18.気になっている人と下校したけど
結局俺は水瀬の手紙に対してどうしたら良いか決めかねたまま放課後を迎えてしまった。
流石に呼び出しに応じない……ということはできないので、俺は水瀬に指定された校門の前に向かった。
「あ、高瀬くん。良かった、来てくれて」
ほっと胸をなで下ろす水瀬。
え、何その仕草。可愛いんですけど。
「えーと、水瀬。それで話ってなんだ?」
「それなんだけど、ここでは話しにくいからちょっと付いてきて欲しいの」
「お、おう。分かった」
流石に人の行き来の多いここでは話さないようだ。
歩みだした水瀬について歩く。
この後話される内容が不安でしょうがないが、気になる人と放課後に一緒に学校出ると言うのはドキドキするものだ。
「高瀬くん、いつも歩きだったっけ?」
「ああ、そうだよ。水瀬もか?」
「うん、そう。ちなみに高瀬くんの家の方向はこっち?」
「いや、完全に逆方向だな」
「あ、じゃあ帰るのに遠回りさせちゃってるね……ごめんなさい」
「い、いや、大丈夫だからこのくらい」
うおお、なんてことない会話でも緊張するぜ……。
「ところでどこに向かっているんだ?」
「うーん、まだ秘密っ」
水瀬は軽く笑みを浮かべながら、こちらを振り返ってそう言った。
あーもう、やっぱり可愛いじゃんかよ……。
水瀬は少し入り組んだ道を進んでいく。
住宅地とかが多くなってきている。
喫茶店とかに向かっているのかと思ったが、どこに行くのだろう?
って、心を見れば分かるんじゃないか?
緊張しちゃってステータスを見るの忘れてたぜ。
『ポッ』
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水瀬 詩織
現在の心境:……高瀬くんを従えて歩くというのも悪くないね。
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あれ、おかしいな。
そこは一緒に歩けて嬉しいな、とかにして欲しんですけど? 俺は下僕か何かですか?
しかし、この現在の心境は俺の知りたいことを相手が考えてないといけないから、たまにこうして上手くいかないことあるんだよな。
「着いたよー」
少し考え込んでた俺に水瀬が声をかける。
いつの間にか目的地に着いていたようだ。
見た所、普通の家。
「えーと、ここは?」
「私の家だよ」
なんですと!?
え、いきなり好きな子の家に行けると思ってなかった!
「え、なぜ?」
「誰にも邪魔されずに話せるからね。遠慮せずに上がって」
そう言って扉を開け、家の中に入る水瀬。
俺も一緒に水瀬の家に入るが、大丈夫なのだろうか?
いざという時にちゃんと逃げられるだろうか?
「私の部屋は2階だからこっちだよ」
「み、水瀬の部屋!?」
俺なんかを連れ込んで大丈夫なの!?
水瀬は、慌てる俺を少しクスッと笑いつつ、自室であろう部屋の扉を開けた。
『シュッ』
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水瀬 詩織
現在の心境:慌ててる高瀬くんも面白いなー。
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水瀬さん!? なんか楽しんでません!?
「あれ、そういえば他にこの家誰もいないの?」
「今はいないよー。お父さんもお母さんも仕事だし、うちは一人っ子だし」
この家に水瀬と二人っきりというわけか。
うわー、なんか変に意識しちゃう。
階段を上がり、水瀬の部屋に入る。
女の子の部屋と言えばぬいぐるみとかピンクの布団やらカーテンやらのイメージ(妄想)があったが、水瀬の部屋は白基調で落ち着いた感じの部屋だった。
目につくものと言えば、やや大きめの本棚だろうか。
木製のちょっと高価そうな本棚の中に本がぎっしり詰まっている。ほとんど小説のようだ。
「本棚でかいな」
「あ、やっぱり? 沢山本を集めていたら、お父さんがちょっと高級な本棚を買ってくれたの。でも、部屋のサイズに対してちょっと大きいから、よく本棚の角に足ぶつけちゃったりするんだ」
そう言いながら照れる水瀬。くそう、可愛い。
水瀬が読書家であることは俺も知っている。水瀬は教室でも読書とか友達と本の話をしていることが多かったな。
『シュッ』
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水瀬 詩織
年齢:16
職業:高校生
- 女子高校生 Lv. 19
- 読書 Lv. 15
- 散歩 Lv. 7
- 隠れS Lv. 18
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うん、最後のアレな項目が目立つけど、読書好きなのは間違いない。
「高瀬くんは本を読む方?」
「うーん、読むことは読むけど話題になっているものぐらいかな……」
「じゃあ、面白そうなの見繕って紹介してあげようか? 好きなジャンルとかあれば探せるよ」
「あ、うん。ありがとう」
「って、立ちっぱなしだったね。そこ座って」
「おう」
水瀬に勧められるまま白いローテーブルの近くのクッションに座った。
「飲み物を持ってくるけど、麦茶とかで良い?」
「あ、ありがとう。それで大丈夫」
「下に降りるけど、部屋の中を物色したりしないでよ?」
「しないよ!」
そう言って水瀬は部屋から出て行った。
俺が水瀬の部屋を勝手に物色するとかするわけないだろうが……いや、できるならしてみたい気持ちはあるけどさ。
……する? ……本棚の中をもっと見るとかぐらいなら良いかな?
もちろん布団の匂いを嗅いだりとかそういうことはしないよ? 梨乃ちゃんじゃあるまいし。
……いや、でも予め警告されたわけだし、本棚とはいえ勝手に覗いたら嫌がられるかも……。
悶々と考えてこんでしまい、俺はローテーブルの一点を凝視することしかできなくなっていた。
数分が経ち、水瀬ちょっと遅いな……と思ったところで水瀬が戻ってきた。
「お待たせ」
「ああ、うん」
何かあったんだろうか?
『シュッ』
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水瀬 詩織
現在の心境:高瀬くん、緊張でずっと固まっていて面白い(笑)
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(笑)じゃねえよ!?
何!? 水瀬、俺のことを観察していたの!?
水瀬の差し出した麦茶を飲みながら俺は心を落ち着かせる。
「で、何の話があるんだ?」
「うん、まずはね、この間は急に変なお願いをしてしまってごめんなさい」
「あ、いや、まぁ、いいけど」
かなりビックリしたけどね。
「あの後、私考えたんだけど……」
「うん」
「やっぱり高瀬くんのこと踏ませてくれない?」
「お願いだからもう一度考え直して!」
「ほら、今なら他の人もいないから存分に踏まれて大丈夫だよ?」
「踏まれているという状況がまず大丈夫じゃないんですけど!?」
そういう問題じゃないんだって!
とにかく落ち着け、俺!
坂下教諭も言っていたじゃないか。大切なのは、ボヨンッ……道川先生のFカップ……あ、いやこれは違う。大切なのは、俺が水瀬とどう在りたいか……だ。
確かに水瀬はちょっと変わった趣味があるようだけれど、その趣味を知る前のただのクラスメイトであった水瀬のことが気になっていたのは事実だ。
気になっていた水瀬は偽りとかではなく、落ち着いていて可愛い水瀬も、俺のことを踏みたがっている水瀬も、どちらも等しく水瀬なはずだ。
そして、俺は……もっと水瀬とちゃんと仲良くなりたいんだ。そのために逃げずにちゃんと水瀬のことを知らなきゃいけないよな。
「そもそもなんで俺のことをそんなに踏みたがっているんだ?」
「え、高瀬くんだから?」
「俺ってそんな踏みたくなるような存在なんですかね!?」
よく色んな人にゴミ扱いされるけどさぁ! 妹とか原田とか!
「あ、違くて、その……こういう嗜好って普通、他人には話せないでしょ? だから、相手だって誰も良いわけじゃないの」
「ま、まぁ、そうかもしれんが……」
「その点、高瀬くんは優しいから、きっと私の嗜好をバカにしたりしないと思っているの。実際、この間私の嗜好を知ってから他の人にバラしていることもないみたいだし」
「……」
確かに俺は水瀬の本音を知っても、それを誰かに話そうなんてこれっぽっちも思わなかった。
趣味嗜好は人それぞれだしな。敦の熟女趣味だって驚いたけど、俺の母親が安全なら特に気にすることでもないしな。
でも、俺は水瀬と純粋に付き合っていきたい気持ちが強いんだよな……。
「そう、だから思ったの。そんな優しい良い人である高瀬くんを踏んだらさぞ気持ち良いだろうな……あ、いや、そんな優しい良い人である高瀬くんなら私の嗜好に付き合ってくれるかもって」
「今ちょっと変な欲望が漏れたよね?」
やっぱり水瀬もちょっとアレな子だよね。
「やっぱりダメ……だった?」
「……そのなんて言うかな……。俺は水瀬のその嗜好は別に良いと思っているよ。否定することではないし。でも……」
「……でも?」
『お前のことが好きだから、ピュアにお付き合いがしたいです!』が俺の本音なのだが、流石にその言葉は口からすぐに出てこない。
「でも……自分が踏まれるのは……ちょっと……」
「……そっか……」
落胆する水瀬。
良かったのか? これで?
もしかしたらこれ以上仲良くできないんじゃ……?
居た堪れない気持ちになり、俺は立ち上がる。また……逃げるしかないのか……。
「すまないけど、今日はちょっとこれで失礼するよ。前も言ったけど、誰にも話さないから安心して。また学校で色々話そう」
「あ……」
制止しようとする水瀬を尻目に俺は部屋の扉に向かおうとして……
「うおっ!?」
つまずいた。少し出っ張っていた本棚の角に。
よろけて四つん這いのような姿勢になってしまった。
「高瀬くん!? 大丈夫!?」
「あぁ、大丈夫……って、水瀬!?」
少し見上げると目の前には少し上気した顔で俺を見下ろす水瀬。
やばくない?
「高瀬くん……下を向いて」
「え?」
「早く!」
「はいいい!?」
俺は慌てて下を向く。何を考えているんだ水瀬は!?
って、しまった! 下を向いていると水瀬が見えないからステータスを表示できない!
「ごめんね、高瀬くん……。ちょっと我慢できなくて!」
「え?」
と、水瀬は俺の頭を……踏んできた。
踏むと言うよりは足を乗せるような感じで、痛くはない。
「み、水瀬……さん……?」
「はふぅ……」
顔は見えないけど、声で水瀬が危ない世界に行っていることはよく分かる。
次第に足も少しグリグリと動かし始めてきた。
「水瀬さん……? あの、ちょっと足を退けていただけると……?」
「あぁ! 高瀬くんの声が私の足の下から聞こえるこの感じ! 高瀬くん、素敵だと思わない?」
「それ踏んでいる相手に求める同意じゃないですよね!?」
ダメだ! 水瀬はもうダメだ!
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足を退けてもらってから、水瀬はしばらくフワフワした表情だったが、落ち着くと一転してこわばった表情になり……
「高瀬くん! ごめんなさい!」
こうして俺の前に土下座している。
梨乃ちゃん以来の土下座鑑賞である。
なんだろう、俺は女子の土下座を見るのに縁があるのか?
「いや、もういいから……」
「ごめんなさい! ほんの出来心だったんです! でも気持ち良かったです!」
『シュッ』
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水瀬 詩織
現在の心境:許可なく踏んでしまってごめんなさい! でも、また踏みたいです!
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素直な子だ。ほぼ本音と一致した謝罪だった。
でも、まだ踏みたいんですね……。
『リンッ』
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水瀬 詩織
年齢:16
職業:高校生
- 女子高校生 Lv. 19
- 読書 Lv. 15
- 散歩 Lv. 7
- 隠れS Lv. 18→20 (パラメータが更新されました)
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成長してんじゃないよ! これ以上先に行かないで!
「だから、もういいから。別に痛くは無かったし」
「え? じゃあまた踏んで良い!?」
「……それは……ちょっと」
「ちぇー」
拗ねた顔の水瀬。だから何で可愛いんだよ、ちくしょう!
「でも、踏まれたくなったら言ってね?」
「生きていて踏まれたくなることって、そうそう無いと思うんですけど!?」
天使のような水瀬の笑顔に見送られつつ、俺は水瀬家を後にすることになった。
いや、今後どう水瀬と接していけば良いんだよ……。
ますます分からなくなったよ……。
教えてよ、坂下教諭……。
もし、坂下教諭にこのことをそのまま伝えたらまた頭をパンクさせてしまうだろうから、流石に言わないけどね。