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劫生の祓い人  作者: 武鬼
一章
21/56

20.不穏

目的地の村は至って平凡だった。


畑仕事をする若い夫婦、道端で談笑する老人、駆けまわる子供たち。


本当にここに異形の者に狙われている人間がいるのかと疑問に思うほどに、のどかで平穏な場所だった。


そんな中、村を訪れた二人を観察するような視線がひとつ。


義影はそれに気づき、そちらを見る。


そこには顔の大きな傷が目立つ不気味な男がいた。


男はしばらく二人を観察した後、不敵な笑みを浮かべ建物の影に消えていった。


義影はその男を不審に思ったが、特に詮索するようなことはしなかった。


気を取り直し、村の人間から話を聞くため、談笑をしている一団に近づく。


その中の一人が義影の接近に気づき、柔和な笑みを浮かべ軽く挨拶をしてきた。


椿が元気よく挨拶を返す。


それを見て他の者も微笑みながら挨拶を返す。


とても和やかな雰囲気だった。


義影はさっそく噂の真相を確かめるため語り祟りについて尋ねた。



「此処に異形の者に狙われている者がいると聞いて来たのだが、なにか知らないか? 聞くと呪われる怪談が関係しているそうなのだが」


笑みを浮かべている村人の顔が僅かに引きつる。


「その話をどこでお聞きになりましたか?」


一人が問い返す。


口調は穏やかであったが、独特の冷たさを帯びた声。


「俺はそういったものに関連した仕事をしている。話は……同僚から聞いた」


「ほう。すると、祓い人ですか?」


義影が頷く。


「やめたほうがいいですよ? あの異形の者は得体が知れない。いくら祓い人でも、祓うことはできないと思いますよ」


「それをどうにかするのが俺の仕事だ。居場所を教えてもらおうか」


「いやいや、無理ですよ。危険です。やめたほうがいいです。そんなことより今夜の宿はどうなさるんですか? 良かったら私の家にいらしてください。うまい飯も温かい寝床もご用意しますよ」



その場にいた者は口々にやめるように言った。


あきらかに不自然だった。


人が死ぬかもしれないというのにそれを気にもとめないといったような言動。


「人の命がかかってる問題だ。無理を押してでもやらねばならん。俺の手が届く範囲で命が失われることを俺は許容しない」


それを聞くと村人らはそれまで浮かべていた笑みが嘘であったと思えるまでに冷たく無表情な顔をした。


「そうですか。……もう暗くなります。私たちはそろそろ家に帰ります」


それを合図に一団はまばらに散っていった。


あとには義影と椿だけが残された。



「へんなの」



椿が呟く。


二人が散っていった村人たちを見送った後、周囲に目をやる。


日が傾き辺りは暗くなり始めていた。


先程までいた村人は神隠しにでもあったかのように消え失せていた。


「仕方ない。自力で探すしかなさそうだ」


義影が面倒くさそうに言い、歩き出す。


椿は立ち止まったまま動こうとしなかった。


「何をしている? 行くぞ」


義影は椿の方を向き、顎をしゃくった。



「義影、あれ」



椿が指をさす方向。


そこには建物の影からこちらを覗う少女の姿があった。


少女は義影と目が合うと慌てて走り去っていってしまった。



「へんなの」



椿が呟く。



「ああ」



義影が相槌を打った。







日が沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。


夜の冷たい空気が二人を包む。


外にいるのは、義影と椿だけだった。


周りの家々は灯りすらついておらず、食卓を囲む人々の温かな笑い声はどこからも聞こえてこなかった。


不気味な静けさが漂う。


件の異形の者――語り祟りの情報を掴めないまま虚しく時間だけが過ぎた。



「ねえ義影」


「なんだ?」


「いつまで探せばいいの?」


「見つけるまでだ」


「いつ見つかるの?」


「見つけた時だ」


「もうつかれたよぉー!」



椿はその場にしゃがみこむ。



「文句の多いやつだ」


「だってさぉー。この村、広すぎるよ」



捜索を始めて一刻ほど。


椿は躍起になってあちらこちらと駆けまわり目標を探していた。


捜索できた範囲は全体のおよそ三割といったところだった。


見渡す限り家屋で溢れていた。


集落の大密集地帯とでも言うべきだろうか。


これほどまでに大きな村があると聞いたことはない。


明らかなる異常。


何かしらの見えざる力が働いているのではないかと考えてしまうほどだ。


「どんだけ広いの! 私ががんばって走り回ってるのに全然見つからないじゃん。こんなんじゃ日が暮れちゃうよ!」


「既に暮れてる」


「そうゆうことを言ってるんじゃないの!」


椿が噛み付く。


義影はそれを適当になだめる。


「心配せずとももう見つけた」


「え? ほんと?」


椿は顔をぱぁっと明るくさせ、立ち上がった。


「ああ、あそこだ」


義影が指をさす。


椿はその方を見るが首を傾げた。


「なにもないけど?」


義影が指をさした方向には特に目立った物はなかった。


「まあ見ていろ」


そう言うと短刀を取り出し、その何もない空間を縦に切った。


するとその空間がぐにゃりと歪み周囲の風景が一変した。


唖然とする椿。



「結界だ」


「結界?」


「この周囲には結界が張られていた。擬似的な空間を作り出し、視覚情報を誤認させるためのものだ。とても高度な術式結界だ」


「なんでそんなのが張られていたの?」


「話しを聞いた村人の様子から察するにおそらく語り祟りを見つけられては困るのだろう。それ故結界を張り妨害しようとした。そんなところだろう」


「へぇー……ん? もしかしてさっきまで探していた場所って全部偽物ってこと?」


「ああ」


「じゃあ私があれだけがんばったのは無駄だったの?」


「ああ」


「ええー! それじゃあ骨折り損の大儲けだよー!」


「それは良かったな」



椿がゆっくりと地面に倒れ込む。


しばらくうーうーと唸っていた。


かと思うと、いきなり立ち上がり義影に問い詰める。



「もしかして最初から結界が張ってあるって知ってたの?」


「ああ」


「どうして早く言ってくれないの!」


「何もない場所を必死に探しまわっているお前の姿があまりにも滑稽で愉快だったからだ」


「鬼だ! 鬼がいる!」



義影の発言に後ずさる。


「そんなくだらんことはどうでもいい。……あそこだ」


義影が示す場所には、周囲の家屋から孤立している建物が一軒あった。


「あそこにその……かたりだたり、がいるの?」


「いや、あそこからはそれほど強い力を感じない。おそらく語り祟りに目をつけられている人間がいる」


「よし! じゃあ早く行こう!」


椿が駆け出した。


「無駄に元気だけは有り余っていると見える」


義影は椿を追い、家屋へと向かった。


家屋の窓や戸口はこれでもかというほど厳重に板を打ち付けて固定されていた。


椿が開けようと試みるがびくともしなかった。


続いて義影が体当たりをするもあまり効果はないようだった。


「面倒だ」


義影は呪符を取り出し、板に貼り付ける。


距離をとり呪力を込め爆破する。


戸口諸共吹き飛び、大きな穴が開く。


中は真っ暗で何も見えなかった。


義影は再び呪符を取り出し、明かりを灯す。


屋内は煤けており、壁と天井の堺あたりにいくつもの蜘蛛の巣が張られていた。


奥に畳が貼られた一室が見えた。


二人はそこに足を踏み入れる。


すると部屋の隅で何か動く気配を感じた。


その場所を照らすとそこには膝を抱えた旅人風の服装の男がいた。


何かぶつぶつと呟いている。



「おい」



義影が声をかける。


すると男はゆっくりと顔を上げる。


男は虚ろな目を向けた。


次の瞬間、血相を変え義影に詰め寄る。



「な、なぁあんた。聞いてくれ。実は面白い噺があってよぉ」



男は鬼気迫る勢いで話し始めた。


男が話しだしたモノは例の怪談だった。


「悪いが、その噺はもう聞いた。それは一度聞いたことのある人間に効果はない」


義影が男の話を遮る。


男は呆然とするが、すぐに我に返り、今度は椿に詰め寄った。


「じゃ、じゃぁ嬢ちゃんは?」


「わ、私も聞いたよ」


「そんなぁ……」


男は絶望の淵に立たされたような声をもらし、うなだれた。


直後、男はいきなり義影の足にしがみつき懇願した。


「な、なぁあんた。助けてくれ! このままじゃぁ俺は殺されちまう! お願いだ! ここの村の連中は狂ってやがる。俺を化物の生贄にするつもりなんだ!」


「安心しろ。俺はお前の抱える問題を解決するために此処に来た」


義影が鬱陶しそうに男を振り払う。


男は地面に倒れ込むが、すぐに起き上がった。



「ほ、ほんとうか? あんたいい人だな。俺は篠原喜助(しのはら きすけ)ってんだ」


「私、桐島椿」


「……白鬼死義影だ。今からお前が生き残るために有り難い話をしてやる。一度しか言わん、よく聞け」



義影は語り祟りの特性や対処の仕方について話した。


喜助は真剣な眼差しでその話を聞いていた。


その間椿は退屈なのか部屋の隅に生えていたキノコをつついていた。


「以上だ。何か質問は?」


「怪談を記録すればいいってのは分かったが、どこにいるかわからない化物をどうやって弱らせるんだ?」


語り祟りの対処法――弱らせてから怪談を書物等に記録する。


だがこの異形の者は対象を殺す時以外現れない。


故の喜助の疑問。


「簡単だ。現れたところを狙えばいい」


疑問への回答。


「え? それって化物が俺を殺しに来るまで待つってことか?」


喜助の顔が青ざめていく。


「ああ」


「いやいやいや待ってくれぇ! 殺される寸前まで待ってろってことか?!」


「ああ」


「そんなの嫌だぁ! それ以外の方法でどうにかしてくれよぉ旦那!」


喜助がみっともなく騒ぎ立てる。


義影は喚く喜助の胸ぐらを掴み、短刀を突きつけた。


「黙って言ったとおりにしないと今此処で俺が殺すぞ」


「は、はい。おとなしくします……」


義影の鬼のような形相に喜助は涙目で頷いた。


その様子を見て掴んでいた手の力を緩めた。


喜助はへたりと座り込んだ。


「それで。時間はどれほど残されているんだ?」


「そうですね……捕まったのが二日前の夕暮れ時で……そうなると……あと四半刻くらいですかね」


「何? それを早く言え馬鹿者が!」


「す、すいません。でも、聞かれなかったもので」


残された時間は少ない。


義影は背中の荷を降ろし、急いで準備を始めた。


作業をやりながらも、未だに部屋の隅でキノコをつついている椿に話しかける。


「猫耳娘。お前は外に出ていろ」


「ん~? どうして?」


「じきに異形の者と戦うことになる。お前は戦いたくないのであろう? ここは巻き込まれるやもしれん。少しでも安全な場所に避難しろ」


「……うん」


椿は外に向かった。


途中立ち止まり、振り返る。


が、すぐに向き直り外に出た。









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