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劫生の祓い人  作者: 武鬼
一章
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1.怪異の噂

燦々(さんさん)と照りつける太陽。葉色を鮮やかな緑に染めた草木。


夏の熱気のこもった風が整備されて新しい街道を行く男の生気の抜けたような青白い肌をなでた。


その青白い肌は夜の世界を徘徊する亡者を彷彿とさせる。


しかし彼は亡者などではない。


男の黒い瞳から放たれる鋭い眼光からは、彼の堅い意志を表わすような力強さを感じる。


それが何よりの証拠だった。


男の名は白鬼死義影(しらぎし よしかげ)という。


彼はある目的のもと、各地を旅しながら飯の種を探している最中だった。


「長く歩いたな……ここらで休憩としよう」


周囲を見渡しながら歩いていると前方に団子屋を発見した。


「……ちょうどいい。あそこにするか」


休憩場所を定めた義影は歩を進めた。


団子屋に到着すると背負っていた荷を下ろし団子と熱い茶を注文する。


注文してすぐに団子と茶を持って店主が出てきた。


「ごゆっくり」


店主は深いしわが刻まれたその顔をニコリとさせ、会釈の後店の中に姿を消した。


義影は団子を一口、ついで茶を啜った。


「ふむ……うまい。たまにはこういうのもいいかもしれんな」


義影が団子に舌鼓(したつづみ)を打つ。



気を落ち着けると少し離れたところに座っている二人組の男たちの会話が耳に入ってきた。



「例の村……また一人、出産後直ぐに死んじまったらしいぜ」


手ぬぐいを首にかけている男が言う。


「またか……今年に入ってこれで三人目だろ? ちぃとばかし多すぎねぇか?」


煙管を咥え煙をふかせている男が会話を返す。



「言ったろ。あの村は呪われてんだよ」


「おいおいやめてくれよ。今度仕事であの村に行かねぇとなんねぇんだからよぉ」



冗談めかしく話してはいたが、その内容はあまりにも不穏で、笑い飛ばすには少しばかり難かった。


こういった話は誰しもが関わろうとしない。


たとえただの噂話や作り話だったとしても、避けるべき事柄だ。


ましてやそれが"本物"だった場合、取り返しのつかないことになりかねない。


触らぬ神に祟りなし。


神でなかったとしても、人を呪う、害をなすモノには近づかないことが得策。


それが世の常――世間一般の常識だ。



故に自ら率先してそんな厄介事に首を突っ込む者はお人好しかただの馬鹿だ。



だがこの男はそのどちらでもなかった。


「その話、詳しく聞かせてくれないか?」


そう言い二人の前に立ったのは義影だった。


「へ? あ、ああ、いいぜ」


突然見ず知らずの男に話しかけられて口から零れる素っ頓狂(すっとんきょう)な声。


やや遅れて返事をした二人組の男らは申し出を了承した。


義影が手ぬぐいを首にかけている男の隣に座ると話が始まった。



男の話はこうだった。


この団子屋から西にしばらく進んだところに村があるという。


その村では出産の時に産婦が尋常ではない苦しみ方をして、やがて死んでしまうという怪奇な事例が多発しているらしい。


それがここ数年間に渡って続いており、現在までで犠牲者は十名。


医術が発展していない地域では、出産時に産婦が亡くなることは珍しいことではなかった。


誰もが偶然なのではないかと思った。


しかし、事の異常さはその村の人間が一番良く知っていた。


呪いなのではないか?


とある男が言った。


その認識は燃え移る炎のように伝播(でんぱ)し、やがて周囲の村でも呪われた村と言われるようになった。



二人組の男が話したのはそれで以上だった。



「いやー、改めて話してみると不気味な話だなぁー」


「きっと悪霊とか怨霊とかが住み着いちまったんだろうな」


「おっかねぇな……あ、そういえば出産を控えた女性があの村にいるらしいぞ?」


「本当かそれ? また死んじまうのかなぁ」



噂話を終えると二人組の男たちは縁起でもない話しに花を咲かせていた。


そんな二人を他所に、義影は顎に手を当てしばし考える動作をした後、立ち上がった。


「話してくれたことに礼を言う。……団子屋、お代はここに置いておくぞ」


そう言いながら荷物を背負いお代を座っていたところに置いた。


二人組の男たちに別れを告げると義影は歩みだした。


西の方角に向かって。



「おいおいあんた、俺らの話聞いてたかい? そっちは例の村だぜ?」


「わざわざ面倒事に首突っ込むこたぁねぇだろ?」


二人が忠告をする。



「俺から話を振ったんだ。聞いていたに決まってるだろう。それに俺はその村にたった今用事ができた」


「まさか呪いを調べにでも行くつもりか? 止めといたほうがいいぜ?」


「お人好しだなぁあんた。呪いだのなんだのってーもんには関わらねぇほうが長生きできるだろうに。お人好しじゃねぇんだったらただの馬鹿だがよぉ」


二人組の男は初めに話していたように冗談めかしく忠告した。


「残念だが、俺はお人好しでもなければ馬鹿でもない。それに――長生きは嫌というほどした」


二人組の男は互いの顔を見ながら疑問符を浮かべる。


「それは……どういうことだい?」


「俺は仕事でそこに行く……それだけだ」


質問に答える事なく義影は再び歩き始めた。


男らの呼び止める声が聞こえたが、彼は無視した。



「行っちまった……何だったんだあいつは?」


「さぁな。それに長生きは嫌というほどしたって言ってたけどよ、そこまで年くってるように見えなかったけどなぁ」


「お前んとこの爺さんも年の割には随分と若く見えるし、きっとあの旦那もその類の人なんだろ」


「はへぇー。気ぃ使ってあれだけ若々しさを保てるんなら若作りもバカにできねぇな」



二人は義影が歩いて行った方角を眺めながらそんな話をしていた。





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