夏の会話
夏休みが終わる前日、僕は同じクラスの高橋 秋と公園で会った。仲が良いわけでもなかったけど、その日、僕らは同じベンチの上で色んな話をした。夏の魔力ってやつかもしれない。
これは、僕たちがした会話の中の一つ。
「ねぇ、私はあの雲が天使に見えるの。あなたには何に見える?」
水色の空に浮かぶ雲の内、一つを指差しながら高橋が僕に問いかける。太陽はぼんやり光っていて、高橋は目を細めていた。指の先を辿って、その先の雲を見つける。
「僕は雲は雲にしか見えないよ」
「高明くんは、いつも夢の無いことを言うのね。でも確かにそうかもしれない。私が救いを求めているから、そう見えてしまったのかもね」
高橋の言うとおり、確かに最近は夢の無いことしか言っていないと思う。それにしても救いとはなんのことだろうか。頭の中で疑問に思ったことを口にしてしまった。
「救い?」
「高明くんは結構、遠慮が無いのね。学校ではあまり喋らないのに」
高橋は最初、困ったような苦笑いを浮かべたあとからかうようにいった。高橋の言うとおり、今の質問は無遠慮過ぎた。
「教えてあげてもいいよ」
その言葉に戸惑っていると、知りたいの、知りたくないの、どっちなの?と聞かれた。僕は早口で知りたいと答えた。
「私、自分の事が嫌いなんだ」
「性格がってこと?」
僕は間髪入れずに聞いた。高橋の顔は可愛いから、きっと外見に関することではないはずだ。
「高明くん、それは暗に私の性格が悪いと言いたいのかな?」
高橋は頬を僅かに膨らませ、むっとした顔をした。そのとき僕は、心臓は動いていると強く実感した。
「いや、違うよ。高橋の外見は、ほら、可愛いから」
そう、返事を返すが、言い終えたと同時に自分の顔が熱くなっていくのがわかる。
「ありがとう」
高橋は笑顔でお礼をいってきた。僕はなんだか照れ臭くなって話を戻そうとする。
「えっと、さっき何の話してたんだっけ」
「高明くんが私を可愛いっていった話」
「その前!」
「私の悩みの話だったね」
空はオレンジがかってきた。
「私、学校では周りにうまくあわせようと自分の気持ちを押さえつけて、過ごしてたんだ。でも、上手く取り繕う、取り繕おうとする自分が嫌なんだ」
「僕は取り繕うのが苦手だから羨ましいよ。嫌味とかじゃなくてね」
「そういってくれて嬉しいけど、私はやっぱり変わりたいんだ。自分の本心を話したいし、自分のしたいことをしたいんだ。でも、行動をしないの。今が壊れるのが怖いの。
人との関係って作るのは大変だけど、失うのはすぐだから。
だから、私は救いを求めるんだ。祈るんだ。他力本願ってやつだね」
高橋は少し自虐気味にいった。僕は会話が得意じゃない。こういう時になんて言えばいいか分からない。
「高明くん、さっきは無遠慮に聞いてきたのに今度は黙っちゃうの?」
「そんな、皮肉言わないでよ。それと、他力本願がいけないなんてことはないと思う。他力っていっても神様の力を頼ってるわけだし、誰にも迷惑をかけていない。だから、その、いいんじゃないかな?」
「ありがとう。確かにそうかもね。それにしても高明くんは少し変わってるね」
「そうかな?」
「うん。でもいいと思う」
少しの間沈黙が続く。風が僕らの間を吹き抜ける。
日本の夏はじめじめしているとよく聞くけど、それはとても爽やかで心地よかった。
そもそも普段あまり話さないのだから、この沈黙も自然なことだと思う。僕たちは同じベンチに座って話をしていたけど、僕と高橋の間には人がもう一人座れるくらいの間があった。
横を見るとオレンジに色づいた彼女が腕時計を見ていた。細い彼女の腕には汗が少しあった。汗がきらりと耀いた。
「高明くん、私もういかなきゃ。また学校で会おうね」
高橋の瞳へと目線を上げる。きっと用事があるんだろう。もう少し話していたかったけど、引き留めるわけにもいかない。
「うん、また学校で」
そう僕が返すと高橋は、またね、と言い残し走ってどこかに走っていってしまった。その背中が見えなくなるまで僕はずっと見つめていた。
高橋がこんなことを考えていたなんて僕はしらなかった。いままでは皆と上手に話せていて凄いなと思っていた。悩みなんてないと思っていた。
でも、違った。僕が知らないだけでクラスには面白い人や優しい人、変な人だってきっといるはずだ。
明日からはもっと色んな人と話そうとしてみようかな。
僕も変わろう。
沈みかかっている太陽は強烈な赤で街を染めた。
お読みいただきありがとうございました。