第9話 Irregular
久しぶりに腹の底から叫んだことで、一つ思いついた事がある。
この方法なら恐らくわざわざモンハンみたいに歩き回って痕跡を探さなくても、あちらから俺に接触してくるだろう。
「最初からこうしときゃよかったな……」
「え、何」
そして俺はすぅと息を吸って……
「おぉぉぉーい!!!!!!!! 俺は幻実中学の生徒だーーーー!!!!! いるんだろ? 頼む、話を聞いてくれーーーーーーー!!!!!」
思いっきり、そう叫んだ。隣のタブリーはドン引きしているがお構いなしだ。
「おおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーい!!!!!」
薄暗い森に俺の叫びが木霊する。木々がガサガサと揺れる。
「ちょ……うるさ、うるさい!!!!! ちょっとわかってんの!? あいつに警戒されたらお終いなのよ!?」
「いや……」
後ろで、ガサリと音がした。一か八かだったが、どうやら上手く行ったらしい。俺は笑みを浮かべる。
「あの、今のは――」
後ろから声を掛けられる。一体誰に? 決まっている。
「ああ、今叫んだのは俺だ。こんな恰好だが、お前と同じ幻実中学の2年生だ」
俺たちが追っていた敵――そして俺と同じくこの世界に転移して来たであろう、同じ中学校の生徒だ。
そう、俺はあの時、キラリと光る、我が母校幻実中学の校章を、一瞬だが確かに目視したのだ。
余談だが、こういう転移者がもう一人いた的なパターンでは、大体は主人公をいじめてた不良とかクラスの中心のイケメンだったりするのだが、あいにく俺は苛められたりとかはしていないので例えそういう奴らが来ても復讐的なドロドロ展開になる心配は全くない。余談終わり。
さて、今回はどんなパターンだ? 学級委員長だったイケメンか、一匹狼の不良くんか、はたまた俺のオタク友達か――。
「やっぱり本当に――!? あ、初めまして、サッカー部所属、1年C組の天衣 正信です」
まさかの全く知らない後輩!!! しかも俺と同じように外見上の特徴もそれほど無い。強いて言うならボロボロに破けて袖がノースリーブになっちゃってる制服と、なぜか背負っている巨大な熊の毛皮が目立つくらいだ。生来のものであろうくせっ毛と気の弱そうな顔は泥だらけだ。
「あ、ども、よろしく……」
とりあえずアイサツは大事。先ほど激戦を繰り広げたばかりの森の主こと天衣くんと、俺は固い握手を交わした。
「あの、俺、コンビニで突っ込んで来たトラックに撥ね飛ばされたと思ったら、こんな変なとこに急に飛ばされて、俺……」
天衣くんが感極まって涙を流し始めた。事情はよく分からないが、相当なことがあったのだろう
「みなまで言うな、大変だったんだな……」
「いや全くついていけてないんだけど。説明してよカイト」
そんな感動の再開(初対面だけど)に、痺れを切らしたタブリーが水を差してきた。
「ああ、そうだな。天衣くん、俺も色々聞きたいこととかあるし、そうだな……。ちょっと座って状況を整理しようか」
今いるのが丁度野営に向いてそうな開けた空間だったので、そう言って俺たちはとりあえず、魔法で作った焚火を囲んだ。ここからは説明パートだ。
「あんた達が世界から転移して来た?」
タブリーが素っ頓狂な声をあげた。天衣くんは俺たちが持ってきたサンドイッチをジャンガリアンのように頬張っている。
「まあ信じても信じなくてもいいけどな。兎に角俺たちは偶然あの時、同じ暴走トラックに殺されて、そして同じようにこの異世界に来たわけだ」
そう、天衣くんはあの時偶然あのコンビニで買い物をしており、そして俺に伊勢海老をぶん投げて来た暴走トラックがコンビニに突っ込んだ時に、本当に撥ねられていたのだ。
「そうです。それで目を覚ましたらこの暗い森にいて、暫く人を探してたんですけど、会う人みんな言葉が通じないし、襲ってくる人もいるしで、俺、人に捕まったら終わりだと思って……」
どうやらそういう疑心暗鬼に陥って、人里や冒険者から食べ物をかっぱらったりしていたらしい。まあ無理もないだろう。見た感じなろうも読んだことなさそうだし、言語も通じないとあらば状況が全く飲み込めなくても仕方のない事だ。
しかし、言葉が通じない? 俺は全然通じてるが……。
「それは……」
なんとなく自分がお城で勇者様扱いされた事は黙っている事にした。
「ねえ、異世界とかはマジでどうでもいいんだけど、あたし普通に天衣くんの言ってることわかるわよ」
タブリーがそう告げた。マジで?
「あれ、そういえば僕も言葉がわかる……なんでだろう、さっき戦った時はタブリーさんの言ってること、まるでわからなかったのに……」
どうやらマジらしい。ん? どういう事?
ここで、エリア姫が言ってた事を思い出した。
『勇者召喚魔法の副次効果で――』
これは推測だが、もしかしてその中に、言語翻訳みたいな機能があったって事なのか?
じゃあなんで同じように勇者召喚された筈の天衣くんには、さっき――おそらく俺たちが握手するまでと仮定するのが自然か? その副次効果が無かったんだろう?
そう考えると疑問は次々と湧いてきた。っていうかそもそも勇者召喚魔法ってなんだ? 俺達は確かにトラックに殺されてこの世界にやって来た筈だ。ならば、俺や天衣くんにとって然るべき展開とは異世界転生なんじゃないか? だが現に(天衣くんはわからないけど)俺はこうして、この世界の人に呼ばれた扱いで転移してきている。
この微妙な辻褄の合わなさは一体何なんだ? 確かにこの異世界は呪文も設定も適当だが、これはなんというか、質の違う違和感な気がした。うーむ……。
「うーん、よくわからないけどよろしくね、テンイくん」
タブリーがニコッと営業スマイルを放った。天衣くんは特に動揺もせず、会釈を返した。
「っていうかなんでお前、天衣くんにはくん付けで俺は呼び捨てなんだよ」
「まあキャラとか色々よ」
まあどうでもいい事なので、あっそと流して思考と話を元に戻す。疑問はまだあるのだ。あの副次効果が俺だけのものだったとしたら、天衣くんはエンシェントスキルはおろか、ステータスすら今も常人程度の筈だ。なのに何故――。
「なあ、天衣くん。あの瞬間移動みたいな素早い動きとその巨大な熊を背負う膂力、一体どうやって手に入れたんだ?」
「ああ、それはサッカー部なら誰でもできますよ」
サンドイッチをたいらげて満足そうな天衣くんが、サラッととんでもないことをぶっこんできた。
「マジで!? すげぇなサッカー部!!?」
「なかなかやるわね」
どうやら本当に日ごろの鍛錬で得た物らしい。ステータスを見せるように言った所、その攻撃力と素早さのみが、勇者補正のある俺にも匹敵する数値だった。うちのサッカー部はどんな練習をしてるんだ……。
ちなみに熊は転移初日に素手で倒して、その証として毛皮を剥ぎ取り羽織っていたらしい。
いやなんでそんなインディアンみたいな発想になるの? この子だけ異世界無双じゃなくて別のジャンルじゃない?
「あれ? 君、この世界にはどれくらいいるの?」
ここで気になったことに突っ込んでみる。
「えーっと、7日前ですね。毎日日の出を数えていました」
なんでそんなサバイバル慣れしてんの? いやそれよりも1週間って所だ。これは明らかにおかしい。
「どういう事だ? 俺がこの世界に来たのは、2日前の事だぞ……?」
そこで、タブリーが訪ねて来た。
「ねえ、今7日前って言ったわよね?」
「ああ、俺もおかしいと……」
「ちょっと待ってよ。この辺の森の主の被害は、1か月くらい続いているのよ?」
その場に流れる空気が、凍った。天衣くんはちょっと思案して、こう告げた。
「あの、さっきから言ってる森の主ってもしかして――」
次の瞬間、巨大な、鎚を振り下ろすような音とともに、地面が揺れた。メキメキと木々が折れる音が聞こえる。
「僕が倒した熊の、親の事なんじゃないでしょうか――」
頬を掻きながら笑う天衣くんの後ろに、5メートルはあろうかという巨大な熊――怪物? いや熊か? わからんわ――が、のっそりと姿を現した――。