17.先生と面談したけど
カオスすぎたデート作戦が終わり、月曜日。
今週の学校生活が始まったわけだが、俺はものすごい懸案事項を抱えていた。
下駄箱に手紙が入っていたのだ。
俺はついに人生の勝ち組になったのか……と感慨に耽りつつ差出人を見たところで、俺は固まった。
差出人は……水瀬詩織。
先日の『踏みたい』騒動が脳裏をよぎる。いや、これ絶対ロクなことにならないでしょ。
手紙の本文は、いかにも女子らしい丸っこい文字でこう書かれていた。
『高瀬くん、この間は失礼しました。あの後、色々考えたんだけど、高瀬くんに改めてお願いしたいことができました。今日の放課後、校門に来てくれますか?』
呼び出しだ。
好きな女の子からの呼び出しとか普通は小躍りしそうなものだが、何だろうこの浮かない気持ちは……。
特に、文中の『お願い』が絶対に良いことではない。
また、俺のことを踏みたいとか言ってくるのだろうか?
どうしたものかと頭を抱えてしまう。どうやら今日の授業には集中できなさそうだ。
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「……高瀬。今日の昼は面談だ。忘れないでくれよ」
2限目後の休み時間に担任の坂下教諭が俺の席まで来て声をかけてきた。
うちの学校ではたまに担任との二者面談をして、『学校生活は大丈夫か』などを聞かれることになっている。
普段は放課後にするのだが、教諭の時間の都合で俺の時間は今日の昼休みに回されたのだった。
すっかり忘れてた。
「あ、はい。分かりました。生徒指導室ですよね」
坂下教諭は頷くとそのまま去っていった。
『ポッ』
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坂下 亨
現在の心境:高瀬でようやくクラスの半分……。あと、半分……。
強請られたりしないよなぁ……。
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坂下教諭……相変わらずですね……。
生徒が先生を強請るとか普通ないので安心して下さい。
そして、昼休み。坂下教諭との面談は特に問題なく進んでいた。
「……ふむ、高瀬は特に成績も悪くないし、素行も別に悪くないから、これ以上こちらから言うことは特にないな」
「はぁ、そうですか」
「……強いて言うなら部活に入っていないが……それは良いのか?」
「うーん、特に入りたい部活もありませんし、もう2年生になってますし、今更入らなくても良いかなと思っています」
「……ふむ、そう言う考えなら別に問題ない」
「はい」
「……じゃあ、最後に高瀬から相談しておきたいことなどはあるか?」
反射的に『いえ、特にないです』と答えようとしたが、ふいに水瀬の手紙のことが頭に浮かんだ。
教師から『相談したいことはあるか』と問われても、形式的に聞いているだけであって、本気で相談する生徒なんてまずいないだろう。
でも、俺は知っている。
この坂下教諭は見た目は冷たいが、本当はビビリ症で恐らく優しい人であることを。そして、俺が気にしている水瀬は、坂下教諭と同じで印象と本音にギャップのあるタイプの人だ。
坂下教諭なら……もしかしたら俺とは違う目線でアドバイスをくれるかもしれない。
「あの、坂下先生」
「……うん?」
「もし、ある人が自分の思い描いてた人物像と、実は大きく違う……ギャップのある人で、そのギャップのせいで接しにくくなってしまったら、どうしたら良いと思います?」
「…………」
反応がない。坂下教諭はいつもの冷たい表情を顔に貼り付けたまま固まっている。
え、どうしたの?
『ポッ』
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坂下 亨
現在の心境:……えっ……今、相談された? この私が? 生徒から?
そ、そんな生徒は初めてだ……どどどどうすれば良いんだ……!?
と、とりあえずゆっくり話を聞くためにお茶でも淹れるか!?
いや、もしかして、何かの罠か!?
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錯乱してるよ、この人!?
しまった、教諭のメンタルに生徒からの相談は重すぎたみたいだ!
すみません、教諭! ちなみに、罠ではないですし、もてなさなくて良いです!
「あ、いえ、なんでもないです、先生。独り言だったんで忘れてください!」
「……いや、大丈夫だ。ちゃんと答えよう……」
無理しないで、坂下教諭!
「……ギャップを見つけてしまったために、接しにくくなったと言うことは、相手の欠点が分かったということか?」
「……欠点とまでは言いませんが、良い方向ではない……です」
『シュッ』
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坂下 亨
現在の心境:大丈夫……罠ではない罠ではない……。
信じるんだ……生徒を……。
私は信じられる、大丈夫……。
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本当に大丈夫だろうか? 自己暗示始めているんですけど……?
「……言い方がきつくなるかもしれないが……それは相手に理想を押し付けているのではないか?」
「理想を……?」
「……そうだ。相手に対して『こうあってほしい』という理想だ。」
「……」
「……人は誰しも完全ではない。欠点もあれば、他人には理解されにくいことも……ある。ただ、その……不完全な点を知って、どうするかを決めるのは高瀬、君自身だ」
坂下教諭は言葉をすごく選んで話していることがよく分かる。
それだけ真剣に答えてくれているんだ。
「……君には、相手の違いを受け入れることも、君が望むように正すことも、否定することもできる。どの選択肢を取るかは、君が相手とどう在りたいかで決まると思う」
「どう……在りたいか……」
「……人間関係は難しすぎる。最適な答えがわからない以上、どういう関係で在りたいか、と思う意思で決めるしかない。……高校数学みたいにちゃんとした解があれば良いのにな」
坂下教諭の最後の言葉は自分の気持ちを吐露しているような気がした。
そうなんだろうか……?
『シュッ』
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坂下 亨
現在の心境:……ちゃ、ちゃんと答えられたか……?
あ、明日、高瀬の保護者が言いがかりをつけに来ないよな……?
つ、疲れた……。
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あ、もうそれどころではないみたいだ。
大丈夫、俺の親はそんなことしないですよ。
『リンッ』
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坂下 亨
年齢:31
職業:高校教員
- 高校教員 Lv. 15→16 (パラメータが更新されました)
- 強迫観念 Lv. 48→47 (パラメータが更新されました)
- 数学 Lv. 31
- 頭痛 Lv. 21
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うおおお! 坂下教諭、少しずつだけど頑張っている!
それにしても……抽象的だけど考えされられる言葉だった。
俺は、水瀬とどう在りたいのだろうか……?
「……分かりました。変なことを聞いてしまってすみません。でも、答えていただき本当にありがとうございました。ちゃんと考えてみたいと思います」
「……そうか」
俺は坂下教諭に深くお辞儀をして出ていくことにした。
これ以上長居すると、教諭の精神が保たない。
俺は生徒指導室の戸を引いた。
ボヨンッ!
な、なんだこの弾みのあるそれでいて優しく幸せなこの感触は!?
「あ、ごめんね高瀬くんー。ぶつかっちゃったー」
「F! ありがとうございます!!!」
「え? なぜお礼……?」
「あ、いえなんでもありません」
道川先生であった。
ぶつかった拍子に感じた柔らかさ……生きていて良かった……!
もう、うっかり坂下教諭のありがたい言葉が頭から抜けそうになっちゃったよ。
道川先生は「あ、いけないいけない」と言いながら坂下教諭のところに向かう。
「……道川先生、どうされましたか?」
「坂下先生、職員室に他校の先生から電話があったので参りました。大丈夫……ですか?」
「……あぁ、この部屋には電話がありませんでしたね。わざわざ呼びに来ていただきありがとうございます。ちょうど高瀬との面談が終わったところです。今行きます。」
そう言って立ち上がろうとする坂下教諭。
ところが、前に立つ道川先生がくるりと扉の方を振り向いた拍子に、道川先生の長い髪が坂下教諭に当たった。
うおっ、羨ましい! 俺も道川先生の髪の毛に殴られて匂いを嗅ぎたいっ!
「……んなっ!?」
突然の髪の毛に慌てた坂下教諭は足を滑らしてしまった。
そして…
「うひゃあ!?」
「…………あ」
道川先生に覆いかぶさるようにして倒れた。
なんてうらやま……いや、このままでは非常にマズイ!
ただでさえ豆腐メンタルな坂下教諭がこんなハプニングを起こしたら……
『シュッ』
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坂下 亨
現在の心境:
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ダメだ! 坂下教諭、完全に処理落ちしている!
頭の中が真っ白になるって、こういうことを言うんですね! 視覚的に理解できる日が来るとは思いませんでした!
「さ、坂下先生!? 大丈夫ですか!? すみませんが体を起こしていただけませんか!?」
「………あ、はい! 直ちにっ!」
あ、坂下教諭の思考が復活した。
『シュッ』
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坂下 亨
現在の心境:人生終わった人生終わった人生終わった人生終わった
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坂下教諭ぅ!! 諦めないで!!
「すみませんが、坂下先生、至急職員室まで電話を……はい?」
と、今度は体育科の阿部先生が現れた。
目の前には道川先生を押し倒している坂下教諭。うわー。
「生徒の前で何をしてらしてるんですか、坂下先生……」
「あ、違うんです、阿部先生! これは事故なんです!」
弁明したのは道川先生。
坂下教諭は道川先生の上からやっと退いたが、混乱して言葉が出てきていない。
坂下教諭、目の焦点を合わせてください……。
「事故ですか……?」
「そうなんです、二人してうっかり転んでしまって……」
「そう……ですか……。坂下先生、電話が来ていますので、至急職員室までお願いいたします……ホロボス……」
絶対納得していないよ阿部先生。
ていうか最後にボソッと呪詛の言葉を混ぜないでください。仮にも教師でしょうが。
『ポッ』
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阿部 幸助
現在の心境:俺達の道川先生に手を出すとは……。愚かな……。
これは、MKM〜道川先生を影から見守る会〜の緊急集会を開くしかないようだ……。
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ちょっと待ってください、なんか怪しげな組織が出てきちゃったよ!?
M:道川先生を
K:影から
M:見守る会
ってことですか!?
完全に道川先生の非公式ファンクラブですよね、それ!?
正直に言って、MKMがどういう組織なのかものすごく気になるのだが、面と向かって聞くわけにもいかないので俺は立ち去っていく阿部先生の背中をただ見つめるしかなかった。
ちなみに坂下教諭はなぜか体育座りの姿勢で固まっており、俺と道川先生が二分間に渡って「起きて」とか「あなたは悪くない」などを言い続けてやっと立ち上がることができた。
うん、電話相手の他校の先生は待たされて面倒だったろうね。