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Third Stage -Round 1-

【一週間前――二〇一一年 四月末】


 その日、日本のとある空港に、一人の少女が姿を現した。

「ここが日本……」

 小さく呟かれたのは、英語。

 空港を出て景色を眺める彼女の脇を、老若男女がちらちらと気にしながら通り過ぎる。

 やがて少女は、ワインカラーの大きな旅行用スーツケースを引いて、歩き始めた。

「レッドのくに……」

 次に呟かれたその言葉は、日本語によるものだった。



【現在――二〇一一年 五月初頭】


「ふんッ! このッ! テメッ! このッ! ドゥオリャァッ!」

 ドスドスと、バシバシと、タンクトップに下着姿の雷華が、鬼のような表情と勢いで、サンドバッグにグローブを突き立てていた。

 天井から鎖で吊されたそれを殴るたび、鈍い打撃音と、鎖のジャラジャラという音が部屋に響き渡る。

 ここは、雷華が一人で住む分譲マンションの一室。彼女のトレーニングルームだ。

 そこまで広さはないが、壁の一部が鏡張りになっており、ダンベルを始めとする基本的なトレーニング器具が揃っている。

 道場やジムに通うことをやめてから、雷華はいつもこの部屋で武道――つまりケンカの練習に明け暮れていた。

 と言っても、現在進行形で彼女が行っているのは、厳密に言えば鍛錬などではない。

 ただの八つ当たりだ。

「あンのッ……レッドビッチがッ! こンのッ……チャイナビッチがッ!」

 目を血走らせながら、一言一言、鬼気迫る勢いで、親の敵であるかのようにサンドバッグを打ち抜いていく。

 女子とは思えないほど力強いその突きに、サンドバッグの揺れが段々と大きくなり――

「死んどけェッッ!」

 トドメと言わんばかりの特大スマッシュパンチをお見舞いした。

 雷華の身長ほど大きいサンドバッグが、大地と平行になる位置にまで打ち上げられる。ガシャンガシャンと豪快な振り子の運動が始まり、しばらく経ってようやく停止した。

「はァー……はァー……。チクショウ……」

 汗だくになった雷華は、マットの上にバタリと仰向けに倒れ、息を整える。

 この部屋には窓がないのでわかり辛いが、今は午前十一時頃。

 普段の彼女なら学校にいる時間だが、今日は行く必要がない。と言うより、学校から来るなと言われている。

 雷華は今、停学を喰らっているの身なのだ。

(ビネガ様の敵……とその中華マネージャーめ……。今度会ったら覚えとけよ……)

 レッドにセルⅣで負け、愛鈴にリアルファイトで負け、雷華は最終的にゲーセンで気絶させられた。そして、その間に店員が警察を呼んだらしく、目覚めた頃にはすっかりポリスたちに包囲されていた。

 病院で一応の検査などをした後に事情を聞かれ、学校に連絡が行き、もともと雷華たちに良い印象を抱いていなかった教師陣は、これに激怒。

 詳細は伝えていないものの、『十八歳以下の子供が夜十時以降にいてはいけないゲーセンでケンカ騒ぎを起こした』として、雷華たちは二週間の停学を言い渡された。

 そのため、雷華はここ数日家にこもりきりで、非常に不機嫌である。

 別に、自宅謹慎を律儀に貫いているわけではない。何をするにも元凶であるレッドと愛鈴の顔がちらついて、外に出たところでおもしろくもなんともないのだ。

(……汗くせェ)

 ようやくイライラを発散させた雷華は、グローブをその場に投げ捨て、脱衣所に移動して裸になり、熱いシャワーを浴びた。

 今の雷華は寝ている時と食べている時以外、こうやってイライラをサンドバッグにぶつけているのが大半だ。

 あるいは――

「ぬっふっふっふっふ」

 シャワーを浴びて再びタンクトップと下着の姿になった雷華が、自室で上機嫌に笑う。

 それは、普段邪悪な笑みばかり浮かべている彼女にしては、とても珍しい表情だった。まるで、好きなアーティストのCDを発売日に手に入れた、ごく普通の女の子のようだ。

 雷華は濡れた髪を左手のタオルでガシガシ拭きながら、右手で机の上のノートパソコンを操作する。

 ディスプレイ中央のインターネットブラウザで開かれているのは、世界規模の大型動画投稿サイト――ヨォチューブ(Yo!! Tube)のページ。

 雷華はそこで、格闘ゲームのプレイ動画――ではなく、とある格闘ゲームのプレイヤーに関する画像や映像を編集した、匿名投稿のMAD(マッド)ムービーを眺めていた。

 そのムービーのシリーズで扱われているのは、一人の格ゲープロプレイヤーの少女。

 今年の聖地祭セルⅣ部門で第二位に輝いた、アメリカ生まれの天才美少女格闘ゲーマー。

 リングネーム・ビネガビネガ(vinega-vinega)――通称、ビネガである。

(うーむ、やっぱかわいいよなァ……ビネガ様)

 本場の見事な金髪碧眼に、整った目鼻立ち。

 眠そうにも見える半眼がとてもキュートで、ボリュームのあるツインテールと相成って、なんともかわいらしい人形のような雰囲気を醸している。今年で十三歳を迎えるはずだが体躯は小さく、それが一層、見る者の父性や母性を刺激する。

 雷華はセルⅣにおけるビネガのプレイスタイルに憧れて、それを研究しているうちに、いつしかすっかりビネガ自身のファンになっていた。

 美音牙十字軍のボスの顔とはまったく違う、目尻を下げた喜色満面でビネガ(幼女)のムービーを鑑賞し続ける雷華。

(今の写真は持ってねぇな。あとで検索すっか……。むうッ、けしからん映像使いやがって……ミニスカートで階段降りるところなんか熱心に映すなっつーの……保存保存……)

 ちなみに――

 雷華が今いるこの部屋の壁や天井には、びっしりと。

 ありとあらゆる大きさの、ビネガのポスターが張られていた。

 おまけにどうやって作ったのか、布団カバーやシーツ、枕にまでも、ビネガのプリントがなされている。

「ふ、ふふふ……ぬっふっふっふっふ……」

 ビネガだらけの部屋で、ビネガの動画を見て不気味に笑う雷華。

 もし咲弥がこの光景を見たら、「ま、人には見つからないようにしろよ」と、どこか温かすぎる笑顔で優しく言われるだろう。

 みちえは「うわー……」と言葉を失い、愛鈴は「ひぃっ!?」と後ずさるだろう。

 そしてレッドは、身も蓋もなく「キモ」と言ってのけ、登録してあるビネガのアドレスを開き、『日本に来た時の要注意人物』というタイトルのメールを作り始めるだろう。

 だが、そんなことは関係ない。

 雷華は今、とても幸せだった。

 一時的とはいえ、レッドと愛鈴に負けた悔しさと怒りを忘れるぐらい、ビネガのかわいさに上機嫌になっていた。



「あァー爽快、爽快。お、いい天気じゃねぇか」

 動画を鑑賞し終えた雷華は、ニコニコ笑顔でリビングのガラスから外を眺めた。

 雷華の家はマンションの十五階フロアにあるため、とても見晴らしが良い。恋森の街を一望することができる。

 すっかり機嫌を良くした雷華は、窓際に立って腰に手を当て、がっはっはと意味もなく笑った。

(やっぱレッドビッチなんか比べものにならねぇぜ。ビネガ様いいよなァー……マジでかわいすぎだよなァー……)

 ふと、雷華の頭に疑問が浮かぶ。

(にしても、なんでレッドの野郎がこの街にいるんだ?)

 近々、何か大きな催し――プロ御用達の賞金付き大会が開かれる予定などは無かったはずだが。

 ひょっとしたら一緒にいた男――たしか咲弥とか言った――に関係があるのかもしれない。別にどうでもいいことなので、深くは考えないが。

(野郎じゃなくて、ビネガ様が来てくれりゃあいいのになァ)

 雷華の表情がまた緩み、ホケーッと間の抜けた笑顔になる。

 レッドはなぜか、あの咲弥という男にぞっこんだった。

 もし、自分もビネガ様にあれぐらい慕ってもらったら――


『雷華おねえちゃ~ん!』


「ってんなことあるわきゃねぇだろうがバカ野郎ッ♪」

 雷華は『キャー』などと言いながら、誰もいない空間に、一人でツッコミのコークスクリューブローを入れた。いよいよもって末期である。

 と、その時。

「あン?」

 窓から街を一望していた雷華の目が、何かを捉えた。

 視力が両目とも2.0を越えている雷華は、それの正体を確かめようと目を凝らし――

「……はァッ!?」

 住宅街の路上を歩く『彼女』を見つけ、思わず窓に張り付いた。

(う、嘘だろオイ!? なんでこんなとこに……あ、あ、見えなくなっちまった……)

 でも――

 ここからそんなに離れていない場所だった。

 今から急いで行けば、あるいは――

 そう考えた瞬間、雷華は体を翻して部屋に戻り、適当にシャツとスカートを身に着けてマンションを飛び出した。

 そして、走る。

 先ほど『彼女』を見つけたあたり――建売住宅が連立する居住区を、あちこち振り返りながらひたすら走り続ける。

 だが、そうやって十五分以上走っても、『彼女』を見つけることはできなかった。

(……へッ、そうだよな)

 きっと、見間違いだったのだろう。

 自分の住む街になど、いるはずがないのだ。

 だいたい『彼女』は、今週末にイギリスで行われる大会に出場するはずだ。

 それが、こんなところを一人でうろうろしているわけがない。

 なのに自分は動転して、舞い上がって、よく考えもせず家を飛び出して……。

(アホくさ。昼飯でも買って帰るか)

 住宅街の終わりにコンビニがある。

 雷華はそこを目指し、てくてくと道路の端を歩き始めた。

 と――

「大丈夫だって、オレらが手伝ってあげるからさ」

「捜してるのはどんな子ダイ? ミーたちの知り合いかもしれないゼ?」

「住所とか知らないのけ?」

 近道しようと角を曲がり、小さな路地に入ったところで、雷華は三人の男を目撃した。

 三人とも背が高く、そこそこ見られる顔立ちで、どうやら真ん中に誰かを囲って話をしているらしい。

 男たちが話しかけている人物はよく見えないが、表情と雰囲気から察するにナンパだろう。

(チッ……うぜェ)

 気晴らしに蹴散らしてやろうかとも思ったが、面倒なのでそのまま脇を通り過ぎる。

 男たちは雷華に気付かぬまま、中心の人物に話しかけ続けた。

「そう言わずにさぁ。……にしても、綺麗な金髪だよねぇ」

 ぴたりと、雷華の足が止まる。

 男たちから五メートルほど離れた地点で、背後を振り返らずに、耳だけを立てる。

「日本語もすごく上手だネ。どこで覚えたんダイ?」

「旅行中け? 今日はどのへんに泊まるんけ?」

 雷華は無言のまま振り返り、立ち位置を調整する。そして、男たちの隙間から、中心にいる『彼女』を目撃した。

(……ッッッ!?)

 ドクンと、雷華の心臓が高鳴った。と同時に、憧れの異性と目が合った瞬間のような、乙女チックな表情が自然と浮かび上がる。

 だが次の瞬間には、その顔にあからさまな怒気が滲み出た。『彼女』を囲む男たちの存在を思い出したのだ。

 雷華が見る限り、『彼女』は男たちに困っている。ちっとも自分の話を聞いてもらえずに、アンニュイな表情を浮かべている。

 雷華はためらわずに地を蹴った。

 そして、男たちの背後で一気に跳び上がり――

「死んどけカスゴミ粗チン野郎ッッ!」

 真ん中にいた男の頭部に、ためらうことなく強烈な空中回し蹴りをぶち込んだ。

「だっっ!?」

 蹴られた男は流星のような勢いで吹き飛び、しばらく路地を転がってから動かなくなった。

「……え!? え!? な、なんダイきみ!?」

「今なにが起こったのけ!?」

 隣の仲間がいきなり吹き飛んで、代わりに知らない女子がシュタッっと現れたことに、男たちはかなり驚いていた。

 地面に手を突いた着地の体勢で、雷華がギラリと顔を上げる。

 刹那、垂直に体を跳ねさせ――

「ゼロフレームで死ねッ!」

「ノォォッ!?」「けぇぇっ!?」

 両足を左右同時に突き出して、一八〇度近く開脚しながらのダブルキックを放ち、二人の男を昏倒させた。

「ケッ! 三下どもが!」

 軽やかに着地した雷華は、地面に転がった三人の男たちを睨み付けた。

 だが、直後に『彼女』のことを思い出し、居住まいを改める。

 そして、ちょっともじもじしながら、勇気を出して話しかけた。

「あ、あの……大丈夫、でした、か?」

 雷華のその問いに――

 『彼女』はまず、感想を呟いた。


「……あめいじんぐ。ヒョウガのごとし……」


 砂金を零したように煌めく至高のツインテール。

 雷華の動きと吹き飛んだ男たちに驚いて目を見開いたのは、数秒のこと。今はもう、どこか眠そうないつもの半眼に戻っている。

 白く透き通るような肌と、すらりとした可憐な手足。

 迷彩柄のタイトなパンツに、スパンコール付きの黒いキャミソール。シックなレースアップサンダル。

 それはまるで、近所を散歩するかのごとくラフな格好だった。しかし、脇に存在するワインカラーの特大旅行用スーツケースが、如実に物語っている。

 彼女――ビネガ・ビネガ(vinega-vinega)が、日本を訪れた異国のビジターであることを。

(ほ、本物だ……。本物のビネガ様だ……)

 雷華は何度も目を瞬かせたが、それは夢でも幻でもなく、実体を持った本物のビネガだった。

 毎日、穴が空くほど写真や映像を眺めているのだ。

 これが見間違いや勘違いだったなら切腹してもいい、と断言できるほど、雷華の心は確信で満たされていた。

 そして実際、それは本物のビネガである。

 今年の聖地祭セルⅣ部門で第二位に輝いた、アメリカ生まれの天才美少女格闘ゲーマー。

 まごうことなきビネガが今、雷華の目の前に存在しているのだ。

(やややややばい……心臓が……心臓が……。つーかなんでだ!? なんでこんなところにビネガ様が!? や、やっぱ、レッドの野郎が関係してんのか!?)

 心の準備などまったくできていなかった雷華は、いとも簡単に動揺した。普段の彼女からは想像もつかない様子だ。

「ユー」

「ひゃ、ひゃい!?」

 ビネガに声をかけられて、雷華はビクリと直立不動になった。

 幼女(十三歳)に気をつけする女子高生(十七歳)の図である。

「このひとたち、みゃくある? ない?」

「み、みゃく? ……ああ、脈! いや、殺しちゃいねぇッスよ」

 雷華はビネガのどこかおかしい日本語を聞き取って、なんとか会話をこなす。

「しばらくすりゃ起きると思います、ハイ」

「オー、みねうちか。つまりユーは、たつじんにしかみえない」

 半眼のまま、ぱちぱちと拍手をするビネガ。

 雷華はそれに、「ど、どもッス」とどもりながら照れた。

「それにしても、さすがはさむらいのくに。はたしあいていどはさんじのおやつか」

「い、いや、別にそういうわけじゃねぇッスけど……」

「むむ? ならユーは、ただでせっしゃをたすけてくれた? ひとだすけがしゅみのおひとよしか?」

「趣味っつーか、ビネガ様がウザそうにしてたんで思わず……」

「ありがたや。せっしゃ、たいそうこまりはてていた」

 ビネガは「なむなむ」と言いながら、手を擦り合わせて雷華にお辞儀をした。

「このひとたちがさがすのをじゃましてぷんぷん。しゅくせいがひつようだった」

「探すのを、邪魔? 何を探してたんです?」

「オーそうだ。ユーごぞんじか?」

 そして、少女は言った。

「このまちに、レッドというなまえのおなごがおるはず」

「レッド……!」

 やはり、と雷華は思う。

 どうやらこの町で、何かが起きているらしい。

 そうでなければ、今をときめく格ゲープロプレイヤーが二人も姿を見せたりしない。

「むむ? そのはんのうはなにかしっているな? かくしてもむだだぞ? かばいだてするならようしゃはせぬ」

 どこか気の抜けてしまいそうな口調とは裏腹に、ビネガの目は真剣だった。

「いや、隠さねぇッスよ。奴とはつい先日、一悶着ありやしてね」

「しっているのか!?」

「おわッ!?」

 目を見開いたビネガが、急に雷華に飛びついた。ほとんど抱きついたと言ってもいいその体勢に、雷華の顔がカァーッと赤くなっていく。

「ビネガ様近い! 近いッス!」

「やつはいまどこぞ!? どこであぶらをうっているのだ!?」

 雷華の胴にしがみついて、顔を寄せながら問い詰めるビネガ。

「や! アタシもわかりません! ただちょっと前に、レッドとそのマネージャーに一杯食わされただけなんスよ!」

 雷華は軽く目を回しながらも、どうにかそれだけ答える。

「むむ、そうか。だが、やはりレッドはこのまちに……」

「ハァ……ハァ……」

 憧れのビネガに密着された雷華は、すっかり茹で上がっていた。なんとか気力で立っているだけの状態である。

(ひ、控えめでかわいらしい胸の感触がァァァ……ってナニ考えてんだアタシは! ひーん、そっちのケはねーはずなのによゥ! ロリで百合とかもう……人間じゃねェ!)

 雷華の混乱ゲージが溜まっていく。

 が、それがマックスに到達して錯乱状態に陥る直前で、ビネガは雷華から体を離した。

「は、はふゥ~……」

「じょうほうのていきょうにかんしゃする。うなぎでもごちそうしたいところだが、せっしゃはゆかねばならぬ」

「あ、あの、どこへ?」

「レッドのいるばしょへ」

 ビネガはスーツケースの取っ手を握りながら、寂しそうな表情を浮かべて言う。

「レッドは、せっしゃにだまっていってしまった。『やくそくのため』とかいってたけど、そんなのせっしゃはみとめない。レッドはアメリカにいるべきなのに……」

「ビネガ様……」

 雷華は消沈したビネガに、なんと言葉をかけていいのかわからなかった。

 事情はよくわからない。だが、自分がなんとかしてあげたいという思いだけは、強く溢れてくる。

(……そうだ!)

 雷華はグッと拳を握り、ビネガに言った。

「アタシ、手伝います」

「わっつ?」

「レッドの野郎を捜すの、手伝わせてください」

「オー、ユー……だがそれは……」

 ビネガがどこか申し訳なさそうな表情を浮かべたが、雷華はそれを片手で制した。

「気にしねぇでくださいよ! ビネガ様のためならなんでもやるッス! それに、アタシら美音牙十字軍(ビネガクルセイダーズ)にかかればレッドの一人や二人、ちょろいもんスよ!」

「びねが、くるせいだーず?」

「あ、いや……は、はははッ! ちょっと待っててください!」

 雷華は小首を傾げるビネガに背を向け、ケータイで部下(舎弟)の一人――友次郎(ともじろう)を呼び出した。

「おゥ、アタシだ。……ああ、全員集めろ。……いや、ちょいと人捜しをな。……レッドだ、レッドの野郎だよ。……仕返しってわけじゃねぇ。ただ、奴に会いてぇって人がいるんだよ。……ああ、詳しくはその時にな」

 通話を終えた雷華は、笑顔でビネガに向き直る。

「話がまとまりやしたぜ。アタシの仲間たちが、全力でレッドの野郎を捜します。ま、五人しかいねぇっスけど、しらみ潰しに捜しゃあ、すぐに見つかるはずっス」

「ほ、ほんとうか?」

「ええ。とりあえず、このあと集まることになりやした。……良かったら、顔出してもらえませんか? そしたらあいつらもやる気が出て、血眼で捜してくれると思うんスけど」

「あ、ありがたや……さんきゅーそうまっち」

「や、そんな!」

 また「なむなむ」と深々頭を下げるビネガに、雷華は慌てて腰を低くした。

「顔上げてください! アタシはただ、手伝えることをやらせてもらうだけッス!」

「……ユー、なんでやさしい?」

「え?」

「ユーとせっしゃ、いまあったばかり。なのに、どうしてあまやかす? ……せっしゃ、あとでどっかにうられるか?」

「う、売りませんよ! むしろ買いた――あ、いや、そうじゃなくて!」

「?」

 自爆して大慌てする雷華に、ビネガが小首を傾げる。

「ただ、あの、その……」

 雷華は内股になって、自分より年下の少女にもじもじ、もじもじ……。両手の人差し指なんかもつんつん突き合わせている。

 先ほど勇ましく命令していた美音牙十字軍のボスとは、到底思えない。部下たちにはとても見せられない姿だ。

 雷華は顔を赤くして、ビネガから目を逸らしつつ、小さな声で言った。

「アタシ、セルⅣやってて……前からビネガ様のファンで……」

「オー、そうなのか! そういえばユー、せっしゃのなまえしってるな! じゃあ、ユーもファイティングゲーマーか!」

「は、はい……一応」

 やはり格ゲーは好きなのか、ハイテンションになるビネガ。いつもの半眼も、心なしか多めに開いているように見える。

「ならはなしははやい! せっしゃがにほんにきたのは、レッドをみつけだし、レッドをたぶらかすあくのゲーマーからすくいだすためだ!」

「悪のゲーマー?」

「そう!」

 ビネガは腕を組んで、あからさまに不機嫌な表情を浮かべつつ、言った。

「そのおとこ、なを『サクヤ・オトナミ』という」

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 最近、小説はあまり書いておりませんが、よろしければ「妻と私とネズミ(https://tsu-wa-ne.com)」にお越しください。

 始めたばかりのブログですが、どうぞよろしくお願いいたします。

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