第6話 Flighty girl
「ここがベルガ村かぁ」
時刻は昼下がり。俺はご都合主義的にたどり着いたベルガ村に入り、異世界の「村」がどんな物なのか調査がてら色んなお店を覗いていた。
城下町もあまりじっくり見た訳ではないが、ここはとりわけよくある『はじまりの村』的なド田舎という事も無く、村の中心部では綺麗に舗装された道路にいくつもの店が連なり、そこそこの活気を見せていた。
「カフェ、武器屋、鍛冶屋、ジュエリーショップ、定食屋……。結構色んな店があるなぁ」
通りを歩く人々も多く、何というかこなれている感じだ。村というか、俺が元居た世界のイメージ的には川崎駅のあたりが近いかもしれない。勿論広がる街並みは中世的なのだが。そういえば心なしか、俺はさっきから道行く人々になんだか嘲笑の目で見られている気がする。やっぱりこのコートが痛いのか……?
更に進んでいくと、雰囲気が少し暗くなった。酒場、遊技場……なるほど、この辺が大人の遊び場なわけか。
「……アニメイト……こんな所にまで……」
見慣れた青い看板もあったが、なんだかもういちいち突っ込むのも疲れて来た。と、そこに、不意に腕を小突かれ、いきなり声をかけられた。敵かッ!?
「お兄さんお店探してる? ウチなんかどーう?」
「うぇぇへぇ↑!? い、いや俺未成年ですし……」
こんな真昼間から客引きか!? ある意味敵か? 見ると俺よりも背の低い、青みがかった黒いショートカットの女の子で、所謂ミニスカなメイドの格好をしていた。こんな感じの光景、秋葉原でよく見たな……。この世界特有のオバケメイクでよくわからないが、年は俺と同じくらいな気がして、俺は俄かに驚いた。こ、この世界ではこんな年齢でこんな事をこんなこんなこんな……!? いかんいかん。毅然とした態度で断ろうとして、ちょっとどもってしまった。
「あはは! 怪しいお店じゃないよ~! 向こうのカフェ! お客さん観光でしょ?、よかったら面白い所とか教えてあげるから、うちでちょっと一休みしてってよ! ほらほら!」
口を開く間もなく、背中を押されて表通りのカフェ『のらりくらり』に押し込まれてしまった。これでは客引きと言うより拉致だ。見ると、店内にいる数人の客は『またか……』みたいな顔をしている。どうやら常習犯らしい。
「はいおひとり様ごあんな~い! はいこれメニュー! 今日のおすすめはサバ味噌サンドだよ! 飲み物何がいい? コーヒー?」
瞬く間にカウンターに座らされた俺に、メニューやらお冷やらおしぼりが渡される。この間、わずか0.5秒である。
「ちょ、ちょっとタンマ……タンマ!!! 拉致られたのはもう何も言わないから、ゆっくりメニューを見せろ! あと俺はコーヒー飲めない!」
流石についていけないので、少し語気を荒げて場を制する。悲しいのは、結局彼女の思惑通りお店に入ってしまい、既にメニューを開き何を頼むか考え始めてしまっている俺の意志の弱さだ。
「えっ……まさかお詫びにあたしのおしっ「んなわけあるか!!!!!!!」
一応ノクターンではないので死ぬ気で阻止だ。
「冗談よ、冗談! 決まったら声かけて~」
そう言ってメイド服の彼女は調理場の方へひょいと引っ込んでいった。あれでも忙しいらしい。
悩んだ結果、そういえば先ほどお弁当を半分ほど残している事も思い出し、注文は紅茶とミニサンドにした。彼女はケチんぼと言いながら顔を膨らませた。とても客に対する態度ではない。
品物を待っている間、いつもの癖でスマホをいじろうとしてしまった。地味~にこの世界に来て辛い事が、スマホがない事である。現代文明に浸りきった俺にはこういうちょっとした待ち時間にスマホをいじれない事が結構耐えられなかったりする。これがスマホ中毒か……。
仕方ないので王様からもらったこの近辺の地図を見てみた。今いるベルガ村は王城の東にあり、両所を繋ぐ道路の脇には草原が広がっている。一方ベルガ村の南東は深い森に囲まれており、ここにモンスターが頻出するとの事だ。
「はいお待ちどお、アイスティーとミニサンドです……それってこの辺の地図? ねえどこ行くか決まってるの? 回転寿司とかおすすめ」
「いや微妙なチョイスだな!」
料理を持ってきたメイド女が、カウンターを挟んだ厨房で対面の位置に腰を下ろし、何やら帳簿らしき物を広げた。ここに根を張るつもりだな。俺は観念して、口を開いた。
「この村の獣害が酷いって聞いて、何とかしに来たんですよ。王都から」
メイド女は驚いたように答えた。先ほどの経験から自分が勇者だと言っても信じてもらえなさそうなので、最初から適当にかみ砕いて伝える。
「へ~、君、そんな若いのに冒険者なの? すごいねぇ。でもこの村に張り付く『森の主』は強敵だよ~? 何人もの冒険者がそうやって果敢に挑んで返り討ちに逢って帰ってくるか、そもそも帰ってこないか……」
おどろおどろしくそんな事を告げてくるメイド女に俺は一瞬慄いたが、気を取り直して話を戻す。
「まあダメだったらそれまでですよ。それで、その『森の主』って言うのはどの辺に出るんですか?」
シロップを入れた紅茶を飲みながら、無理やりとは言え、現地人の話を聞けるチャンスは活かそうと思って向かいのメイド女に聞いてみた。
「そうねぇ、あたしは見たことないんだけど、森の主って言われてるからにはそっちの方なんじゃない? あ、そいつを倒しに行くならこの村のギルドで正式に依頼を受けなきゃだめよ」
「ギルド?」
久々にぽい単語が来た。
「そそ、ギルド。君、知らないって事はモグリか新人だな~? ギルドっていうのはね、冒険者――魔物との戦闘とか、未開地の調査とか、そういう危険なことをやって、お金をもらって生計を立てる人達ね、の互助組織って言うのかな、まあ依頼を仲介したり報酬を管理したりする所なの。この森の主退治は多分自治体からギルドに依頼が発行されてるから、それを受注しないといけないわけ」
「まあ大体俺が知ってるギルドの概念と同じだな。よし、ありがとう。早速行ってみるよ」
アイスティーをサーっと飲み干した俺はミニサンドを頬張り、席を立った。説明感謝。
「え~もう行っちゃうの? せわしないなァ。もっとゆっくりしてけばいいのに。はい240ベスね」
忙しないのはどっちだ。俺は王様から渡された結構な額の入っている布の財布を開き、慣れない手つきで金貨を3枚取り出した。
「えっとこれで……」
「はいお釣りね。毎度あり~、あ、悪いんだけどちょ~~~~っと表で待ってて?」
今度はなんだ。メイド女はパタパタと奥に引っ込んでった。周りを見ると、お客さんは何やら諦観した顔をしていた。一体何が始まるんだ?
20分くらい待ってると、店のドアが開き、お待たせとメイド女が声をかけて来た。遅いぞと言いかけた俺の言葉が詰まる。
いや、メイド女という表現は正しくない。何故ならそこにいたのは、先ほどのおばけメイクメイドコーデのおちゃらけ女ではなく、滅茶苦茶可愛い顔で、白くて軽そうな戦装束に身を包み腰に細剣を差した、そう、言うなれば戦乙女だったのだ。
「あんた、物凄く弱そうだし、主に会う前に死んじゃったりしそうだから、今日だけあたしが手伝ってあげる! 心配しないで、あたしこの辺の冒険者で一番強いから。もっとも本業はカフェの看板娘だけどね?」
「えええええええええええええ!?」
「ちなみに名前はポチョムキン=タブリーチェスキーよ」
「名前いかつっ! タブリーって呼んでもいいですか!?」
「構わないわ。さあ行くわよカイト! まずはギルドへ!」
「え!? なんで俺の名前知ってんの!?」
「背中にそんなにデカデカとアップリケが貼ってれば、そりゃ一目瞭然よ!!」
「ええええええええええええええ!??!?!?? あのお姫様何してんの!?」
いそいそとコートを脱いで見てみたら、背中にはKAITOの文字と見事なハートが縫い付けられていた。エリア姫が夜なべしてやってくれたのだろう。いや、だがこれは……
「重いよ!!!!!!!!!!!!」
続く!!