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劫生の祓い人  作者: 武鬼
一章
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5.生命を蝕む瘴気

「……こう暑くては敵わんな」


そう呪詛のような低い唸り声を上げたのは義影だった。


彼は立ち止まり、天高くに構える太陽を睨みながら、竹でできた水筒の水を口にする。


「仕事熱心なのはいいことだが手を抜くことも覚えてほしいものだ」


現在夏真っ只中。


虫や動物は活発に動き、植物は鮮やかな緑を咲かせていた。


周囲の森林から夏の鼓動を全身に受ける義影は、鬱陶しいとばかりに顔をしかめた。


彼は額に滲んだ汗を拭うと歩みを再開させる。


少しばかり進んだ時、ふと周囲の変化に気づく。


辺り一面の植物が萎れていた。


当然植物にも個体差はある。


萎れて元気がないものがあっても不思議ではない。


義影はそれらを一瞥するがさして興味もない様子で歩を進める。


しかしそれは無視できないものとなっていった。



義影が先に進むにつれて草木はその輝きを無くしていったのだ。


ついには命の光は完全に消え失せる。


木々が纏っていた鮮やかな緑の衣は土気色となり地面に折り重なるように散乱していた。


自らの美しさを誇示していた花々は見る影もなく散っていた。


騒がしく命の鼓動を響かせていた虫たちは微動だにせず皆一様に固まって動かない。


そこはまさに死の森だった。


生命を呑み込み喰らう怪物の腹の中。


周囲からは生き物の気配は一切しない。


ただ義影が踏む落ち葉のガサガサとした音がするだけだった。


明らかなる異常。


彼は足を止め近くの植物に触れた。


すると植物はボロボロと崩れ落ち、風に吹かれ空へと舞い上がり見えなくなった。



「……これは調べる必要がありそうだな」



何かしらの異形の者が絡んでいる可能性がある。


今起こっているこの現象についての情報が必要だった。


義影は再び歩き出した――鼓動を止めた景色のその先へ。


しばらくすると村を発見することができた。



「村の人間なら何か知ってるやもしれん」



義影は事情を探るため村に踏み入った。









村は荒廃していた。


家畜小屋らしき場所には動かなくなった動物。


田畑には枯れ果てた作物。


腐った川の水面に力なく横たわる魚たち。


家々を支えている木材は変色しひび割れが目立つ。


表には誰もいない。


当然といえば当然かもしれない。


村には瘴気が満ちていたのだ。


義影は服の袖で口元を覆う。


情報が必要だった。


村の人間なら何か知っているはずだ。


彼は近くの家の戸口を叩いた。



「誰かいないか? 祓い人の白鬼死義影(しらぎし よしかげ)といものだ。少し話を聞きたい」



すると戸がゆっくりと開いた。


中から男が顔を出す。


頬がこけ、だいぶやつれた顔をしていた。



「何のようだ?」


「この瘴気について話を聞きたい。力になれるやもしれん」



男は義影の顔をじっと見つめた後、彼を招き入れた。


中に入ると老人が床に伏せていた。


眠っているのか微動だにしない。



「てきとうに座ってくれ」



男は義影の方に座布団を投げる。


義影は荷を壁に立てかけ座布団に腰を下ろすと改めて名乗り、本題に入った。



「早速だが話を聞きたい。ここはどうなっている? 何が起きた?」


「異形の者だよ」


「異形の者?」


「ああ。目が無数にある巨体の異形の者だ。そいつがここの近くに住み着いて毒をまき散らした。その結果、ご覧の有様だ」


「目が無数にあり毒をまく……となるとそれは百目鬼(どうめき)という異形の者だな」


義影は荷から巻物を取り出し男に見せた。


「あ! こいつだ。こいつがここの近く山の頂上に居座っているんだ」


男が巻物に記されている妖怪を指差し義影に訴える。




「厄介なやつが来てしまったもんだな。こうなる前に祓い人に依頼しなかったのか?」



「したさ。だがよ、やつの討伐に向かった祓い人は帰ってこなかった。その後も何人か応援が来たんだが、そいつらも帰ってこなかった。その後はもう誰もやつの討伐に来なくなった」



徐々に侵されていく故郷を目の前にどうすることも出来なかった無力感。


やり場のない怒り、憤りに男は手を震わせた。


「仕事放棄か、関心せんな。いったいどこの祓い人に頼んだんだ?」


安心院(あじむ)家だ」


――"あの馬鹿"か。


義影は呆れたように溜息をこぼし、心の中で悪態をついた。


「え?」


男が何かを聞き取れなかったように曖昧な言葉を発した。


どうやら義影の悪態は口から出てしまっていたようだった。



「なんでもない。こっちの話だ……続きを聞こう」


「あ、ああ。兎に角あの異形の者を退治してくれないとこの村はおしまいなんだ。瘴気にやられて動けなくなっている者も大勢いる。うちの爺さんもそうだ」



男は奥で眠っている老人を見て顔を歪めた。


「このまま放置したらおそらく死んじまう。だいぶ弱っている。村の皆もそうだ。子供、女、年寄り。体の弱いやつらはみんなやられちまっている。死者こそ出てないが時間の問題だろう。白鬼死さん、あんたあの異形の者を退治してくれないか? 礼はちゃんとする。だから頼む」



男は深く頭を下げる。


「この村を捨てようとは思わなかったのか? 村を出て他の場所に行こうとはしなかったのか?」


義影が疑問を口にする。


たしかに動けないほどに衰弱する前に村を出て行くことは出来たはずだ。


たまたま通りかかった祓い人に依頼をしなければならないまでに切迫する前に行動できたはずだ。


しかしこの男を含む村の人間は、未だにこの地に留まり続けている。


その理由が義影には解らなかった。



「思わないさ。ここは俺の生まれ育った故郷だ。そうやすやすと捨てられるものじゃない」


「解らんな。俺にはその感情は理解できん。こんな場所よりも住みやすい場所があるだろう?」


「人によって様々だろうさ。さっさと田舎から出て行きたいと思うやつもいるし、骨を埋めるつもりのやつもいる。俺は後者だったってだけの話だ」



義影は顎に手をあて唸り、難しそうな顔をした。


「それで、依頼を受けてくれるか?」


義影が考え事をしていると男が話しを戻した。


義影は思考を中断し、応えた。


「……断る理由も特にはないからな。その依頼、引き受けるとしよう」


義影が了承すると男はたいそう喜んだ。


義影は百目鬼(どうめき)の居場所を聞き、ついで油と火薬を要求した。


男は油の入った小さな(かめ)と猟銃に使用される火薬を持ってきた。


「油と火薬なんて、いったい何に使うんだ?」



不思議に思った男が義影に尋ねると義影はさも当然というような顔で言った。



「決まっておろう。汚物は燃やすに限る」







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