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劫生の祓い人  作者: 武鬼
一章
3/56

2.呪われた村

遠くでカラスの鳴く声が聞こえる。


沈みかけの夕日が辺りを夕焼け色に染め上げ、じきに訪れる夜の帳を予感させる。


それを察知してか虫や蛙が騒がしい合唱を始めた。


義影は二人組の男から聞いた例の村に到着した。


近くに畑仕事を終え帰る途中の若い男がいたので話を聞くため声をかける。



「ちょっといいか? この村についてとある噂を聞いたのだが、何か知っていることはないか?」



それを聞くと若い男はまたその話か、と言わんばかりに露骨に顔をしかめた。



「あんたも珍しいもの見たさに来たのか。そういった連中にはもう懲り懲りなんだ……帰ってくれ」



男は強引に追い返そうと義影に歩み寄る。



「俺ならば、力になれるやもしれんぞ?」


その言葉に男が歩みを止めた。


少しの間の後、若い男は疑心を抱いた口ぶりで聞き返した。


「……どういう意味だ?」


若い男は探るような目つきで義影を見る。



「出産を控えている女性がこの村にいると聞いた。このまま手をこまねいていては、その女性が命を落とす結果になりかねん。早急に対策を講じる必要がある」


「あ、あんたいったい何者だ? 医者なのか? だったら俺の妻を診てやってくれ。出産を控えている女性ってのは、たぶん俺の妻のことだ」


「俺は祓い人(はらいびと)だ。医者などではない」


「祓い人? どうして祓い人が?」


若い男が疑問に思ったのも無理はない。


祓い人とは妖怪や怪異といった異形の者に対応する専門家の総称だ。


祓い人は姓に"院"の字を持つ六つの一族によって統制されている。


中には治癒の術式や医術に明るい者もいるが、大半はその技術を会得していない。


出産を控えている人間の容態を診るという行為はまったくの専門外といっても過言ではない。


故の疑問。


しかし義影とて医者の真似事をしにきたわけではない。


義影は溜息をついて告げた。



「察しが悪いな。ここで起きている産婦の死は病なんぞではなく異形の者が絡んでいるということだ」


「何……? それは本当か?」


「ああ。ここの産婦は医者に診てもらったことはあるか?」


「確か……三人ほど」



やや間を置いて若い男が答える。


該当する産婦の数を数えていたようだった。


「異常はなかっただろう? 健康体だったであろう?」


「医者はそう言っていた」


「だが、死んだ」


義影はその事実を相手に再確認させるようにゆっくりと言った。


「だけど、なにかしらの病かもしれないだろ」


若い男は認めようとしなかった。


「では何故死ぬのは産婦だけなのだ? 他の人間は死んでないのであろう?」


「それは……」



若い男は言葉を詰まらせ俯いてしまった。


ここでまた義影は、はあ、と溜息をついた。


相手に聞こえるようにはっきりと。



「力になれるやもしれんと言っているのだ。はいそうですか、と言って助けを乞えばいいだけの話であろう?」



「…………」



若い男は(うつむ)いたまま何も話さなかった。



「……兎に角、だ。ここで話していても(らち)が明かん。案内してもらおうか」


義影がそう言うと若い男は僅かに首を上下させ歩き出した。


腑に落ちないところがあるのか男の態度は曖昧なものだった。


男の様子にこの先の苦労を思ってか義影は三度目の溜息をついた。









「今帰った」


若い男が戸口を開け家屋に入った。


「おかえりなさい……あら、お客さん?」


明るい女性の声が二人を出迎えた。


長い艶やかな黒髪を後ろで結んでいる女性――腹は大きく膨らんでいる。


若い男は女性の隣に座ってふう、と息を漏らした。


義影は二人と対面するように腰を下ろす。



「あなた、この方は?」


「え、ああ。祓い人だ。名前は、ええと――」


白鬼死義影(しらぎし よしかげ)だ」


淡白に名前を告げた。


「私は(かえで)っていいます。で、こっちが吉則(よしのり)です」


楓と名乗る女性はそういうと若い男の背をぺしぺしと叩いた。



「それで、祓い人さんはどんなご用事で?」


「ああ。腹に子を抱えてるお前に最も関係する話だ……お前は医者には診てもらったか?」


「はい。診てもらいました」


「診断結果は?」


「健康体だそうです」


「だろうな。しかしこのまま手を打たなければ、お前は確実に死んでしまうだろう」


「そう、なんですか? 何かの病気だったりするんですか?」



楓は少し不安そうに尋ねた。



「原因は病ではない。出産による衰弱でもない。それ以外の要因ならば、一つしかないであろう?」


「異形の者、ですか?」


「そのとおりだ」


義影は例の噂とその原因を示唆(しさ)した。



病ではない別の脅威。


医者に診てもらっても全く異常がない。


だが、突如として酷く苦しみ、死んでしまう。


それは病ではなく他の、別の何かの干渉が原因。


それが義影の考察だった。


「でも、それじゃあどうしたらいいんですか? いったいどんな異形の者がそんなことしてるんですか?」


楓が体を前のめりにさせ尋ねる。


自分の身にふりかかるであろう死を案じてか不安の色を隠せない様子だった。


楓は唇を噛み義影の言葉を待った。


やや間を置いて義影が告げる。




産鬼(さんき)という異形の者がいる」




「……さんき?」


義影は彼女が浮かべた疑問符に解を与えるべく言葉を続けた。



「産鬼とは産婦の出産時に現れる妖怪だ。容姿は舌が二枚有る。牛のような顔をしており、全身は毛で覆われている。そやつが現れ、縁の下に入り込まれてしまうと産婦は命の危機に(ひん)す。突然酷く苦しみ死んでしまうのはこれが原因だ」



「なんとかできるんだろうな?」


義影が説明を終えると吉則が苛立たしげな声をあげる。


「無論だ。なんのために俺がいると思っている。小物の相手など造作もない」


義影の自身に満ちた回答。


その言葉に楓は胸をなでおろした。


「……出産はいつだ? それによって準備の期間が変わる」


義影は荷物を弄りながら二人に聞いた。


「お医者様に診てもらった時はだいたい二十日ほどとおっしゃってたから……あと一週間くらいでしょうか」


楓が指を折り、答えた。


「そうか……それでは明日から本格的に準備に取り掛かるとしよう」


楓は礼を言いゆっくりと頭を下げた。


反対に吉則は気に食わないというような顔をしている。


「失敗しないんだろうな?」


吉則の機嫌の悪そうな声が飛ぶ。


「愚問だ。言ったであろう、小物の相手など造作もないと」


それを聞くとふん、と鼻をならし吉則は立ち上がった。


向かった先は戸口。



「あなたどこに行くの?」


「ちょっと散歩だ」


「外はもう真っ暗よ?」



楓がそう言い終える前に吉則はピシャリと戸を閉め出て行ってしまった。


「なんかごめんなさいね」


楓が申し訳無さそうに頭を下げた。


「気にすることはない。嫌われるのは慣れている」


少しの間、僅かな静寂――遠くから響く虫の声が耳を揺らす。


どこか遠い目をしていた楓は小さく頷くと――




「……少し、昔話をさせてください」




そう言うと楓は一呼吸置き、話し始めた。




「昔この村にとある姉弟がいました。二人はとても仲がよくいつも一緒にいました。

 ある日その姉弟の姉が病を患いました。手術が必要な病でした。ですが手術自体は難しいものではありませんでした。少し離れた村に住んでいる腕の良いお医者様が呼ばれ、診断をした翌日に手術を行うことになりました。


 これで病が直る、また元気な姉さんが見れる……そう思い弟は喜んでいました。ですが、手術は……失敗に終わりました。原因はお医者様でした。簡単な手術だからと軽く考えて、失敗してしまったんです。

お医者様は咄嗟に異形の者の呪いだ、私にはどうすることもできなかった、と言いました。


 そのお医者様の名は腕の良さと共に広く知られていました。簡単な手術を失敗したと知られれば、自分の経歴に傷がつく。

 そう思ったお医者様は自分の名誉を守るため嘘をついたのです。周りはそれを肯定しました。ただ一人、弟を除いて。その後、その姉弟の姉は手術の失敗が原因で亡くなりました。


 弟は怒り、お医者様を殴りました。お前が姉さんを死なせたんだ、と……そう言い何度も何度も殴りました。騒ぎを聞きつけた村人たちによって弟は取り押さえられました。お医者様は逃げるように村から去って行きました。村人は口を揃えて言いました。異形の者のせいだと、しかたなかったんだと。


 以来弟は身の回りで起こる出来事が、異形の者の仕業だとしても信じなくなりました、認めなくなりました。それを認めてしまったらお医者様の言った嘘を認めてしまう気がしたからです。頑なに拒み続けました、否定し続けました。それは今も続いています」




含みのある言葉を残す楓。


その顔には暗い影がおちていた。


昔話に出てくる"弟"を(うれ)うように。


義影はその様子を口を結び、ただ見ていた。



「前にも何回か祓い人の方がいらしたんですけどね。夫が追い返してしまったんです。これはきっと病だ。呪いなんかではないって。

 そんな夫が貴方は追い返さなかった。出産の時期が近づいて心配になったんでしょうかね……。

 なんだか暗い雰囲気になってしまいましたね、ごめんなさい。そろそろご飯にしましょう。白鬼死さんもどうですか?」



「頂こう……。お前の旦那を探して来よう」


「はい、お願いします」


楓は先程の暗い表情が嘘だったように明るい返事をした。


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