心境:ここに垂線を下ろせば、ほぼこの問題は解けたも同然。
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お、流石に坂下教諭はスイスイ解いているようだ。
さて、阿部先生は……。
『シュッ』
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阿部 幸助
現在の心境:……最近の中学生って、こんな問題を解けるというのか……!?
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あ、もうこれ坂下教諭の勝ちですね。
見ると、阿部先生は口元を歪ませたまま問題用紙から目を離し、虚空を見始めている。
諦めたか。
『シュッ』
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阿部 幸助
現在の心境:……くっそ!こんなの分かるか!数学なんかできなくても人間生きていけるんだよ!
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それ、教師が言っちゃいけない台詞! 身も蓋もなさすぎる!
「野本先生」
「はい、どうしました阿部先生?」
「ギブアップだ」
「はい?」
「私の負けで良いから次の勝負に行こう! あ、棄権したから採点は不要だ!」
格好悪いぞ、阿部先生……!
「……え、私、あと1問で解き終わるのですが……」
「もう不要だ、坂下先生! さぁ、表に出ましょう! 最後の勝負は、男と男の勝負のド基本! 運動で勝負だァ!」
「……はぁ……」
大きくため息を吐く坂下教諭。そりゃねぇ……数学教師が体育教師に運動で勝負ってねぇ……。
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阿部先生と坂下教諭が校庭に出る頃には、すっかり陽も傾き、部活をしている生徒もいなくなっていた。
俺も校庭に出て、それなりに先生方が見えやすいところまで出る。
外なら別にこそこそ隠れている必要もないからな。堂々と観戦しよう。
そして、ジャージ姿の阿部先生が、スーツの上着を脱いだだけというまるで運動をするとは思えない格好の坂下教諭に最後の勝負を説明を始める。
「最後の勝負、そのルールは簡単! 校庭のトラックを1周して、先にゴールした方の勝ちです!」
「…………」
『シュッ』
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坂下 亨
現在の心境:勝てるわけがない……。もうダメだ…おしまいだぁ…。
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そりゃ坂下教諭もブ●リーを目の前にしたベジ●タみたいな気持ちになりますとも。
「では、スタートの合図は私がしましょう」
体育科の武内先生がスターターを買って出た。
「坂下先生。インコースはお譲りします。横並びのスタートで構いませんよ」
「……はぁ」
自信たっぷりの阿部先生の横にのろのろと進みスタートラインに着く坂下教諭。
もう少し戦意を持って……。
「では、いきますよ。位置についてよーい……ドン!」
武内先生の合図とともに走り出す坂下教諭と阿部先生。
懸命に走る坂下教諭の隣を、余裕の表情の阿部先生が並んで走る。
「坂下先生……あなたの道川先生への想いと、男の武器たる筋肉はそんなものですか……。……足りない……足りないぞ、坂下先生ィ!」
よく走りながらあれだけ喋れるものだ。ある意味尊敬するな。
最初のコーナーを曲がりきった後、阿部先生が一気にスピードを上げ、坂下教諭を追い抜く。
「ゴールで会いましょう、坂下先生」
「……ぐぅ……」
前から思ってたけど阿部先生って妙に中二病くさい台詞言うよね。
数学の実力とともに中学生で思考が止まってたりしないよね? 流石に失礼か。
坂下教諭と阿部先生の間がみるみる広くなる。
阿部先生……速いな……。
でも、坂下教諭も必死の形相で懸命に追いかける。あんな真剣な表情の坂下教諭は初めて見る。
「あの坂下先生が、あんなに懸命に走るとは……。やはり、道川先生を諦めきれないということか……」
スターターの武内先生の独り言が聞こえてくる。
うーん、多分少し違うと思う。
『シュッ』
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坂下 亨
現在の心境:負けたら……あの変人集団に何をされるか……! きっと、消される……!
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坂下教諭の原動力は、純粋な死への恐怖。
例え勝てる可能性が小さくとも最後まで足掻くということのようだ……。
大丈夫だよ……消されないよ……。
坂下教諭と阿部先生の距離は開いたまま、阿部先生が最後のコーナーに差し掛かった。
と、その時だった。
「うおっ!?」
ゴウッと強い風が急に吹き始める。上昇気流なのだろう。阿部先生の近くで校庭の砂が巻き上がる。
「ぐう……!?」
たまらず阿部先生は目を閉じ、スピードを緩める。
風もすごいが、あの砂はきついだろう。
巻きあがった砂は後ろを走る坂下教諭にも襲いかかる。
「……ぐぅ、おおおおおおおお!」
信じられないものを見た。あの坂下教諭が大声をあげながら巻き上がる砂に突っ込んでいく!
顔の前に腕を構えただけで、目は閉じずに一心不乱に走り続ける!
「バ、バカな!? あの坂下先生が!?」
武内先生が驚愕の表情で坂下教諭を見つめる。
坂下教諭は風と砂を受けながらも走り、ついに阿部先生を……追い抜いた!
「なん……だと……!?」
阿部先生も坂下教諭に抜かれたことに気がつき、驚愕する。
今、坂下教諭の心の中の思いはたったひとつ。そう……
『シュッ』
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坂下 亨
現在の心境:死にたくない消されたくない監禁されたくない
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ただの恐怖心。死を前にした人間は強い。
「そ、そんな、坂下……なぜそこまでして……!?」
「これが……愛の力だというのか……!?」
驚きを隠せない野本先生と武内先生。
坂下教諭の愛の力を感じたのか、武内先生の目から一筋の涙が溢れようとしていた。
……愛の力じゃないんだよなぁ……。
「くっ、だがまだだぁ!」
ようやく風が収まり、阿部先生がラストスパートをかける。
残すは最後の直線のみ。
「「うおおおおおおおおおお!」」
本気を出した阿部先生は速く、坂下教諭に一気に追いすがる。
そして、坂下教諭と阿部先生が2人ほぼ並ぶように……ゴールした。
「「はぁはぁはぁ」」
二人とも息は絶え絶え。
坂下教諭はスーツにも関わらず、膝を折って校庭に片膝をついた。
「一体、どっちなんです!? 武内先生……!」
野本先生が審判役の武内先生に目を向ける。
「ほぼ同時です。ですが……強いていうならば……」
そこで武内先生は言葉を止めて、阿部先生の方をちらりと見る。
阿部先生はゆっくりと首を振る。『気にするな』とでも言いたげに。
「強いていうならば……坂下先生の勝ちです……!」
あの坂下教諭が……阿部先生に運動で勝った……。信じられない。
「まさか、そんな! これは何かの間違いだ! あんな風、アクシデントだ!」
野本先生が声を上げる。
だがそれをかき消すようにガハハと阿部先生が笑い声を上げる。
「いやー、負けた! あんだけ男がどうとか言っていたのによう! その本人がたかが風にビビって止まってしまうなんて情けない!」
「阿部先生……?」
「坂下先生! 一緒に走ってよく分かった! 坂下先生には道川先生を守るだけの筋肉はないかもしれない。でも、道川先生を諦めたくないというその心意気は存分に伝わったぜ……! これは正真正銘、男じゃないとできないことだ!」
「……はい?」
坂下教諭が何を言われているかよく分からないといったような声を上げる。
走っている時、坂下教諭は道川先生のことを欠けらも考えてなかったですよ?
「坂下先生よぉ……俺も昔は純粋に道川先生が好きだった……。でも、道川先生が俺の手には届かない人だって勝手に思い込んで、いつの間にか影で守ることだけして満足しちまった……。まったく、俺はダメな男よ! 道川先生への思いは……坂下先生、あんたがナンバーワンだ。お前になら俺の道川先生を託せる……付き合うことを俺が許可する!」
話が長いなぁ、阿部先生……。ていうかあなたは道川先生の父親か何かですか……?
「ちょっと、阿部先生! いや、会長! これでは、我々MKMは……!?」
「野本先生……いや、シャイニング・野本! MKMの本来の目的は道川先生が幸せに生きていくことを影から見守ること……! もし、この坂下先生が道川先生と一緒にいて、幸せになれる可能性があるのだとしたら、それを否定なんてできねぇってことだ!」
「か、会長!」
「坂下先生……今日1日、本当に迷惑をかけた。だが、もうMKMが坂下先生を邪魔することはしない。まぁ振られるかもしれないが、存分に道川先生にアタックしてきてくれ!」
そう言い切ると阿部先生は武内先生と野本先生を引き連れて校舎内に戻っていった。
残された坂下教諭は……
『シュッ』
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坂下 亨
現在の心境:よく分からないけど……私は……生き残った……!
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生の喜びを実感していた。
とりあえず生還おめでとうございます。
『リンッ』
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坂下 亨
年齢:31
職業:高校教員
- 高校教員 Lv. 17
- 強迫観念 Lv. 45→44 (パラメータが更新されました)
- 数学 Lv. 31
- 頭痛 Lv. 20→18 (パラメータが更新されました)
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坂下 亨
- 体力 37
- 知力 71
- 魅力 22
- 品性 45
- 精神 8→10 (パラメータが更新されました)
- 幸運 2→5 (パラメータが更新されました)
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うお、なんか強めの敵を倒した時のレベルアップみたいな感じで成長している……!
あんまりこの体力とかのベースのパラメータって変わらないというのに、坂下教諭は戦いの中で成長したということか……。
なんにせよ、坂下教諭を最近悩ませてたMKMも手を引きそうだし、一件落着かな。良かった良かった。
なお、後日調べてみたら、MKMは坂下教諭に手を出さないだけで、相変わらず道川先生へのストーキングは大好評継続中だった。誰かこの組織を本当にどうにかした方が良いと思う。




