22.気になる人から本の紹介を受けたけど
昼休みが終わった頃、席に着いた俺は机の中に手紙が入っているのを発見した。
小さい便箋に丸っこい文字が書かれている。俺にこういう手紙を書くのはただ一人……水瀬だ。
『放課後に教室で話せますか? 水瀬』
前回と違って、短い文面だった。
俺は顔を上げて水瀬の席の方を見た。
水瀬は既にこちらを見ており、『どうかな?』と聞く感じで首をちょっと傾け、俺に微笑んだ。可愛い。
俺は、どう答えたものかと少しだけ悩んだが、結局、首を縦に振って同意を示した。
水瀬がまた踏みたいとか言ってくるかもしれないが、俺には気になる人からの誘いを断ることはできなかった。
しかし、何をする気なんだ?
『ポッ』
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水瀬 詩織
現在の心境:良かったー、ちゃんと手紙を見つけてくれて。
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おおう、そういうこと考えてたか。
確かに今時手紙で意思疎通するのっておかしい気もするが、俺は水瀬と連絡先をやり取りしてないからなぁ……。なんかの会話のノリで聞いてみても良いかもしれない。
そして、迎えた放課後。
俺は机の中を整理するなどして、教室から他の生徒がいなくなるまで待った。
俺と水瀬以外の生徒が全員出て行ったのを見届け、俺は窓際の席に座っている水瀬の方を振り返った。
水瀬は青いブックカバーをした文庫本を読み耽っており、外からの隙間風で水瀬の前髪が少し揺れる。
俺はその横顔に少し見惚れていたが、気を取り直して自分の鞄を持ち、水瀬の近くに向かう。
「水瀬?」
「あ、ごめん、ちょっと夢中になってた」
夢中? あぁ、本か。
「あぁ、気にしなくて良いよ。それで……今日は何の用なんだ?」
「あはは……。そんなに身構えないでよ……」
う……確かに『また踏みたいの!』とか言われるんじゃないかと疑っているところはあるけど……。
「大丈夫。今日は『踏ませて』なんて言わないよ」
「そ、そうなのか?」
「あれ、それとも踏まれたかったかな?」
水瀬は座ったまま、側に立つ俺を下から覗き込むようにしてちょっと意地悪気味に言った。
そんな水瀬が可愛すぎて、それでも良いか……とちょっと思いそうになるが、なんとか踏みとどまる。
「いや、そんなわけないから」
「それはそれで残念」
「で、実際のところ何の用なんだ?」
「今日はね、この間約束したことをしようと思って」
「約束?」
俺と水瀬が? なんかしただろうか?
「ほら、私の家に来た時に面白そうな本を紹介するって言ったの覚えてる?」
「あ、そういえばそうだったな」
すっかり忘れてた。
何せ、水瀬の家に行った時は、水瀬が俺を踏みつけたことのインパクトがでかすぎたからな……。
「うん、それでね、高瀬くんの好きな本のジャンルとかあったら何か紹介しようと思っているんだけどどうかな?」
「ふむ、好きな本のジャンルか……」
改めて考えると何だろうか?
本屋の店頭で目立つ感じに置かれている本は読んだりするが、ジャンルというとよく分からないなぁ……。
「なんだろうなぁ。ジャンルっていうか、先の展開が読めないような本は面白いと思うけど……。なんか意外な結末!みたいな」
「うーん、そういうのか。とすると、ミステリ要素がある感じが良いかな。普段の高瀬くんの感じからすると……伊川洋次郎とかかなぁ……」
口元に手を当てて悩む水瀬。可愛い。
ふと水瀬が反対の手に持っていた文庫本が目に入る。
「なぁ、水瀬。水瀬はどういう本が好きなんだ?」
「え、私?」
「そう」
水瀬が普段どういう本を読んでいるか気になるな。
「うーん、なるべく幅広く読もうとしているけど、やっぱり幻想的な雰囲気のあるものが好きかな」
「幻想的……」
「うん。幻想的な作品ってありきたりな言い方をすると想像力を掻き立てられるっていうのかな。現実の世界では見ることのできない光景を見せてくれるんだよね。現実とは異なる世界観の……例えばファンタジー世界みたいなものって映像化や漫画化されて、視覚的に理解できたりすることもあるけど、本は活字だけで私の頭の中に視覚を超えた世界を創ってくれる気がするの。……って、ごめん。ちょっと何言っているかよく分からないよね。私も何て表現して良いか分からなくて」
「まぁ、分からないでもないような気がするが……」
確かに本って文字だけなのに、ふんわりとその光景が頭に浮かぶ感じするよな。
「とりあえず文字だけで私の脳裏に不思議な世界を広げてくれるような、そういった作品が好きなの」
「ふむ。そういう世界観の小説って例えばどんなのがあるんだ? 俺も読んでみたい」
「え、本当? 私は、作者でいうと恩野空さんとかが好きだけど……。高瀬くんが気にいるかは分からないよ?」
「いいんだ。水瀬が好きな世界を俺も見てみたいんだ」
あれ、なんか俺、歯が浮くようなセリフ言ってません? なんか言ってから恥ずかしくなったんですけど。
「……うん! じゃあ、今一冊持っているから貸してあげる」
そう言って水瀬は鞄の中から書店でもらえるブックカバーをつけた別の文庫本を取り出し、俺に渡した。
ふいに本の匂いを嗅いだら水瀬の匂いがするんじゃないかと思ったが、すぐにその考えを打ち消す。危ねぇ、なんか梨乃ちゃんの嗜好に毒されつつあるよ……。
『リンッ』
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水瀬 詩織
結樹への評価:踏みやすくて良い人
- 好感度 9→14 (パラメータが更新されました)
- 信頼度 21→23 (パラメータが更新されました)
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上がった!? ここに来て好感度が上がった!?
マジか! あの改めて考えると恥ずかしい歯の浮くようなセリフ言って良かった!
「どうしたの、高瀬くん?」
「あ、いや、なんでもない。その、ありがとな」
「その本は、割と現実に近い世界観だけど恩野空独特の不思議な感じがあちこちに出てて面白いよ」
「ほう」
「ちなみに、恩野空は幻想的な物語以外も書いているんだけど、結構コミカルなのもあって高瀬くんも気に入るものあるかもしれないよ。もしそれを読み終わって興味があったら貸してあげるね」
「分かった、ありがとう」
よし、なんか上手くいっているよ!
俺、今すごい青春している気がする!
このまま純粋に水瀬と仲良くなることができるんじゃないか!?
あぁ、これが幸せってやつか……。
俺は感慨に耽りながら、水瀬に貸してもらった本を鞄に入れようと、鞄を教室の床に置き、片膝でしゃがんでその口を開く。
…………あれ……。しゃがんだ俺を……水瀬がじっと見ているんですけど……。
「高瀬くん。ひとつお願いができたんだけど」
「……え、踏ませては無しでお願いします」
「……。もちろん、そんなことは言わないよ?」
じゃあ今の変な間はなんだよ。
「じゃあ、お願いってなんだ?」
水瀬が口元が緩み、ふふっと軽く息が漏れる。
嫌な予感がする。
「しゃがんだまま少し前傾姿勢になってもらえる?」
「……。こうか?」
一応、言われた通りにする。
「うん。じゃあ、本を貸してあげた対価として……ちょっとの間、私の椅子になって欲しいのっ」
「はい?」
戸惑う俺をよそに水瀬は俺の背中にちょこんと座った。
はいいいぃ?
「ちょっとあんまり揺れないで」
「あ、ごめん」
なんで律儀に謝ってんだ俺。
「はぁ……。高瀬くんと放課後二人っきりになったらこういうことができないかなぁ……って思ってたけど、できて良かったぁ」
「おい!? やっぱり最初からそのつもりだったのかよ!?」
「もちろんちゃんと本の紹介はするつもりだったよ? 本が好きな人が増えるのは嬉しいし」
確かに水瀬はちゃんと本の紹介はしようとしてくれてたよ。
でも、裏でやはりこう考えてたか……。ちゃんと心を読んでおけば良かったか?
「ふわぁ……他人を椅子にしてその上で読書するのって……気持ち良い……」
「何、読書し始めているんですか!?」
よく見えないが水瀬が本のページをめくっている音が聞こえる。
「高瀬くんも本を読めば良いと思うよ?」
「この体勢で本を開けと!?」
俺は水瀬の体重を支えるために、もはや四つん這いに近い状態になってきており、手は教室の床を着いている。この状態で本読めって無理だよ!?
ていうか例え読めたとしても意味わかんないよ、その状況!
「うふふ。あ、私この部分の表現がとっても好きなの。高瀬くん、こっちに顔向けられる?」
「首をねじ切らないと背中に座る人の手元なんか見えないと思いますけどねぇ!?」
「うん、知ってた」
「ですよね!!」
なんか水瀬さん、調子出てきましたね!
「あれ、高瀬くん? 背中が熱くなってきたよ? 興奮してきたの?」
「他人の体重支えてればそりゃ体力使って暑くなるよ!」
いや、まぁ興奮というか……ちょっと気になることは気になるよ? だって、水瀬の感触がダイレクトで背中に……っていかんいかん! 気をしっかり持て、俺!
と、俺が頭を振って、気を入れ直そうとした時、教室の外をドタバタと走る音が聞こえてきた。
え、これヤバくない?
「水瀬! 誰か来た! 降りてくれ!」
「え?」
マズい! 足音はもうすぐ近くだ。水瀬が俺の上から降りるのが間に合わない……!
そして、ガラガラとドアを開く音が聞こえた……隣の教室の……だ。
あ、危なかった……。
どうやら足音の主は隣の教室に用があったらしい。
水瀬は、扉の音が聞こえたぐらいのタイミングで俺の上から降りていた。
「あの、高瀬くん……。ごめんね? またスイッチ入っちゃって……」
前に俺を踏んだ時と同じく、Sスイッチがオフになった水瀬は俺に謝ってきた。
「いや、まぁ、とりあえず誰にも見られなくて良かったよ……」
もし見られたら明日から俺のニックネームが椅子野郎とかになるところだった……。
と、安堵したところで今度はこの教室のドアがガラガラと開いた。
うえ!? ビックリするじゃねえか!
「あ、詩織。まだ残ってたんだー」
「亜里沙!? どうしたの?」
ん? あぁ、この人見たことがあるな。確かに休み時間とかにちょくちょく水瀬のところに遊びにきている女の子だ。
『ポッ』
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三井 亜里沙
年齢:16
職業:高校生
- 女子高校生 Lv. 21
- 読書 Lv. 14
- 物書き(小説) Lv. 10
- 絵描き(漫画) Lv. 9
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あー、三井さんっていうのか。
隣のクラスだからよく知らなかったな。
「いやー、ちょっと忘れものしちゃってさー。慌てて取りに戻ってきたわけよ」
「あー、そうなんだ」
「それにしても詩織は何してたんっすかー? 放課後に、しかも男子と二人っきりで……!」
「え、いや、その変なことは何もなくって、ただ高瀬くんに本の紹介してたんだよぉ!」
変なことは無い、ってちょっと特殊なプレイがあった気がするが。
まぁ、言わないで欲しいんだけど。
「ほほぉー? 本の紹介ねぇ……?」
そう言って今度は俺のことをジロジロ見てくる三井さん。
「高瀬くん……だったっけ?」
「そうだけど……」
三井さんは俺の方にグッと近寄り水瀬に聞こえないように小声で話しかけてきた。
「詩織のこと好きなの?」
「はいぃ!? いや、別にそういうわけじゃ……」
「あ、これ、好きだね」
「いや、だから……」
「詩織は可愛いのに浮いた話がないからおかしいなぁとは思ってたけど、やっぱり好きになってくる男がいるって分かると納得するねぇ!」
「いや、だから話聞けって」
「良いって良いって! 安心しな。高瀬くんの邪魔はしないよ。むしろお姉さん応援しちゃうよ?」
「同級生だろ、あんた……」
なんかよく分からんがテンションの高い人だ……。
「ちょっと、亜里沙! 何話しているの?」
「いやー、ごめんごめん。詩織が男の子と一緒にいるのが珍しくてつい興味持っちゃった」
「もう……」
「おっと、これからバイトだった! ここで何があったか、明日詳しく聞かせてもらうかねー!」
「だから、何も無かったってば!」
少し赤面気味の水瀬を置いて、三井さんは風のように去っていった。
嵐のような人ってあの人みたいなことを言うんだろうか……。
「私の友達がごめんね、高瀬くん」
「まぁ、気にしないでよ」
「ありがとう。本、読み終わったら感想聞かせてね。ちょっと長い本だから、返すの遅くなっても大丈夫だから」
「分かった。ありがとな」
三井さんがいなくなった後、そこそこ遅めの時間になっていたこともあって俺と水瀬も帰ることにした。
うん、今日は色々あったけど、水瀬との距離が近くなった気がする。
……いや、物理的にじゃなくて精神的にね。
ちょっと投稿遅れました......。




