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劫生の祓い人  作者: 武鬼
一章
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8.報せ

義影の報告――百目鬼の討伐、その被害にあった一帯の適切な処置。


義影の苦言――依頼があったにもかかわらずそれを完遂せずに打ち切ったことに対して。



「お前が始末をつけなかったばかりに被害が拡大したんだぞ? 理解しているか?」


「んー……? そもそも百目鬼が出たこと僕知らないんだけど?」


「何?」


「報告も何もなかったし、そうゆう話全然聞いてないよ?」


「また忘れているだけなんじゃないのか?」


「僕は人命が関わっていることは絶対に忘れないし投げ出さないよ」



普段の調子からは覗うことのできない真剣な表情、態度、雰囲気。


こと人命に関してだけは一切の妥協をせず全力で最適解を導き実行する心構え。


彼の"数少ない"美点のひとつ。


「だが、百目鬼が現れた近くの村にいた男は確かに安心院家に依頼したと言っていたが?」


咬み合わない歯車、疑念。


それは義影だけでなく藜も同じく感じていた。


「うーん……誰かの独断なんじゃないかな?」


出された回答――有力な説。


安心院家の中には当主である藜に一切の報告なしに依頼を受け、仕事に取り掛かる人間がいる。


彼の性格のこともあり、あまり良い印象を持っていない者も少なくない。


安心院家は国を代表する祓い人の一族として他の当主たちと肩を並べることになったのは数年前のことだ。


その際に戦力の提供として他の一族からいくらか兵や術士を預かっていた。


良い印象を持っていないのは、その異動があった祓い人たちだ。


彼らの行動は藜自身や彼の直属の臣下たちを困らせていた。


今回もその類の話なのかもしれない。


「んー……そういえばこの前、ボロボロになった兵士が何人か屋敷に逃げ帰ってきてたよ。何があったか聞いたけど答えてくれなかったけどね」


藜は唸ると思い出したように最近あった出来事を話した。


あの村の男が言っていた、祓い人が"帰ってこなかった"理由。


それは村に寄らずに屋敷に逃げ帰っていたからだった。



「独断か……依頼を他に引き継かずに投げ出すとは、祓い人の風上にも置けんな。お前がしっかりしていれば、こうはならなかったかもしれんのだぞ?」



「耳が痛い話だけど、この性格は死んでも直るわけじゃないんだし、しょうがないじゃん」


冗談めかしく言ったその言葉は、実際に何度も死んでいる彼が言うと妙な説得力があった。


「あ、そうだ! お客さんが来たのにお茶も出していなかったね。おーい、誰かいない?」


藜が廊下に向かって声を出す。



すると戸が開き――



「お呼びでしょうか? 藜様」


一人の女性が呼びかけに応えた。


整った顔立ち、艶やかな黒髪、スラリとした体型。


だが、女性的な部分はしっかりと出ている。


一言で言うと美人。


その凛とした声音は、淀みなく透き通った水を連想させた。



「お客さんにお茶出してあげて」


「かしこまりました」



一礼して女性が戸を閉める。


「綺麗でしょ? 彼女」


藜がニヤニヤしながら問いかける。


「一般的な人間ならそう思うだろう」


素っ気なく返す。


「うーん、君の意見はどうなの?」


不機嫌になった子供がそうするように、口をとがらせて聞き返す。


というより蘇りしているので実際に子供だった。


「一般的な人間と同じとだけ言っておこう」


「それなら普通に綺麗って言えばいいのに。素直じゃないよね君は」


藜の言葉に義影はふんと鼻を鳴らした。



「彼女は容姿も良くて声も良くて完璧に見えるよねー。完璧超人みたいな?」


「見た目だけではどうとも言えんが、受けた印象は悪いものではない」


「んー、やっぱり君はもっと素直になった方がいいんじゃないかな?」


「何を言っている。素直に感想を述べたではないか」


「なんかこう……まわりくどいよね」


「……そうか」



そんな会話をしていると先程の女性が部屋に入ってきた。


思っていたより早く出来たようだった。


女性がお茶を盆に乗せて近づいてくる。


すると女性は何もない場所で足をとられ転倒――茶を乗せた盆が宙を舞う。


それは放物線を描き義影の頭へ。



義影と藜の会話が止まる――間。



「………………熱い」


義影の素直な感想。


「……ぷっ、あっはっはっは」


吹き出す藜。



「何を笑っている。消し炭にするぞ」


「いやーごめんごめん。伊織、早く拭くものを。あと汚れた床の処理もね」


「はい、藜様」



伊織と呼ばれた女性は素早く部屋から撤収した。



「何が完璧超人だ。茶もろくに運べんではないか」


「見えるってだけでそうとは言ってないしねー。家事とかの雑事を好きでやってるみたいだけど、いつもこんな感じだからね」



安心院家は人材不足?


疑問がわく。


間もなくして布巾を数枚と水の入った桶を持って伊織が戻ってくる。


そして全く同じ場所で転倒し、桶の中身をぶちまける――義影の頭へ。


再び間が訪れる。



「………………冷たい」



義影の素直な感想。


再び吹き出す藜。


転んだ状態のまま動かない伊織。


ちらちらと藜の方を見ている――指示待ち。


「嫌がらせか?」


「いやいや偶々だって。偶然偶然……ぷふっ!」


吹き出し笑い出す藜。


伊織を見る。


小刻みに肩を震わせている。


笑っていた。



「……帰る」



荷を担ぎ立ち上がる義影。


それをなだめる藜。


ぶちまけた水を処理するために撤収もとい逃走する伊織。


しかし、処理は義影の指名により伊織以外の者が行った。


その時の教訓、適材適所。


義影は藜に勧められ湯浴みに向かう。


着替えも用意されていた。


湯浴みを終え、先程の部屋に戻る。


部屋に入ると藜が書物を読んでいた。


義影の足音に気づき、顔を上げ、書物を閉じた。



「いやー災難だったねー」


「あの女は雑事の担当から外すべきと進言しておこう」


「でも、表情は変わらないけど、あの顔であたふたしてるとなんかかわいいよね」


「こっちはいい迷惑だ……それで、今回はどういった要件で呼び出したんだ?」



ああ、そうだった、と手を打つ藜。


伸びをし、大きく息を吐く。


本題――義影が切り替えると藜も神妙な面持ちに変わる。


「業の者が出た」


藜は短く告げた。


業の者――災禍と呼ばれる異形の者が振りまく呪いを受けた人々の総称。


人間の願望、希望、欲望に浸け込み"業の呪い"と呼ばれる周囲に災厄をもたらす呪いを植え付ける。


その呪いは人間の願いを歪な形で叶え、周囲に災いを振りまく。


祓い人は業の者を最高殲滅対象に定めており、発見し次第の駆逐が言い渡されている。


理不尽だと言う者もいる。


救う方法はないのかと問う者もいる。


それでも祓い人の方針は変わらない。


対応を検討し、方法を模索している間に多くの犠牲が出る。


手遅れになりかねない危険因子。


祓い人は一人を救うよりも多くの人を救うことを選んだ。


残酷なようだが最善の選択だ。


業の呪いは嵐や地震のような災害に等しい。


見舞われれば後は嘆くしかない。


願ってしまったことが罪なのだ。


想ってしまったことが罰なのだ。



「正式な依頼があったんだ。まだはっきりとした居場所はつかめてないけど、術士に探してもらってる。直に見つかると思うよ」


「……そうか。早く居場所を掴んでくれ」



義影の声音からは僅かに焦りの色のようなものがうかがえた。


今すぐに飛び出し、業の者の許へと駆けて行きたい、そういった雰囲気だった。



「術師に全力で探させているよ。それと"五院"には手を出させないように手回しもしてある。大丈夫だよ」


「……ああ」



義影が自分を制するように静かに返事を返す。


しばらくの沈黙。


義影は今、待つことしか出来ない。


二人の間に会話はなかった。


藜は目を瞑り報告を待っていた。


義影もそれに倣い目を閉じる。


暗闇の中、自らの鼓動だけが響く。


僅かな時が何倍も長く感じられた。


経過した時間に比例して義影の焦る気持ちは大きくなっていった。


鼓動が煩い。


ドクンドクンと脈打つそれは次第に大きくなる。


一際大きな鼓動が耳をうった時、彼は廊下から聞こえる慌ただしい足音に気づき目を開いた。


部屋の戸が乱暴に開かれる。



「藜様」

「藜様」



部屋に入ってきたのは黒髪と白髮の少女――赤い瞳。


義影がこの部屋に案内される途中で見かけた少女たち。



「見つかった」

「見つかった」



片方が言った言葉をもう片方が繰り返す。


黒髪の方が藜に耳打ちをする。


報告を聞き終えた藜が義影を真っ直ぐに見て告げた。


「義影、出番だよ。君にしか出来ない仕事をやる時間だ」



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