Fourth Stage -Round 3-
高ぶっている。これ以上なく。
世界を前進する感覚に。
座っていても感じられる疾走感に。
(――なんてな。ははっ、詩人かよ)
しかし、言い訳のしようがない。感じていることをありのままに表現したら、そうなったのだから。
《KOォォォゥッッ!》
カトラの突きが敵の腹部を捉え、昏倒させる。
《KOォォォゥッッ!》
強烈な後ろ上段回し蹴りが空中の敵を薙ぎ、意識を刈り取る。
(来た……。《黄金色の時》で起こす強制的なものでない、本物の集中が)
まるで、カトラと一体化したかのよう。
頬を撫でる風と、纏った胴着の感触。
敵に打ち込む拳の衝撃や、蹴りの反動。
咲弥は今、それらのすべてをカトラと共に享受していた。
(もっと濃く、濃く……以下同文……以下同文……。まだだ。まだ融合できる)
《KOォォォゥッッ!》
カトラの拳が――
《KOォォォゥッッ!》
否、咲弥の拳が敵を穿つ。
(音ゲーと空手の経験が活きてる)
テンポを測り、リズムに乗って、敵の呼吸を読み、適切なタイミングで、最良の行動を。
それが今、こうやって自然にできているのは、過去に培った技の成果。
《KOォォォゥッッ!》
(無駄なことなんて、一つも無かった)
レッドの言った通り、悲観的になる必要などこれっぽっちもなかった。
(俺は、やれる)
《KOォォォゥッッ!》
(この世界で、このカトラで、充分やっていける)
《KOォォォゥッッ!》
(レッドのパートナーとして、また聖地祭の舞台に立てる!)
《KOォォォゥッッ!》
「くそぅ、なんで勝てないんだ……」
「このカトラめちゃくちゃ立ち回りうまいなー」
「牽制とか差し込みとか対空だけでKOされた……」
「コンボまったくやらないね。手加減してるのか?」
筐体越しに、複数の男性の話し声が聞こえてくる。
だが、そのほとんどは、集中した咲弥の耳に届いていなかった。
《KOォォォゥッッ!》
そしてまた一つ、白星が積み上げられる。
乱入の嵐が収まったのは、しばらく時間が経ってからだった。
「落ち着いたみたいだね~」
「……ん? ああ。そうだな」
禅時から声をかけられて、咲弥は我に返った。
ふと気がつけば、十九連勝。
実に一時間以上もの間、咲弥は集中して対戦に臨んでいた。
(あっという間だったな……。だが、実戦はいい。いろいろと勉強になった)
一人プレイ用のCPU戦が始まり、咲弥は敵を攻撃しながら、今日の対戦を振り返る。
「十九連勝――なかなかだわ」
「そりゃどうも」
褒めるレッドも、褒められる咲弥も、どことなく嬉しそうだ。
「と言っても、それは、このゲーセンのレベルだからこそ成し得た連勝よ」
「わかってる。勉強こそさせてもらったが、あんまりうまいやつはいなかった」
「理解してるなら結構。……じゃ、人がいないうちにさっさとクリアしちゃいなさい。次の店に行くわよ」
「次の店?」
「ええ。ここよりもう少しレベルの高い――」
と、レッドが言いかけた瞬間。
《A new warrior has entered the ring!!》
「あはは~、また誰か入って来ちゃったね~」
新たな乱入者が現れた。
「さっきの人たちは帰ったみたいだから……まったく別の人ね。油断しないように」
「了解」
咲弥はカトラのウルコンを選び直し――
Hyoga【王龍拳】 vs Katora【滅・波號拳】
このカードで対戦が始まる。
ステージは、背景にマグマの河が流れる火山ステージ。
溶岩の赤光と圧倒的な熱気に包まれながら、二人の戦士が今、対峙する。
(ヒョウガか。さっきまでいたやつらは使ってこなかったな)
やはり、相手は未知の闖入者であるらしい。
(だが、問題ない。全キャラ使えるレッドのおかげで、ヒョウガ戦だってそれなりの数はこなせてる)
先ほどまでと同じように落ち着いて立ち回れば、なんとかなるだろう。
(気になるのは、俺の集中が切れちまってることだ。さっきまでみたいに、ノリノリってわけにはいかないだろうな)
ロード時間が終わり、画面上に構えを取ったヒョウガとカトラが現れる。
咲弥はちらりと、画面右上の連勝数――《Win 19》を見た。
(そうだ。急に自然集中するのは無理だが……)
それは、他愛ない願掛け。
ふと思いついた、おまじないのようなもの。
(もし、この相手を倒して二十連勝できたら、俺は格ゲーのプロになれる。レッドと一緒に聖地祭の舞台に行ける。……よし、こう思ってやる気を出そう。つまらない負け方なんてしたくないからな)
自分で自分の背中を押そうとして。
隣にいる、レッドの期待に応えたくて。
これに勝てたらと、咲弥はそう願った。
やがて――
ある意味、プロと聖地祭への復帰が懸かった、彼にとって重大な試合がスタートする。
(俺は、絶対にプロゲーマーになる。レッドと聖地祭に行く。こんなところで負けてる暇なんてないんだ。……いや、負けるかよ!)
《ラウンド1……ファイッ!》
曇りのない目で、純粋な瞳で、咲弥は前を見た。
その手で未来を掴み取るために。
(行くぞ!)
《ラウンド1……ファイッ!》
戦いが始まった時――
「……ふ」
筐体の向こう側で、レバーを握る『彼女』は口元を歪めていた。
「あれ~?」
試合が始まって、数十秒。
禅時が怪訝な様子で疑問を口にする。
「この人、ちっとも動かないね~」
禅時の言うとおり、敵のヒョウガは咲弥の黒カトラに対し、まったく何も仕掛けない。
小刻みに前後して中距離を保ちながら、牽制の屈中Pや屈中Kを振るカトラを、ひたすら静観し続けている。
(これまでの相手みたいに、すぐ跳んできたりしない……)
「強いわね」
咲弥とレッドは、同じ結論に達していた。
(だが、本当に強いかどうかはまだわからない。少し危険だが、こっちから仕掛けてみよう)
「あ、咲弥がちょっとずつ近づいていくよ~」
咲弥はジリジリとカトラを前進させ、微妙に間合いを縮めていった。
対するヒョウガは、特に後退したりせず、咲弥の接近を許している。
(まだ攻撃してこないのか? ヒョウガの足技ならもう届く距離のはずだが……。警戒してるのか? それとも完全に様子見を?)
カトラよりもリーチの長い技を備えるヒョウガだが、一向に動く気配がない。
(なら、こっちから行くぞ!)
と、咲弥がカトラを前進させるために↓を入れた、その瞬間。
ヒョウガがすばやくその場にしゃがみ――
『ぐっ!?』
(おっと!)
姿勢の低い下段蹴り――屈中Kでカトラを迎撃した。
咲弥は一旦カトラを下がらせ、再び中距離で敵を観察する。
(タイミングが悪かったな。前進と牽制技がかち合っちまった。だが、今のはただの不運)
中足が一発当たっただけでは、咲弥の戦意は削がれない。
(怯むもんか)
咲弥は再び前進して圧力をかけ、ヒョウガの隙を誘うため、↓を入力し――
『ぐはぁっ!?』
(!?)
刺さっていた。
ヒョウガが放った回転しながらのミドルキック――遠強Kが。カトラの前進を阻むバリアであるかのように、薙ぎ払われていた。
(不運……なんかじゃない! こいつは俺の動きに反応して技を放ってる!)
だが、それで揺らぐ咲弥ではなかった。
(リーチの長い技を置いてくれるなら、それに対処するまでだ!)
咲弥はこれまで通り中距離を保ち、隙を見て前進を企むふりをしつつ――
『波號拳!』
ヒョウガの牽制を潰すために、弾速の速い強波號を放った。
が――いない。
気弾の射出された場所に、ヒョウガの姿がない。
(なにっ!?)
ヒョウガは波號拳を、前にジャンプして飛び越えていた。
そのまま空中で回転しつつ、思い切り拳を振り下ろして――
『おりゃっ!』
『ぐはぁっ!?』
カトラを殴りつけながら、着地。
続けざまに強烈な回し蹴りを打ち込んで、→↘↓+強K。
『竜巻旋空脚!』
『ぐ――ぐ――ぐ――ぐ――ぐはぁっ!?』
まともに悲鳴を上げる間も与えぬまま、竜巻による華麗な蹴りのラッシュを見舞った。
《7 hit Combo!!》
しかも、まだヒョウガの攻めは終わらない。
連続で蹴りを叩き込んだあと、ヒョウガはカトラの目の前に、ほぼ密着状態で着地する。
(ヒョウガの竜巻はカトラのと違ってダウンしない! ここは読み合いだ!)
ヒョウガの強竜巻は、相手に当てて1フレーム不利――つまり今は、カトラが1フレーム有利な状態である。
咲弥は咄嗟に弱P+弱Kを押して、投げを選択した。
相手が小パンなどによる固めを企んでいたらそのまま投げられるし、投げを狙っていたならグラップすることができるという、安定の行動。
だが、ヒョウガは――
『豪龍拳!』
『ぐ――ぐ――ぐはぁっ!?』
(な……!?)
出始めに無敵時間のある豪龍拳で、カトラに炎のアッパーを見舞いつつ、豪快に吹き飛ばした。
(豪龍!? 俺がガードを固めてたら大きな隙ができるのに……。投げを読んでたのか!?)
それ以外に考えられない。
咲弥カトラはすぐに立ち上がるものの、既に画面端に追い詰められている。
ヒョウガは最初の静けさが嘘のように、リーチの長い各種蹴りや波號拳を駆使し、画面端でカトラを固め続けた。
(技の撒き方がうまい! こっちが手出ししたらカウンターヒットをもらっちまう!)
こちらが殴った時は殴っていなくて、逆に殴り返される。
おとなしくしていたら、さらに殴り続けられる。
一見理不尽なようだが、緻密な計算と読みの上にしか成り立たない秀逸な攻め。
これはまるで――
(レッドを相手にしてるみたいだ!)
ひたすらガードに徹しながら、咲弥はようやく敵の強さを認識した。
もし、咲弥がレッドにアドバイスされた通り、この敵も『レッドだと思って』戦っていたなら、また違った展開になっていたのかもしれない。
しかし咲弥は、最初の助言をすっかり忘れていた。
先ほどの連勝中のイメージを継続させ、心のどこかでは、この相手も自分より弱いに違いないと考えてしまっていた。
その認識の齟齬に気付き、動揺が生まれる。
生まれた動揺は、焦燥へと成長する。
成長した焦燥は――
《KOォォォゥッッ!》
『ぐあァァァッッ!?』
いともあっけなく、咲弥を殺す。
「うわ~……。なんかすごくない? すごい強くない?」
咲弥が1ラウンド取得されて落ち着かないのか、禅時は画面とレッドを交互に見る。
だが、レッドは妙に真剣な表情で画面を眺めるだけだ。
いや――
彼女の視線は、いとも簡単に咲弥カトラを倒した敵――ヒョウガに向けられていた。
「中足からかかとフェイント、小足、中足、またかかと……」
「レッドちゃん?」
「挑発的と言えるほどの中段フェイントの多用……リスクとリターンが合っていない場面で豪龍をかましてくる度胸……」
「お~い?」
「似ている……『彼女』の動画を見て勉強した? いや、ここまでタイミングが一致することなんて……。でも、まさかそんな……」
「?」
レッドは鋭い眼差しをヒョウガに向け、何かを呟き続けている。が、禅時には理解できない。
《ラウンド2……ファイッ!》
画面では、カトラとヒョウガが再び五分の状況で対峙していた。
(敵の強さはわかった。今度はこっちだってそのつもりで戦う!)
もう後がない咲弥は、横二、三キャラ分の間合いを保ち、慎重に技を放っていく。
だが――
『ぐっ!?』『ぐはぁっ!?』
(よ、読まれてる……。俺の動きが、完璧に……)
ぎりぎりのところでカトラの拳を、蹴りを見切り――
それらを躱した瞬間に、すかさず反撃を通してくる。
まるで本物の武術の達人だ。
(くそっ!)
ならば、その差し返しを逆に読んで潰す。
そうして不意を突いた波號を放つと――
(な……!? また!?)
ヒョウガは跳んでいる。
咲弥のカトラが波號を撃った瞬間だけ。
(これじゃまるで、ほんとにレッド――)
『ぐはぁっ!?』『ぐはぁっ!?』
『ぐ――ぐ――ぐ――ぐ――ぐはぁっ!?』
『ぐはぁっ!?』『ぐっ!?』『ぐはぁっ!?』
『ぐ――ぐ――ぐはぁっ!?』
一方的だった。
咲弥が何をやっても、どう動いても、敵のヒョウガはひらりと躱し、潰し、追撃し、反撃の隙などまるで見えてこない。
ただひたすら、カトラが嬲られ続けている。
「……」
禅時はもう、言葉を失っていた。
「この動き、やはり……」
レッドは敵のヒョウガに鋭い視線を送り、厳しい表情を浮かべていた。
そして――
防戦一方となってしまった咲弥の額には、汗が浮かんでいる。
カトラの体力はもう、残り一〇〇も無い。
(何か……何か手は……!)
もし自分が物語の主人公だったなら、と咲弥は思う。
絶対に何か逆転の手が残されていて、自分は最後まで諦めずに戦い抜いて、瀕死の状態から見事に勝利をもぎ取るのだろう。
だが、現実はそう甘くない。
『ふっ!』
(しまった!?)
咲弥のカトラが、ヒョウガの中足をガードする。
ガード、してしまう。
それはなんのことない通常技で、なんのことない下段の蹴りだったが……。
(ヒョウガの中足はカトラと同じで必殺技キャンセル可能!)
案の定、ヒョウガは中足のモーションをキャンセルし、丹田の前で両掌を構え――
『波號拳!』
気弾を放ってカトラにガードさせる。
と、その瞬間。
『いくぜぇっ!』
(くっ……!)
画面が暗転し、波號拳の動作を中断したヒョウガの体に『キィィンッ!』と稲妻のエフェクトが走る。
ヒョウガは地面すれすれに拳を構え、下からすくい上げるようにして、唱えた。
『豪龍裂破ぁっ!』
多段ヒットする豪龍拳を連続で放つ、彼のスパコンの名を。
咲弥のカトラは、もちろんこのラッシュをしっかりとガードしている。
だが、咲弥は既に知っていた。
《KOォォォゥッッ!》
『ぐあァァァッッ!?』
自分の負けが、確定しているという事実を。
(波號拳はスパコンキャンセル可能。波號と豪龍裂破の削りダメージに耐えるだけの体力は、残されていなかった……)
吹き飛ばされたカトラは、背中から地面に落ちて動かなくなる。
その傍に、ヒョウガが悠然と着地した。
決着。
プレイヤー不明のヒョウガVS咲弥カトラ戦は、咲弥の負けで終了したのだ。
「くっ……」
ゲームオーバーの文字が表示され、咲弥は席を立つ。
「咲弥、はい」
「……すまん」
禅時から杖を受け取ったところで、画面上にヒョウガの勝利メッセージが現れる。
が、咲弥はそれを見ていなかった。
ひたすら今の試合のことを考えていた。
(くそ……何が悪かった? いや、悪かったというより、読まれてた。俺の行動が全部、筒抜けだ)
ならば、なぜ筒抜けになってしまったというのか?
「おそらく相手は、何戦か咲弥のバトルを見ていたはず」
「!」
咲弥が振り返ると、レッドは壁際で瞑目して腕を組んでいた。
「知らない者同士がぶつかって、あそこまで完璧な試合運びになることは、そう無い。とするならば、答えは単純。ヒョウガを操ったプレイヤーは、パーフェクトゲームを展開するための材料を、事前に集めていたのよ」
「材料~? それってつまり、咲弥の動きを見て、対策を立ててたってこと~?」
「そう。咲弥はさっき、雑兵相手に二十戦近く……およそ四十ものラウンドを戦っていた。中級以上のプレイヤーなら、そのうち何試合かを見て、咲弥の癖を見抜いたり、咲弥に効率的な立ち回りを探ることも可能なはず」
(な、なるほど)
理屈はわかった。
対戦中、何をやってもダメなような感覚に囚われたのは、そういうことだったのだ。
しかし――
(中級以上のプレイヤーなら可能、か……)
本当にそうなのだろうか?
いや、レッドが格ゲーに関して嘘を言うことはありえない。
だが、咲弥はそれを、信じたくないと思っていた。
(俺はさっき、本気でレッドクラスのやつが相手だと考えてた。だが、中級プレイヤーでもさっきの動きは可能だって? 俺が初級だとして、一つ段階が違うだけで、いとも簡単にあんな立ち回りをされちまうってのか?)
だとしたら、それは――遠い。
なんて遠いのだろう。
自分が本当に強くなるためには、あと何年かかるのだろう。
(さっき連勝してた時は、無敵になった気分だったのに……)
何も心配することなどなかったし、何をしても大丈夫だという不思議な確信があった。
しかしそれは、虚構?
自分の格ゲーセンスは、まだまだどころか、さっぱり磨かれていなかった?
――もしこの相手を倒して二十連勝できたら、格ゲーのプロになれる。レッドと一緒に、聖地祭の舞台に行ける――
(!)
咲弥はふと、今の対戦の前に考えていたことを思い出した。
それは、他愛ない願掛け。
ふと思いついた、おまじないのようなもの。
自分で自分の背中を押そうとして。
隣にいる、レッドの期待に応えたくて。
これに勝てたらと、咲弥はそう願った。
だが――
ある意味、プロと聖地祭への復帰が懸かった、彼にとって重大なその試合は――
あまりにも無残な、敗北という結果に終わってしまった。
(違う、俺は……なる。格ゲーのプロになる。聖地祭にも行く)
そう思いながらも、考えてしまう。
果たして本当に、自分はプロゲーマーになれるのか?
再び聖地祭に行くことなど、できるのか?
(落ち着け、焦るな。一敗しただけだ。レッドは俺のことを、しっかり褒めてくれたじゃないか。成長速度が速いって。さすが聖地祭の元チャンピオンだって)
しかし、またしてもネガティブな考えが浮かんできてしまう。
心の中にいるもう一人の自分が、咲弥を俯瞰しながら言う。
――レッドがそう言ったのは、おまえを気遣ってのことなんじゃないか?
(違う! レッドは格ゲーに関して嘘を言わない!)
――だがおまえは、レッドにとっての救世主だった人物だ。そういう相手に対する敬いが、無意識のうちに判断を甘くして、優しい嘘となっている可能性はないか?
(レッドがそんなことするか! あいつは――)
――私は、咲弥――Sakuyaという名の一人のプレイヤーに、心底惚れ込んでいる。その才能と潜在能力は、他の誰をも圧倒する。彼を傷つける者を、私は絶対に許さない――
(そうだ、あいつは……)
自分に惚れ込んでいる。
かつてSakuyaとして築いた栄光の時を、まだ信じてくれている。
怒りで我を失って、誰かを殴ってしまうぐらいに。
(……百パーセントって、言えるか?)
レッドが自分を過大評価していない可能性は。
本当に、まったく、これっぽっちも無いと、言えるだろうか?
少なくとも、言えない。
今の咲弥には、断言することができない。
(なら、俺は……)
果たして本当に、格ゲーでプロを目指せるのだろうか?
レッドと聖地祭の舞台に立つことなど、できるのだろうか?
「咲弥……咲弥!」
「!」
レッドの声に、咲弥は我に返った。
隣を見ると、レッドがやれやれと首を振っている。禅時は心配そうな表情だ。
どうやら考えに没頭して、二人を無視してしまったらしい。
「放心しちゃって……そんなに悔しかった?」
「ん、まあ、な」
確かに悔しさも感じたが、本当は別のことを考えていた、とは言えない。
「どんまいだよ~咲弥。まだ一回負けただけじゃん」
「ああ」
画面に視線をやると、ちょうどゲームオーバーの表示が消えて、再びPVが流れ出すところだった。
それを眺め続ける咲弥に、レッドが声をかけた。
「再戦する? このあとは移動する予定だったけど、別にどっちでもいいわよ」
「そうだな……。じゃあ、悪いがもう少しここにいさせてくれ。負けっ放しで終わるのは嫌だ」
「その意気よ」
咲弥の答えを聞いて、レッドはどこかほっとしたような様子だ。
おそらく、咲弥の精神的なダメージを感じて、自信を消失していないか心配したのだろう。
それで、再戦を希望する咲弥の声を聞き、心が折れたわけではなかった、と安堵の表情を浮かべたのだ。
しかし――
今の咲弥の胸に渦巻くのは、圧倒的な不安。
負けて悔しいからもう一度挑みたい、というわけではなく、このままでいるのがただただ落ち着かないだけ。
悔しさをバネにして跳ね上がろうという、前向きな心構えから生じた再戦ではなく――
どうすればいいのか、何を考えればいいのかわからないからこそ辿り着いた、戦い続けるという決断だった。
(このままじゃダメだ。こんなんじゃ、俺は聖地祭になんか――)
そればかりを考えてしまっていて。
咲弥の胸中には、敵のヒョウガに対する策などなくて。
それでもとりあえず、百円玉を取り出して、筐体に投入しようとする。
このままでは、結果などわかりきっているのに。
このままでは、あとで余計に心を沈ませるだけだというのに。
このままでは――
「なんどやってもむだだぞ」
「!?」
その通り。
だがその真理を唱えたのは、レッドでも、禅時でも、ましてや咲弥でもない。
皆が振り返った、その先には――
「ユーではかてない。そうとしかかんがえられない」
砂金を零したように煌めく至高のツインテール。
咲弥を見つめるのは、半開きになったどこか眠たそうな目。
白く透き通るような肌と、すらりとした可憐な手足。迷彩柄のタイトなパンツに、スパンコールの付いた黒いキャミソール。シックなレースアップサンダル。
「? ……あ~!? この子ってもしかして~!?」
筐体の脇から現れた少女の姿を見て、禅時が驚いたように声を上げる。
そう、彼はこの少女を知っていた。咲弥に感化されてセルⅣというゲームを調べているうちに、自然と耳に入ってきたのだ。
それに、ヨォチューブには『彼女』の動画がいくらでも転がっている。
「小学生でプロゲーマーになって、こないだ聖地祭でセルⅣの二位になった……。でもなんでこんなところに?」
意外すぎる人物の出現に、禅時はあわあわしていた。
レッドは腕組みをしたままで、まったく動じていない。
「おまえは……」
咲弥は怪訝な表情を浮かべつつも、少女に視線を返す。
だいぶ身長差のある二人が、真正面から見つめ合う形となった。
「おまえは……」
「どうした? おどろいてこえもでないか? そうだろう、せっしゃはゆうめいプレイヤーだからな。びっくりしすぎて、ぎっくりごしになってしまうのもしょうがない」
ふふん、と小馬鹿にしたように、少女は笑う。
が――
「おまえは……誰だ?」
咲弥以外の全員が、停止した。
そして、誰もが無言のまま、微妙に居心地の悪い空気が漂う。
咲弥は少女――ビネガ・ビネガのことを、知らなかったのだ。正確には、その容姿を。
「咲弥~、知らないの~? セルⅣの世界第二位だよ~?」
「なにっ!? ってことは、こいつビネガか!?」
禅時に言われ、咲弥は思い出す。
(そういえば前に、アメリカの天才中学生プロゲーマーってタイトルでニュースになってたような……。あの金髪のちびっ子が、こいつだってのか?)
咲弥は改めてビネガを見る。
自分を知らなかったのが気に入らないのか、ビネガは咲弥にむすっとした顔を向けていた。
(不機嫌にさせたかな。しかしまぁ……)
こうやって見ている分には、かわいらしい容姿の女の子だ。
だがこの子は、ただの少女などではない。
レッドにライバルと認めさせるほどの実力を持つ、正真正銘のプロ格闘ゲーマー。
今年の聖地祭でレッドより上の二位に輝いた、天才中学生プレイヤーなのだ。
(あのレッドが、本気を出して負けることもある相手……)
と、ここまで考えて、咲弥は思う。
(そんなやつが、どうしてこんなところに?)
自分と一緒に活動してくれる、格ゲーのパートナーを探しに来たわけでもあるまい。
咲弥はそのことを聞いてみようと、口を開こうとして――
「ユー」
「?」
いきなりビネガが一歩踏み込んで、咲弥の鼻先にびしりと人差し指を突きつけた。
そして、言う。
「よわい」
「な……!?」
「ユーはよわい。さいのうがない。せんすがない。ファイティングゲームにむいていない」
「……」
最初はただただ驚いていた咲弥だが、飛び出してきたのはあまりにも無遠慮な語群。
いくら相手がセルⅣ第二位でも、小さな子供でも、カチンとこずにはいられない。さっきの一敗でネガティブな思考に陥っていた咲弥は、焦りから生じるイライラを止められなかった。
「おまえ、いい加減に――」
しかし。
咲弥の反論は、最後まで放たれなかった。
「ユーは、レッドのパートナーにふさわしくない」
「!」
その言葉が――
「ユーといたら、レッドはだめになってしまう。レッドのあしをひっぱるのはやめろ」
咲弥の心を、深く抉ったから。
(俺といたら、レッドはダメになる? 俺は、レッドの相方にふさわしくない?)
ビネガはいつの間にか表情を変えて、咲弥を睨み付けていた。
子供とは思えぬほどの、怒りに満ちた鋭い眼差し。
咲弥は無意識のうちに、一歩、後退する。
ビネガの内に秘められた、感情の圧力に負けて。
「レッドのパートナーにふさわしいのは――」
ビネガは言う。
後ろに下がった咲弥を追いかけるように、足を前に出しながら。
「このせっしゃ――」
「誰が私のパートナーにふさわしいかなんて」
一際力強く放たれた、その言葉。
皆、壁際に視線をやる。
そこには腕を組んで瞑目する、レッドの姿があった。
「そんなの私が決めること。違うかしら?」
レッドもまた、鋭利な視線をビネガに向ける。
ビネガは一瞬だけ「う……」とたじろいだものの、すぐに厳しい表情を再構築した。
「久しぶり、ビーネ。何しに来たの――って、決まってるわよね」
「そうだ。きまっている」
「まさかこんなところにまで訪ねてくるなんて……。アメリカにはしばらく行かないわよ。私は今、弟子の育成に忙しいの。ちゃんとメールしたでしょ?」
「なら、せっしゃのメールもよんだろう。ユーはせっしゃのきもちしっているはずだ」
「あれだけ送られればそれはね……。アメリカに帰れ~今どこにいる~って。あなた、私のことが好きで好きでしょうがない、ストーカーみたいになってたわよ?」
「ッ!」
「ん~?」
威厳のある顔つきだったビネガが、一瞬――ほんの一瞬だけ、顔をボッと赤くしてうろたえた――ように見えた。
禅時だけがそれを感知して、難しそうな顔で眉を寄せていた。
「こ、こほん!」
だが既に、咳払いをするビネガの表情は元通り。
「ね~、いったいどういうことなのかな~?」
禅時が、当然の疑問を口にした。
いきなり現れたビネガと、なぜか罵倒された咲弥。
レッドはまったく驚いていないようだが、男二人はやや置いてけぼりだ。
もっとも、咲弥だけは置いてけぼりで済んでいないようだが。
「できれば三行ぐらいで説明して~」
「私、咲弥、コンビ。ビーネ、それ、嫌。突如、来日、お邪魔虫」
「お~、助詞が無いのに分かりやすい~」
「つまり、なんだ?」
咲弥がレッドとビネガを交互に見ながら言う。
「そこにいる子は、俺とレッドが一緒にいるのに納得できなくて、それを邪魔するために、わざわざアメリカからやって来たってのか?」
「そうなるわね」
「なるほど」
咲弥はようやく理解した。
初対面であるにもかかわらず、ビネガにあれだけの敵意を向けられたわけを。
レッドのパートナーにふさわしくない、と言われたわけを。
(ま、そりゃそうだわな。レッドの実力を評価してるやつからしてみれば、どうして俺みたいな初心者と一緒に? って思うのが自然だ。……で、このビネガって子は、わざわざ海を越えてやって来ちまうぐらい――)
ビネガに視線をやると、ギロリと睨み返される。
(レッドのことが大好きってわけだ)
咲弥の頬を、一筋の汗が伝った。
この険しい視線は、ただの子供が放つものではない。
憎しみと嫌悪の感情が込められた、正真正銘の凶眼だ。
ビネガはしばらくガンを飛ばした後、再びレッドに向き直った。
「にほんには『もったいない』ということばがある。ユーほどのじつりょくしゃが、そのようなおとこにかまけていてどうする。アメリカにかえってこい、レッド。そして、せっしゃといっしょにあらゆるたいかいをせいはしよう。せっさたくまし、いずれはあの『ももはら』さえうちたおせるような――」
「ごめん」
ビネガの言葉を遮って、レッドが一歩前に出る。
一欠片も冗談が含まれていない真摯な瞳で、ビネガを真正面から捉える。
ビネガも無表情で、それを見つめ返す。
「なにが、ごめんなのだ?」
「あなたのパートナーにはなれない」
「……」
「私、あなたのこと大好きよ。負けず嫌いで、がんばり屋で、一人の格闘ゲーマーとしてすごく尊敬してる。あなた以上に私を高みへと導いてくれたプレイヤーはいない。でもね――」
レッドがゆっくりと、その右手を挙げる。
彼女が掌を向けたのは、右隣に立った咲弥。
「私というプレイヤーが生まれたのは、彼のおかげ。……彼と約束したのよ。二人で一緒に聖地祭の舞台に立とうって。その約束が、私をここまで強くしてくれた。私にとってのパートナーという存在は、彼――乙波咲弥のことなの。彼以外の人と組むなんて、考えられない」
「くっ! ユーは……!」
まったく揺るぎなく。
むしろ狂信的と表現できるほどに。
あるいは妄信的と言ってしまえるほどに。
レッドの決意は堅固なものだった。
(レッド……)
そうなのだ。
レッドはこれほどまでに、咲弥のことを信頼しているのだ。
咲弥というプレイヤーの復活と、聖地祭への到達を疑っていないのだ。
だが――
今の咲弥にとっては、その信頼こそが、重い。
(ビネガはレッドと組みたがっている。二人が組めば、世界第二位と第三位の最強コンビだ。だがレッドは、それをしない)
安全な道を捨てての茨道。
快適な旅を中止してまで挑む冒険。
(俺のために……俺なんかのために)
果たして自分は――
(レッドにそこまでしてもらうほど、価値のあるプレイヤーか?)
少しばかり連勝したぐらいで図に乗り、あまつさえ、どこの馬の骨とも知らないプレイヤーに、レッドと同じクラスの圧力を感じるような――
(いや、待て)
どこの馬の骨とも知らないプレイヤー?
さっきの完璧なヒョウガが?
咲弥は目の前にいるビネガに視線をやる。
セルⅣ世界第二位にして、ヒョウガの使い手であるビネガに。
「……さっき」
いきなり口を開いた咲弥に、全員が注目する。
咲弥はセルⅣ筐体のディスプレイを眺めながら、圧倒的な強さで自分を翻弄したヒョウガを思い出しつつ、言った。
「さっき俺が負けたのは、ビネガだったってわけか」
「その通りよ。今頃気付いたの?」
答えたのはレッドだ。
「あなたが対戦してる間に、予想はできてたわ」
「そうか」
「あ~」
禅時がわかりやすく言い換える。
「レッドちゃんは、ビネガちゃんが現れても全然驚いてなかったもんね~。ヒョウガの動きを見て、最初から相手がビネガちゃんだってわかってたんだ~。試合中にぶつぶつ言ってたのはそれか~」
「ええ。挑発的と言えるほどの中段フェイントの多用……。リスクとリターンが合っていない場面で豪龍をかましてくる度胸……。少し動きが荒かったのが気になるけど、あれは紛れもなくビーネの動き。私が気付かないわけないわ」
「そうか……」
咲弥は改めて、目の前の金髪少女に視線をやる。
(さっき俺と戦ったのは、ビネガ。手も足も出ないわけだ……。だがまぁ――)
安心した。
悔しいと思う以上に、ほっとしている咲弥がいた。
(嫌な考えだが、世界第二位に負けたなら、まだ納得がいく。無論悔しいもんは悔しいが、そこらへんの中級プレイヤーに負けちまうより遙かにましだ)
どう転んでも、負けは負けなのだけれど。
しかし、咲弥の精神衛生上、これはとても大事なことだ。
相手が世界第二位なら、負けてしまうのも『しょうがない』。
それは、彼の本来の気質にはそぐわない、小人の考え。
だが、すべての自信と活力を失ってしまうぐらいなら、まだそう思うほうがましだ。
(見てろ……いつか絶対倒してやる)
咲弥はようやく、少しだけテンションを回復することができたのだった。
と、その時。
「……レッド」
ビネガが口を開く。
俯いて、表情に影を落としながら、声のトーンを落として言う。
「やはり、そのおとこはユーのパートナーにふさわしくない」
「言ってるでしょう。ふさわしいかどうかは私が決め――」
「ユーのめを、こんなにもくもらせている」
「……なんですって?」
「ん~?」
(?)
皆、ビネガの言葉の意味を咀嚼しかねている。
ビネガは淡々と言った。
「せっしゃもユーとおなじように、さいきん『でし』ができてな。そのものはとてもねっしんで、せっしゃがおしえたことを、なんでもきゅうしゅうしようとする。すくなくとも、そこにいるおとこよりは、はるかにさいのうにめぐまれている」
「……?」「弟子~?」
「!」
レッドがハッと、何かに気付いたように顔を上げた。
「動作の微妙な荒さ……。まさか、あなたじゃなかった?」
「そうだ。せっしゃではない」
「なに?」「ええ~?」
画面の向こう側から聞こえる、ギギィと椅子を引く音。
やがて、筐体の脇から姿を現したのは――
咲弥をボコボコにのしたのは――
「相変わらずクソ弱ぇなァ、社会的弱者」
「おまえは……!?」
下卑た笑みを顔に貼り付けて長ランを靡かせる、くすんだ金髪の少女――雷華だった。
(なんでこいつが!? いやそれよりも、俺が負けたのは、あの暴力女――レッドの足下にも及ばなかったヒョウガだってのか!?)
世界トップクラスのビネガではなく、日本の、名も知れていない中級プレイヤー。
咲弥が負けたのは、そんな相手。
(くそっ、どこが負けて『しょうがない』相手だ! こんな暴力女にすらかなわない俺は……俺の実力は……)
咲弥は雷華の登場――というよりも、自分を負かした相手の正体に気付き、改めて感じた。
レッドやビネガに追いつくために越えなければならない、その壁の厚さを。
自分が登ろうとしている山の、想像を絶する険しさを。
「これはいったい……どういうことなの?」
言葉を失った咲弥に代わり、レッドが疑問を口にした。
雷華はフンッと鼻をならしつつ、ビネガの傍らに控えながらレッドを睨み付ける。
「どういうことはこっちの台詞だよダボどもが。テメェらいったいどういう腹づもりで、ビネガ様をここまで困らせてやがんだァ? アァ?」
「らいか、いままでろくにせつめいもせずにわるかったな。……レッドにも、わたしとらいかのなれそめをおしえてやろう」
そして、ビネガは説明し始めた。
レッドが自分ではなく、格闘ゲームに精通していない咲弥をパートナーに選んだことが許せず、思い立ったその日にいきなり来日したこと。
僅かな手がかりを頼りに辿り着いた街で、右も左もわからない彼女を雷華が救ったこと。
ビネガの説明に、レッドらや雷華はそれぞれ納得した。
「なるほどね。で、さっきのヒョウガは直伝か……。どうりで動きがビーネに似るわけだわ。ヤカン女――いえ、雷華とか言ったかしら? 私の友達を助けてくれたことに関しては、礼を言っておく」
「フン」
「もっとも、調子には乗らないでちょうだいよ? 私、あなたが咲弥にしたことを、まだ許したわけじゃないから」
「咲弥~、あの雷華って子になんかされたの~?」
「……それはまた今度な」
「ちぇ~」
禅時の小声での問いかけに、咲弥はかろうじてそう答えた。
正直、今の咲弥は立っているのがやっとの状態だ。
「では、はなしをもとにもどそうか」
ビネガが一呼吸置いてから述べ、再び皆の注目を集める。
「レッド。そんなおとこはやめて、わたしとくめ」
「嫌」
「れ、レッド……そんな……」
「やいテメェ! ビネガ様の誘いを蹴るたぁどういう了見だ!? こんなかわいい娘がここまで熱心にお願いしてんだぞ!? しばくぞコラァ!?」
「どうしてしばかれなくちゃいけないのよ。まるで筋が通ってないわ」
「んだとォ!?」
雷華に凶悪な表情で凄まれながらも、レッドはまるで平然としている。
「何度も言うけど、私が誰と一緒に格ゲーをやるかは、私一人が決めること。他の誰に強制されるものでもない、私だけの自由。……ねぇ雷華、あなたはいきなり私から相方になれと命令されて、素直に従えるかしら?」
「ハァ!? なんでテメェの言うことなんざ聞かなきゃならねぇんだよ!? アタシが一緒に戦うのは、アタシが認めたやつだけだ!」
「でしょ? つまりそういうことよ」
「あ……」
雷華が口を開けて、いかにも「しまった」という顔で沈黙した。
どうやらビネガを援護するつもりだったらしいが、レッドのほうが一枚上手だ。
「ま~、そうだよね~。ビネガちゃんがどれだけ強いプレイヤーでも、レッドちゃんが咲弥と組みたがってる以上、この話はそれでおしまいだね~」
その通り。それが道理で、それ以上も以下もない。わざわざアメリカからやってきたビネガには酷な話だが、レッドはもう、心を決めているのだ。
しかし――
「……やだ」
ビネガは納得できない。
「ビーネ?」
「せっしゃは、レッドといっしょのチームがいい。レッドといっしょに、アヴァロンズ・タイムにでたい」
「だからそれは」
と、続きを言いかけたところで、レッドの言葉は止まる。
レッドの視線の先にいるビネガ。
不機嫌そうに俯く彼女の目には――
うっすらと、涙が滲んでいた。
「せっしゃは……せっしゃは……レッドじゃなきゃやだ。レッドがほかのやつとくんでたいかいにでるなんて、やだ」
ビネガは――この小さな少女は――信じていたのだ。
レッドが咲弥に対し、絶大な信頼を抱いているように。
ビネガもまた、レッドのことをこの上なく信用していたのだ。
直接呼びかければ、頷いてくれるはずだと。
素人の男などではなく、共に積み上げてきたモノのある、自分を選んでくれるはずだと。
だが現実は、違った。
「レッド……やくそくした。いつか、せっしゃといっしょにたいかいにでてくれるって、やくそくした……。やくそくしたのに……」
レッドはビネガとの『やくそく』より、咲弥との『約束』を優先した。
我慢して、我慢して、堪えていたビネガだが、さすがに限界だ。
アメリカからたった一人で日本にやってきて、どれだけ寂しくとも、レッドを目指して健気にがんばり続けたその終着点が――レッドからの拒絶。
まだ十三歳の女の子が、そんな切ない現実に、耐えられるわけがない。
あとからあとから溢れてくる涙は、彼女がどんなにぎゅっと目を瞑っても、ぽろぽろと、零れ落ちるしかなかった。
「ビーネ……」「ビネガ様……」
ビネガの涙を見て、しばらくの間、誰も、何も言えなくなった。
ビネガのひっくひっくとしゃくり上げる音を聞いて、レッドは悲しそうに眉尻を下げたが、一度深く溜息をついて、しっかりと言葉を放つ。
「確かに私は、あなたと約束したわね。一緒に大会に出ようって。でもそれは、『私が最初に約束した人にフられちゃったら』って話だったでしょ? 忘れちゃった?」
いや、覚えている。それはビネガにとって、大切な約束なのだ。
レッドが最初の約束を交わした人――咲弥にフられたらという限定条件だったことも、ちゃんと承知している。
だけど、ビネガは信じていたのだ。
なんだかんだ言いながら、レッドは絶対、自分のところに戻ってきてくれると。
レッドが自分以上に親しくする者など、いるはずがないと。
「でたいんだもん……レッドと……。そのほうが、レッドにとってもいいんだもん……」
少女の幻想は打ち砕かれ、悲傷だけが残ってしまって。
ここにきてビネガは、ただ、泣いてしまうことしかできなくなった。
「なんで、そんな、よわいおとこなんかと……。うぅ……せっしゃのほうが、なんばいもつよいのに……。レッドのこと、だいすきなのに、なんで……」
強い弱いの問題ではない。
レッドはただ、咲弥が相方でなければダメなのだ。
今の自分という存在を形作ってくれた咲弥以外には、考えられないのだ。
……という事実を述べて、この幼い少女にトドメを刺すことなどレッドにはできない。
いつしか誰もが沈黙し、ゲーセン特有の電子的な喧噪に混じり、ビネガの鳴き声が響くだけとなった。
レッドはビネガの気持ちを斟酌できてしまうだけに、何も言えない。
雷華はレッドを怒鳴り散らしたい気分だが、筋が通ってないだけに、どう反論すればいいのかわからない。
咲弥は先ほどのやり取りで自信を失っており、自分の問題であるにもかかわらず、もはやレッドとビネガの間に入っていけない。
禅時はそんな皆の様子を見て――
「ん~……おおっ」
と、何を思いついたのか、ぽんと手を叩き――
「はぁ~っはっはっはっはっは!」
「!」「!?」「……?」「禅?」
唐突に、謎の高笑いを始めた。
「な、なに? 急にどうしたの?」
レッドが代表して聞く形になったものの、皆、考えていることは同じだ。
一様に目を丸くして、禅時の意味不明な行動に驚いている。
四人の視線を浴びながら、禅時は腰に手を当てて堂々と言った。
「俺は同性愛者です」
「……」「……え?」「……」「……」
皆、黙った。
ただ、なぜか、ビネガだけは――
完璧にあっけにとられた沈黙ではなく、禅時の言葉に意表を突かれて驚いたような、そんな沈黙だった。
「ここにいる咲弥を愛しています」
とは言いつつも、禅時の視線は咲弥には向いていない。
笑顔で語る彼の視線は、レッドでも雷華でもなく、ビネガにだけ定まっていた。
「……」
柔和な笑みを向けられたビネガは、既に泣き止んでいる。
まだ頬には涙の跡が残っているものの、しゃくり上げることをやめて、まっすぐに、禅時と視線を交わしていた。
そして、禅時は言う。
「これから大事なことを話しま~す。あ、でも、今しゃべったことは全然関係ないかも~」
「関係ないのね……」
咲弥とレッドは呆れ顔だ。
雷華は未だに驚いており、ビネガは禅時をじーっと見つめっぱなしだったが。
禅時がこほん、と咳の真似をして仕切り直す。
「みんなさ~、たぶん、それぞれ複雑なこと考えてるよね~。でもそれをいっぺんに解決できる、いい方法があるよ~?」
「いい方法?」「アァン?」「?」「……?」
これには皆、食い付いた。
「みんな格ゲーが好きなんでしょ~? だったら……」
禅時はポケットの中で掴んだ『それ』を、勢いよく抜いて――
「これで決着つければいいじゃない!」
前にバッ! と広げながら言った。
禅時が差し出した『それ』に、皆、並んで顔を寄せる。
彼の手が支える『それ』は、折りたたまれた跡のある、A4用紙だった。
そこに書かれていた内容は――
ゲーセンメイド喫茶主催 第4回せるふぉマニア
セルⅣプレイヤーのご主人様たち、元気しとる? 恒例のセルⅣ2on2大会、せるふぉマニアの第4回が開催決定や! 参加資格はセルⅣとメイドがごっつぅ好きなこと! プレイマナーが悪いと『お帰りくださいませ』かまさせてもらうから、要注意やで~? 相方がおらんご主人様も来てくれたらペアの斡旋するさかい、気にせず《はごうけん》の門を叩くんや!
●場所 ―― MMビル4階&5階、当店
●日時 ―― 5月22日(日)午後二時スタート(十分前までエントリー受付)
●参加費 ―― 500円(ワンドリンク付)
●ルール ―― 2on2トーナメント方式(早稲田式)・プロアマ問わず
●優勝賞品 ―― 《はごうけん》優待券五千円分
「大会……明日じゃない」
「ンだよ、《はごうけん》じゃねぇか」
「そそ」
レッドと雷華の呟きに、禅時が応える。
「さっきもらったビラの裏に、こんなことが書いてあってさ~。今日みたいな日にこんなのもらっちゃうなんて、これはもう運命じゃな~い? 参加するしかなくな~い?」
「でも、これに参加して決着をつけるってどういうこと?」
「も~、レッドちゃんにぶちんだな~」
禅時が空いてる手の人差し指を立てながら、ふっふっふと笑う。
「これにレッドちゃん&咲弥ペア、それからビネガちゃん&雷華ちゃんペアの師弟コンビ二組で出場して、相手のチームより上に勝ち上がったペアが勝利ってことにすればいいじゃん」
「……そして、勝ったペアが負けたペアに言うことを聞かせる、というわけ?」
「そのとおり~。……ね、どうかな? ビネガちゃん」
「う?」
禅時はぴょんっと小さく跳ねて、ビネガの前に腰を落としながら移動した。
小さなビネガと視線の高さを合わせながら、にっこり笑う。
「本来ね、レッドちゃんはこの勝負を受ける必要がない。なんでかって言うと、筋が通ってないにもかかわらず、わざわざセルⅣで戦って負けちゃう……つまり、ビネガちゃんの無理なお願いを聞かなくちゃいけないリスクを背負う必要がないから。でも――」
ビネガは禅時の優しい笑みを、じっと眺めている。
「もしレッドちゃんがこの勝負を受けてくれたなら、納得できるかな? ビネガちゃんが心の底に隠してる『本当の気持ち』をぶつけて、それでも負けちゃったなら、レッドちゃんと咲弥のチームを、応援してあげられるようになるかな?」
「!!」
禅時の言葉に、ビネガの目が大きく見開かれた。よほどびっくりしたのか、体も一瞬だけびくりと震え上がっていた。
「ちょっと、禅」
勝手なことを言うな。自分はもう、咲弥とチームを組むと決めている。
本来ならばレッドは、強く、そう主張するべきなのだろう。
だが――
「……うん」
「ん~?」
「もし、レッドがせっしゃとしょうぶしてくれたら、ちゃんとなっとくする。まけてしまっても、もう、もんくはいわない。レッドのことを、おうえんできる」
「そっか。うん、偉いよビネガちゃん」
「あ……」
「なァ!? テメェこら! ビネガ様から離れ――」
「らいか、いい」
「で、でもォ!」
禅時に頭を撫でられて、ようやく笑顔になったビネガを見ていたら――
「……はぁ、わかったわよ」
「え?」
ビネガが顔を上げると、レッドは肩を落として大きな溜息を吐きながら、投げやりに、壁に背を預けていた。
「勝負してあげるわ。もし、私があなたに負けたら、咲弥とペアを組むのはやめる。でもその代わり、私が勝ったら、以降は一切の口出しを受け付けない。……これでいい?」
「う、うん! レッド、かたじけない!」
「はぁ……なんて甘い……」
と、ここまで呟いて、レッドは気付く。
これは自分と咲弥――つまり二人にとって大切な話なのに、一人で勝手に交渉を進めてしまっていたことに。
レッドは慌てて咲弥に向き直った。
「ごめん咲弥! でも、ビーネのこと見てたらつい――」
「……いいぞ」
「え? そ、そう?」
「ああ」
咲弥は床を眺めながら、真剣な表情を浮かべていた。
だが、それだけだ。
それだけで、咲弥はレッドに何も言わない。
「……もしかして、怒ってる?」
「いや、怒ってない」
ただ、今の咲弥には、レッドとビネガの取り決めに文句を言う権限がない。
資格がないと、そう感じていた。
(弱い俺が喚いて、何になる)
たとえ、レッドにパートナーとして認められていたとしても。実力の伴っていない自分では、何かを意見するなどおこがましい。
「……」
レッドは何か言いたそうに咲弥を見つめていたが、結局、そのままだった。
「らいか。らいかもそれでいいか?」
「はい! アタシはビネガ様にどこまでもついて行くだけです!」
「かたじけない」
「じゃ、決まりってことでいいかな~?」
禅時がシャッ! と、大会告知のビラを天に掲げながら言う。
「咲弥&レッドちゃんVSビネガちゃん&雷華ちゃん! レッドちゃんのパートナーの座を賭けて、明日の大会の順位で勝負! オッケ~?」
「……ええ」「……」「ヘヘッ! やってやんぜ!」「うむ」
禅時の言葉を全員が肯定。
こうして、明日の大会を舞台にして――
誰がレッドのパートナーになるのかを決める、極めて重要な勝負の約束が取り交わされたのだった。
日が傾き、車窓から見える景色はすっかり夕焼け色に染まっている。
咲弥、レッド、禅時の三人は、箱を訪れた時と同じように、三人並んで、帰りの電車に揺られていた。
「ごめんね~咲弥、レッドちゃん。無理な勝負をセッティングしちゃって」
「いいわよもう」
「……(ガタンゴトン)」
咲弥はまた電車と一体化していたが、二人とも何も言わない。
深刻な顔で「ちょっと考え事がな」と言って黙り続ける彼に、掛ける言葉が見つからないのだ。
咲弥を無視――するわけではないが、その場の雰囲気が重くなりすぎぬよう、レッドと禅時は、努めて普段通りに会話する。
「私もいろいろ思うところがあったしね。……ところで禅」
「ん~?」
平日なら帰宅ラッシュの時間帯かもしれないが、休日の今日はそれほど混んでもいない。
レッドらは声を抑える必要もなく、自由に話していた。
「あなたもしかして、ビーネのファンだったの?」
「ううん、違うよ~? どうして~?」
「そりゃ、さっきのあなたを見てたら誰だって思うわよ。初対面のはずなのに、ビーネにものすごく優しかったじゃない。ビーネだって、最後はあなたに懐いてたみたいだし」
「ははっ、そっか~。でもオレ、ビネガちゃんのファンってわけじゃないよ? ニュースとか動画を見て、ちょっと知ってただけ~」
「なら、どうしてビーネにあそこまで……」
「味方したくなっちゃったから、かな~?」
左隣のレッドに注目されながら、禅時はゆっくりと、車両の天上を見上げる。
「たぶんね~、ほんとにたぶんなんだけどね~、たぶん、あの子はオレと同じ……」
「同じ、なに?」
禅時は首を動かさぬまま、右隣にいる咲弥へ視線を向けた。
「……」
俯き加減で沈黙している咲弥を、そのままじっと見つめ続ける。
だが、特に何も言わず、しばらくしてから「ふふっ」と小さく笑った。
「なんなの?」
「べっつにぃ~」
禅時は、なぜか楽しそうに、窓の外を流れていく街並みを鑑賞し始めた。
「ちょっと。『同じ……』の続きを言いなさいよ」
「忘れちゃった」
「はぁ?」
「咲弥は俺に愛されてるけど、レッドちゃんも同じぐらい愛されてるな~って話」
「?」
レッドは黙ったままの咲弥と禅時を交互に見て、首を傾げるのだった。
「怒ってる……わよね、やっぱり」
「……?」
咲弥が我に返ると、そこは鐘鳴家だった。
もう、すっかり夜の帳が降りている。
咲弥とレッドはダイニングのテーブルに着き、二人きりでほわほわ亭の弁当を口に運んでいるという状況だった。ちなみにどちらも唐揚げ弁当だ。
(ゲーセンを出て、禅と別れて、弁当屋に寄って……。そうだ、帰ってきたんだったか)
と考えている間も、咲弥は黙りっぱなしである。
「……ごめんなさい」
咲弥の対面に腰掛けたレッドが、しゅんとした様子で謝った。
咲弥の沈黙を、「怒っている?」という質問に対する肯定の意と受け取ったのだろう。
「あ、違う。怒ってなんかない」
「でも……」
「違うんだ。ちょっと、考え事をしてただけだ」
「それってどんなこと?」
「それは……」
「昼間のことよね? 私、あなたとチームを組んでるって自覚が足りなくて、勝手にあんな約束を取り付けた。そのことでいろいろ考えてるんじゃ――」
「そうじゃない」
咲弥が考えていたのは、たしかに昼間の出来事だ。
だが、レッドが懸念しているような、勝手に話を進めたことに対する怒りなどを抱えているわけではない。
彼の中にあるのは、疑問。
果てしない疑問の連鎖が、咲弥の心を揺さぶり続けていた。
――ユーは、レッドのパートナーにふさわしくない――
(俺は本当に、レッドのパートナーにふさわしいのか? やっぱりビネガみたいなプレイヤーのほうが、あいつのためにもなるんじゃ……)
少なくとも、ビネガのほうが切磋琢磨はできるだろう。
自分はただ、レッドから享受しているだけ。
自分がレッドに何かを与えられるようになるのは、果たして何年後か……。
――相変わらずクソ弱ぇなァ、社会的弱者――
(レッドが余裕で倒した相手に完敗……。俺とレッドの実力は、俺が思ってた以上に離れてたんだ)
今日の十九連勝は、いったいなんだったのか。
あんなものに意味などありはしない。
ならば、その間に自分が感じていた疾走感も、この上ない自信も希望も――
「……ちょっと、不安になってただけなんだ」
咲弥はそれ以上考えるのが怖くなって、とっさに口から言葉を出した。
「不安?」
「ああ。俺は今日、あの暴力女に負けちまっただろ? だから、また明日、戦うことになるのかと思ったら、どうするべきか悩んじまってな。……いや、何度も言うが、勝手に勝負を決めたことを怒ってるわけじゃないぞ? ただ、どう対策したものかなと」
咲弥の喋ったそれは、まったくの嘘というわけではない。
だが、咲弥が本当に懸念していた事項とは違う。
「なんだ、そういうことだったの」
こんな風に――
「良かった。私、あなたに嫌われちゃったのかと思って……」
ほっと息を吐きながら、心底安心したという様子で笑うレッドを見ていたら、本当のことなど言えるわけがない。
レッドは咲弥こそが自分のパートナーであると、絶対的に信じているのだから。それを疑問視しているなどと、誰が伝えられよう。
だから、咲弥も笑顔を作った。
無理矢理にでも、微笑んでみせた。
「バカだな、俺がおまえのことを嫌うかよ。いつも通り堂々としてればいい。『偉大なる師匠様が、かわいい弟子のために大会出場の機会を作ってあげたのよ』ってな」
「さすがにそこまで尊大じゃないわよ。それに今回の相手は、全力でかからないといけないビーネなわけだし――」
「なんだ? 自信ないのか?」
「む……」
咲弥の挑発的な視線と物言いに、レッドはカチンときたようだ。
「明日の大会、2オン2の早稲田式だったよな? だったらどう考えても、最終的にはおまえ対ビネガの試合が肝になるだろ。聖地祭第三位じゃ、第二位を仕留めるのは難しいか?」
「難しくなんかないわ」
不機嫌なオーラを纏ってレッドが語る。
「私は今年の聖地祭で、確かにビーネより下の第三位という結果に終わった。でも、直接対決で負けたわけじゃない。過去の公式大会の戦績を見てもらえばわかると思うけど、私はビーネに勝ち越してるわよ」
「そうか。なら、明日は頼むぞ? 俺たちの未来がかかってるんだからな」
「当然よ。それよりあなたこそ、あの雷華って子に負けっぱなしでいるつもり?」
「む、そうだな」
ようやく二人の間に、いつもの明るい雰囲気が戻ってくる。
咲弥の意図した、明るい雰囲気が。
「よしっ! さっさとほわ弁片掻き込んで明日のための調整よ! 対ビーネの復習に付き合って。その代わり、あとで雷華対策を教えてあげる」
「おう!」
レッドに笑顔を返しながら、咲弥は思う。無理矢理にでも思う。
(全部、気のせいだ)
ビネガの言葉も、雷華に負けて弱気になった自分も、すべて。
(俺とレッドはこんなにも、パートナーなんだ。……大丈夫。明日の大会でそれが証明される)
考えてみれば、これは咲弥のデビュー戦。それに、レッドと参戦する初めての大会ということになる。
ビネガたちのことを抜きにしても、狙うは当然優勝だ。
(見てろよビネガ……。俺がレッドの相方だってことを、ちゃんと理解させてやる)
もう、レッドの足を引っ張っているなどと言わせない。
なぜなら自分は、レッドと共に歩んでいく者なのだから。
「ごちそうさま。さあ、やるわよ?」
「ああ。でも、ちゃんと歯を磨いてからな。あと、風呂にも入れ」
「わ、わかってるわよ」
「忘れてたろおまえ」
咲弥はもう一度、信じることにした。
自分を。それから、自分を信じてくれるレッドのことを。そうしなければ――
今すぐにでも、不安な気持ちで押し潰されてしまいそうだったから。
最後までお読みいただきありがとうございました。
最近、小説はあまり書いておりませんが、よろしければ「妻と私とネズミ(https://tsu-wa-ne.com)」にお越しください。
始めたばかりのブログですが、どうぞよろしくお願いいたします。




