38.敵影
「さあどうぞ。ここが私の工房です」
店前から横長の平屋をぐるりと回った裏手。
木造の平屋に似つかわしくない頑丈そうな仰々しい戸。
その戸に取り付けられた幾つもの錠前を外すと阿楽々鬼錦は二人を自らの工房に招き入れた。
依頼人はというと「特別扱いはお二人だけです」という阿楽々鬼錦の言葉のもと、店前で待機することとなった。
あの時の落胆した様子の依頼人の顔が目に浮かぶ。
「さあ、遠慮なさらずに」
阿楽々鬼錦が中に入るよう手で示す。
二人は工房の中に足を踏み入れた。
「わあー! 何かよくわかんないけどすごい! 職人って感じの部屋だね」
椿が自らの語彙力の無さを披露し所感を口にする。
義影は工房を見渡す。
中は思ったより広く手入れが行き届いていた。
入り口以外の戸は無く、建物の中で独立した部屋のようだ。
同じ建物というよりは別々の建物を無理矢理くっつけたという印象を受ける。
特別床を貼っているわけではないようで、工房内の床にあたる部分は外と同じ土になっていた。
これも職人のこだわりというものなのだろうか。
工房に入って正面――店側に隣接している方には八尺あまりの大きな棚が壁に沿うようにして複数配置されており、幾つもの人形がその棚に置かれていた。
部屋の中央に陣取るは作業台らしき木製の机。
木を削りだす細かな道具や塗料、筆などが置かれていた。
下にも物を置く台座があるようで背を向けた人形がふたつ置かれていた。
先程まで作業をしていたのか机の上に木屑の山が見受けられる。
それの横にのっぺりとした人型のなにかが置かれていた。
おそらく色を塗る前の人形だろう。
一行程終えて息抜きをしに表に出た時に二人を見かけたのだと予想される。
壁には工房内を照らすいくつかの蝋燭の他、いたるところに少女や少年の絵、それと設計図のようなものが書かれた紙が貼られていた。
人形を作る前に頭の中にあるモノを形として書き留めているようだ。
それにしては丁寧に色まで塗られており、それでひとつの作品と言っても差し支えない出来栄えだった。
何かひとつに特化した天才は他の物事も卒なくこなしてしまうものらしい。
しかしその絵は阿楽々鬼錦にとって自分の人形を作り出す手段のひとつでしかないのだ。
「ここに人を入れることはあまりないんですよ。折角ですから隅々までご覧になってください。ここは私の家ですから遠慮は無用ですよ」
そう言いながら阿楽々鬼錦は工房の戸を閉めた。
二人はその言葉に従った。
椿はあっちを見たりこっちを見たりと落ち着きなく工房内を歩きまわる。
興奮した様子で"特別"を満喫しているようだった。
義影は壁に貼られている絵に目をやりながら壁沿いに歩く。
次いで棚に飾られている人形たちを鑑賞する。
ひとつひとつが細部まで精巧に作りこまれており稀代の天才と謳われる阿楽々鬼錦の技量を窺い知ることができる。
人形には魂が宿ると言われる。
大きさを除けばこの人形たちが動き出しても違和感のないほど不気味なまでに人間に近いと感じた。
そんな人形たちを眺めながらゆっくりと歩いていると人形が飾られていない棚=工房の入り口から見て一番右手の棚の前まで来た。
まだそこに飾る分の人形を作っていないだけで、今後この棚は人形たちの特等席となるのかもしれない。
一見すると何の変哲もないただの棚。
だというのに感じる違和感。
それはどこから来るのだろうか?
義影は注意深く棚を観察する。
違和感の真意を掴むために集中する。
そしてそれに気づいた。
風――それが違和感の正体だった。
この棚の向こうから風が流れてきているのだ。
義影はあごに手をあて、何と無しに視線を落とした。
すると棚のすぐ横の壁――彼の腰のあたりに他と色が僅かに異なる部位に目が留まる。
若干だが盛り上がっているように見える。
無意識にそれに手が伸びる。
「そういえば――」
不意の阿楽々鬼錦の声に伸びる手が止まる。
声の方を向く。
「――お二人のお名前をまだうかがっていませんでした。宜しければ教えてくれませんか?」
阿楽々鬼錦が愛嬌を感じさせる笑みで義影と椿を交互に見る。
「はいはーい!」
元気良く手をあげる椿。
相変わらずだな、と心中で呟くと義影は作業台に視線を流す。
そこに彼は見つけてしまった。
作業台の下の台座に置かれた不気味な人形を。
戸口の方からは見ることが出来なかった人形の顔――背筋に寒いものが走り危機を知らせる。
「私、桐島――」
「猫耳娘だ」
義影は直感に突き動かされ椿の自己紹介を遮る。
当然のことながら少女から抗議の声があがる。
「俺の名は、白鬼死義影だ」
それを無視し自分だけ名乗る。
あー、義影だけずるい! という少女の声――それも無視。
「猫耳娘さんと白鬼死義影さん、ですか……」
阿楽々鬼錦は確かめるように二人の名を口にすると目と口で同時に笑顔を作った。
「珍しいお名前ですね」
「ああ、珍しい名前なのだ。この娘の名などふたつとないだろうな……っと、すまない。俺たちは用事があったのだった。今日限りの特別で大変名残惜しいところだが、ここは失礼させてもらうとしよう」
義影が頬を膨らませる椿の背を押し、無理矢理工房から出て行く。
「そうですか……それは残念です。また機会があればお誘いしますね」
その言葉に義影は視線だけ送ると工房の戸を静かに閉めた。
来客が去り、静かになった工房。
「私としたことが、失敗でしたかね」
独白をもらしながら阿楽々鬼錦はゆっくりと作業台に近づき、下の台座にあるふたつの人形を手に取った。
「悪癖ですかね。出来のいい作品を人に見せびらかしたくなるのは。たとえそれが――気取られてはいけないものだったとしても」
ふたつの人形の顔を眺めながら小さくため息をこぼす。
「ですが、目的は半分達成できました。少女は怪しいですが。あの男性は、白鬼死義影の方は成功ですかね。急な頼みで驚きましたが、嘉時さんの頼みです。断るのも申し訳がない――あとは残された仕事をするだけですね」
壁にある蝋燭の炎が揺らめく。
その炎は阿楽々鬼錦の呟きが終わるのと同時に消えた。
少女を押し出し阿楽々鬼錦の工房から出た祓い人。
祓い人に押し出され阿楽々鬼錦の工房から出た少女。
二人は依頼人と合流するとすぐに宿屋に案内してもらった。
幸いなことに空き室を確保することができ、そこに腰を落ち着ける。
「ねえ、義影」
「何だ?」
ややしかめっ面の少女が祓い人に話しかける。
大方の検討はついていた。
おそらく突然阿楽々鬼錦の工房から連れだされたことについてだろう。
それを察している義影は回答を喉に止め、椿の言葉を待った。
「どうしていきなりあそこから出ちゃったの? 私、まだいろいろ見てたんだけど」
椿は、大きい手振りで義影に講義する。
彼は、喉に止めておいた回答を口にした。
「危険だと判断したからだ」
「きけん?」
彼の言葉に椿は小首を傾げる。
それに対して説明を付け足す。
「ああ。工房の中央に置かれていた作業台、その下の台座に俺とお前に酷似した人形があったのだ」
「? それがどうして危険なの? たまたま似てただけなんじゃない?」
「呪術には対象となる相手に似せた人形、またはそれを模した人形を用い相手を害する類のまじないが存在する。それらの術は呪いと言われている。手間と時間がかかる上に成功率が低い。
しかし大昔から存在する手法のひとつだ。そんな人形がある状況下で阿楽々鬼錦は俺たちに名を聞いた。この類の呪いにおいて名前――真名とは最も重要なものだ。真名はその人間がその人間である証だ。
人形を用いた呪いは術単体では効果を発揮しない。呪いが誰に向けられたものなのかを明確にしなければならない。そのための真名だ。見ただけ触れただけで障る呪いも存在するが今回はそういったものではない。
術として用いる呪いは基本的に個人を識別するための物と名前が必要となる。それらを考慮すれば、危険と判断するには十分な情況証拠であろう?」
義影の説明に椿はあごに手をあて、何かを考え始めた。
長考しばらく――結論を出したのか彼女はぽん、と手を打ち言った。
「つまり危ないってことだね!」
義影が最初に言った言葉。
それを少女は自分の言葉のように得意気に口にした。
「初めにそう言ったであろうが」
「ああ、そっか」
どこか抜けている少女に義影はため息を送る。
「最初から胡散臭い男だとは思っていたがここまで露骨に仕掛けてくるとはな。今回の騒動、阿楽々鬼錦が"黒"と見て間違いないだろう――」
「呼んだ?」
義影の言葉が終わらぬ内に天井板を外し、黒髪で赤い瞳の少女が顔を出す。
突然現れた少女を二人が見つめる。
黒髪の少女も二人の顔を交互に見つめる――静寂。
その静寂に黒髪の少女の「あっ」という短き呟きがもれる。
黒髪の少女はそっと天井板を閉じる。
「…………」
「…………」
二人は無言のまま顔を見合わせる。
そして先程登場した黒髪の少女がいた場所を見つめる。
「お困りのご様子」
突然そこが開かれ先程の黒髪の少女が顔を出した。
どこかで聞いた台詞を引っ提げて。
「いいから降りて来い」
「……うん」




