第4話 Discipline for the battle
4話
「『なたね油を操る力』……!?」
目の前の無機質な文字列は余りにも無慈悲に、淡々とその能力の名称を告げていた。震える指で、祈るようにその――途轍もなく間抜けな文字列をタップする。思ったとおり下欄に能力の説明がポップアップした。
『掌からなたね油を自由に放出し、操作するエンシェントスキル。レベルの上昇に付随し精度及び威力が上昇する』
俺はわなわなと震えた。その様子を見たエリア姫が声を掛けてくる。
「まあ、流石勇者様ですわ! 伝説のエンシェントスキルを習得なされたのですね!」
彼女が瞳を潤ませ、こちらに近づいて来る。
いや、習得したとは思う。したとは思うし、水操作能力的なのの延長と考えれば、実際そこそこ使えるスキルには違いない。状況で言えば②の創意工夫系や大器晩成系のスキルに当たる。
だがしかし。
「ああ、はい……。そうみたいです」
これは余りにも、ダサすぎる。
少なくとも創意工夫や安易な覚醒でなんとかなるようなダサさではない。そういうのはもっとダークと言うか、シリアスな雰囲気がウリの筈だ。
ちなみに今現在俺の手からは既に少し『油漏れ』している。体良く言えば『発言したての能力の暴走』であるが、実際は底に穴の開いた油のボトルとしか思えない。俺はその情けない手をエリア姫から見えないようサッと隠した。
「流石ですわね、勇者様……! エンシェントスキル覚醒の儀も滞りなく終了。後はいよいよ、旅立って頂くのみとなりました」
エリア姫が俺の目を見て告げる。いや滞りありまくりである。その真剣そうな顔にちょっと笑いそうになったが堪えた。
「最初は東の平原を通り、徐々に魔王城へと接近して、魔物を倒しながら同時にレベルアップを計るのが宜しいかと思われますわ」
「それは魔王城に近づくにつれ、魔物が強くなるという事ですか?」
よくある設定から推測するとそういう事になる。いくらここがテンプレから外れた――もっと言えばヘンテコな異世界だったとしても、流石に根本的な設定はマトモだろう。今は少しでも、そう信じたかった。
「流石ですわ、勇者様。基本的にこの辺にいる魔物は野生でレベルも低いですが、平原を抜けると魔王軍の斥候など、意思を持った魔物も出てきます。そういう物はレベルも高くなりますね」
「成る程……。その辺は合理的ってわけだ」
確かにそういう配置なら、魔王城に近づくのと並行して俺のレベルアップを測れる為、ここに留まって修行する期間もグンと減るだろう。
ただ、俺には少しだけ出発を遅らせたい理由があった。
「すまないが、出発する前に一つお願いがあります」
「何でしょう、勿論旅の支度金や魔王討伐による報酬には、かなり色をつけさせて頂いておりますが……」
あ、報酬出るんだ。つっても当たり前か。テンションが上がっててっきり忘れていたが、いきなり呼び出されていきなり倒せって言われてもそんなポケモンじゃあるまいし、普通は抵抗するだろう。無理やり奴隷とかにでもされない限り。
「いえそうではなくて、俺にスキルの事を教えて欲しいのです」
だが今考えている事はちょっと違う。俺はエリア姫に告げた。
そう、俺にはこの世界の知識がない。勿論テンプレからある程度予想することは可能だが。
この巻きの状況から察するに魔王討伐のタイムリミットはそれ程猶予がないみたいので、出発を出来るだけ早めるにしても、せめて戦闘に直接関わるスキルの事だけは押さえておきたかった。
あと、この手から漏れ出る油についても制御出来るようになっておきたい。
ダメと言われたらどうしようと思いエリア姫の方を見るとーー
彼女はハンカチで目頭を押さえていた。
「さ、流゛石゛で゛す゛勇゛者゛さ゛ま゛……。その殊勝な心がけ、まことにわたくしの心に響きました……」
ええ……。てかこのお姫様さっきから俺のこと褒めすぎじゃないか? 悪い気はしないんだけど……。あぁメイクが崩れてとんでもないことに……。
「こうなれば不肖わたくし、自ら勇者様にスキルのなんたるかを教えて差し上げますわ! 安心してくださいまし! わたくしこう見えても魔術に関しては国内随一の才媛と呼ばれていますのよ!」
エリア姫様が涙を拭って燃えている。今度は目から炎が出そうな勢いだ。まっこと面白いお姫様である。
「あの、出来ればすっぴんでお願いします」
俺はとりあえず、最重要案件だけ手短に伝えた。
お城・中庭――
俺たちはポータルを抜け、二人きりでこの場に立っている。ちなみに帰りはまたもや壁の中からデンジャラスハザード阿部さんが出てきて、ここに連れて来てくれた。
「いいですか、勇者様。スキルというのは人間が誰しも持つ精神の力によって発揮する物です」
約束通りメイクを落として来てくれたエリア姫が、恥ずかしそうに俯きながら説明をしてくれる。
余談ではあるが、すっぴんのエリア姫は滅茶苦茶ほんとにマジでものすごく可愛いのである。口紅に隠されて気づかなかった、小さくぷるっとした唇。大きく切れ長な目に流れるようなまつ毛。羞恥心のせいかほんのり赤い頬に、低脂肪乳のように(?)白く艶やかな肌。金色でそれそのものが輝きを放つような、煌めく長髪は腰まで伸び、両側面の三つ編みが後ろで小さくまとめられている。まさに二次元の美少女をそのまま立体化した感じだ。『勇者様はふぇてぃしずむも勇者様なのですね……』と言われたがそんな事は気にしない。自分の欲望に従って何が悪い。
「ちゃんと聞いてるんですか? ……そして、スキルに全く触れた事がない人間がそれを使うのには、実は1か月~2か月ほどかかります」
「え!? それじゃあ……」
「ご安心ください。勇者様。勇者様は既に、スキルとは最も遠い位置にあり、しかしある意味ではスキルと言うべきものを習得されております」
「もしかして、エンシェントスキル?」
そう言いつつ手のひらを見つめる。ちなみにあの油漏れもとい『能力の暴走』は、気合を入れたら治まった。
「そうです。エンシェントスキルを使用する為の感覚は、既に『世界の記憶』によって貴方の魂に刻まれている筈です。勇者様ならそれを、呪文を唱えながらスキルに転用する事が出来るかと思われます。では、とりあえず指先に炎を出しましょう。リピートアフターミー、『火の第一等級、スモールファイア!』」
エリア姫がそう告げながら、指先で虚空をとらえる。俺もそれに倣い、人差し指を空に向けた。
「え、えっと『火の第一等級……スモールファイア!』」
特に何かを意識するまでもなく、それは成功した。人差し指の先にゆらゆらと、イチゴくらいの炎が揺らめく。不思議と熱くないので変な感じだ。
「流石ですわ勇者様!! 初めてとは思えない才能!」
「全然熱くない……」
「ふふ、スキルは自分を構成する概念的な要素で生み出されるので、それ自体が術者に害を加えることはないですよ。勿論術者以外には通常の現象として作用しますが……。フグが自分の毒で死なないのと同じですわ」
エリア姫が得意げに説明する。
「え、それはなんか違うような……ってかこの世界にもフグっているの」
「さあ、どんどん行きますわよ、『水の第一等級、スモールウォーター!』『風の第一等級、スモールウィンド!』『土の第一等級、スモールサンド!』」
鬼教官と化したエリア姫が、目を光らせながらスキルを乱発して来た。うひぃ!
「う、うおおおおおおおおおおおお!!!!!」
俺たちのスキル訓練は、日が落ちるまで続いた。
夜。晩御飯を食べ終わったあと、俺は自室でベッドに寝転がりながら、考え事をしていた。
この一日でスキルを習い、そこそこの量のスキルを習得し、いよいよもって異世界だなぁと実感している。しかし、ただ一つ。たった一つの点が、俺を現実へと引き戻す。
スキルの名前が、ダサい――。
確かにスモールファイアとかスモールウォーターなんかは魔法の名前としてはとてもポピュラーであり、とてもありがちである。実際なろうでも初級魔法なんかによく使われる名前だ。しかし、実際に口に出してみるとこれが途轍もなく間抜けな響きなのだ。ていうかちょっと恥ずかしい。勿論『手のひらからなたね油を出す能力』とは比べるまでも無いが……。
ちなみにそのエンシェントスキルは特に口を開かずとも出そうと思えば出せる。
ん? 待てよ? これ、もしかしたらスキルにも応用できるんじゃないか……?
そういえば訓練の途中から、エリア姫もなんか『~のなんとか等級~』とかの部分、端折ってた気がするぞ。ひょっとしてこの世界、スキルに関する設定はわりとあやふやなのか? もしかすると俺の考えはいけるかもしれない。光明が差した。
再び中庭。日はとうに落ちている為、辺りに人影は無く、灯りも僅かな蝋燭のみである。そんな漆黒の帳の中で、俺は半ば確信にも似た期待を胸に、手を宙にかざした。
「フッ……『炎よ、我が意に従い顕現せよ!! 揺火!!』」
果たして、それは出た。イチゴ大のスモールファイアが。
思った通りである。この世界のスキルは『呪文と魔法名を変えてもいける』。より強力なのも、多分同じ感じで出来るだろう。
やはりここは異世界だ。しかも、スキルとか言語の設定が、すべて『異世界だから』で解決出来るタイプの。そうじゃなかったら、この世界特有の事象である『スキル』がファイアとかウォーターみたいなちゃちな英語で翻訳されてる理由がつかない。そもそもスキルって言うのも英語だ。普通に無難な翻訳がされているなら、日本語で『炎!』とか『水!』とかになる筈だ。
「フフ……ついに俺が常に心臓の位置に忍ばせてる(胸ポケットに入れてる)、この禁断にして不可触なメモ帳が役に立つ時が来たな……」
興が乗った俺は暗い笑みを浮かべた。周りが暗いのでいつもより余計に暗い笑みだ。メモ帳を開くと、星の光に照らされて、びっしりと『摩訶鉢特摩』やら『形容する、鉄塊と。』など難解な漢字やら長ったらしい名称が書かれている。共通するのはカタカナ語が一切ない事だ。フフ、徹夜でスキルに名前を付けてやるぜ……。
要するに、好みとセンスの問題――。