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2魔 西方守護伯付き魔女の、初陣?





 大国グエッサルと隣接していながら同盟関係にないウイザリテは、大河の上流という好条件を持っている。魔女は自然と密接な関係にある為、森や水は美しく保たれ、肥沃な大地と広大な鉱山も尽きることなく資材を与えてくれる。地に眠る石にも恵まれ、宝玉は勿論、加工細工の職人が齎した工芸品で国は潤った。



 大国でありながら異民族が創った国を吸収して大きくなったグエッサルは、いつでも不安定で、狩り尽された土地は実りも薄い。グエッサルからの再三の従属要求を蹴って早百年。小国ながら建国七百年の歴史ある古国であるウイザリテは、たかだか建国百五十年のひよっこに従う訳にはいかないのだ。


 ここは追われた魔女の楽園。人として生きることから追い出されてようやく見つけた故郷。周囲を食い散らかして大国に伸し上ったも、未だ内乱が途絶えず、荒れた土地でしか広がれなかったグエッサルに従属などするはずがない。




 国境はいつ戦線が開かれてもおかしくない状態だ。実際つい二ヶ月前もスケーリトンで戦があった。小競り合い程度なら日常茶飯事だ。先日は北で大規模な戦線が開いたと聞く。嘗ては魔物と同列に扱い嫌悪して追いやった魔女を、他国は喉から手が出るほど欲しがっていた。治療から戦闘まで魔女が一人いるだけで戦況が覆ることもあるからだ。




 二十年前、大陸は稀に見る大飢饉に襲われた。作物は実りを迎える前に飢えた人間と獣に食い散らかされ、木の根まで失われた森は禿げ上がり、元々冬になると餓死者が出るグエッサルは早々に危機に陥ったのは当たり前の流れだ。山津波のように現れたグエッサル兵は、人間の欲求の元、狂気さえ孕み全力で食料を求めてウイザリテへと攻め込んだ。


 引けば死しか残らない撤退なき敵兵に押されたウイザリテ軍は、南の国境を越えさせてしまった。西は時の将軍ハルバート・ウェルズが、後に英雄と呼ばれるきっかけとなった猛攻で押し戻したが、南はそのまま雪崩れ込まれるかに思えた時、女王レオリカが立ち塞がった。今でも伝説として語られる戦は人々の記憶に残っている。


 女王はその時、神だった。




 グエッサルを押し戻した後、レオリカは三年間意識不明となる。それでも国は荒れずに女王の帰還を待った。誰も女王のすげ替えを言い出さなかった女王の娘、しかも魔女の力を受け継いだ王女。期待されないはずがない。


 ミルレオは、幼い頃から立派な魔女とあるべく努力した。

 努力して努力して、レオリカ様はもっと凄かったと笑顔で切り捨てられる。いつかはきっと認めてもらえると思った頃もあった。けれど、何をしても、どれだけ努力しても、レオリカ様の娘だからで終わる。出来なければレオリカ様の娘なのにと落胆された。いっそ魔女でなんかなくなりたい。力を継がなかった弟妹が羨ましくて、そんな自分が浅ましくて堪らなかった。こんな思いをするのは長女である自分だけで充分だ。そう、充分なのだ。


 粗悪な模造品だと言われ続けるのは、自分だけでいいのだ。







 そう、私だけで充分なのだ。


「うう……むくつけきとはこういうことを言うのね……ガイア、リア、姉様はまた一つ勉強しました……あら? むくつくきだったかしら……むくむく?」


 王宮では決して使わなかった単語を思い出そうとしていると、背中から大鍋で殴られたような衝撃がきた。重たく硬い掌で背中を叩かれただけなのに、吹けば飛ぶような身体のミルレオには大問題だ。


「なに考え込んでんだ?」

「ひぃ!」


 引き攣った悲鳴を上げたミルレオを、上半身どころか下半身も下着だけの男が覗き込んでいた。ミルレオはこちらも盛大に引き攣った顔を隠せない。最初の頃に比べて気絶はしなくなった代わりに、何か大切なものを失った気がする。



 皆と同じ隊服を着ているのに、一番小さいサイズでも大きく、これでもかと折りこんだ服は最早別物だ。

 深い黒の隊服はウイザリテ軍の統一色である。上着の長い裾は背中で分かれ、どこか燕尾服を思わせるが、これは敵と向かい合った際に人数が多く見えるように擦る為だという。代わりに戦闘の邪魔とならぬよう、襟も袖もきちりと閉じられ、厚い底の軍靴は膝下まである。隊帽は階級によって変わり、上にいくほど角味を帯びる。所属したばかりのミルはベレー帽のように丸い帽子だ。


 本来魔女は軍服の着用が義務付けられていないけれど、同じ組織に所属する者として仲間意識を高める為に着用している者も多い。ミルの場合は、目立つ=的になるの図式で皆に隊服を強要された形だ。魔女といえど、ちまっとした小動物のような少年が的になるのは気が引けたらしい。


 装飾品が少なく威圧感の高い意匠も、西方守護軍の特徴だ。隊服は東西南北それぞれの統一色さえ守られればよく、形は地域によって異なっていた。北方はもっと生地が厚く、南方は装飾品が多い。東は工芸が盛んな事もあり隊服にも装飾品が多いが、西方は装飾品が少ない代わりに緻密な刺繍があしらわれていて高級感が演出されていた。

 詰めた襟の徽章と肩の飾りには西方守護軍の紋様。手袋、外套の背にはウイザリテの紋様。所属によって襟と徽章は異なるが、ウイザリテの紋様は全軍共通だ。


 ミルレオには更に二つ、装飾品が追加される。一つは魔女である証、瞳に合わせた大きな金紫の輝石の首飾り。そして、西方守護伯付であることを証明する指輪だ。宝玉のついていない、編みこまれて作られたかのような細工の黒い指輪だ。





「な、何でもないでぅ……」


 ちゃんと言い切れなかった。どうして彼らの身体からは風呂上りでもないのに湯気が出ているのだろう。どうしてすぐに脱いでしまうのだろう。どうして一々ポーズを取るのだろう。別に知りたくないのに、疑問は尽きない。

 彼らはガウェイン直属の部下達で、班長はここで白い歯を見せて笑っているジョンだ。ジョンといえば平々凡々な青年を思い浮かべる。彼にだってきっとそんな時代があったはずだ。全く持って欠片も思い浮かばないだけで。


 暇さえあれば鍛錬に精を出しているのは偉いと思う。けれど全部賭け事に繋がるのは頂けない。自分を巻き込もうとするのは、もっと頂けない。


「そうだ、ミル。隊長閣下はどうした? おまえがここで暇そうにしてるのも珍しいな」

「……うぅ、この独特の厳しい臭いには慣れない……隊長でしたらトーマスさんとお出かけです。そろそろお戻りになるひぃ! マックスさん! お願いですから下着は脱がないでくださいぃ!」


 暑いと全裸になりかけた男から慌てて視線を外す。分かっている。こんな同性おかしい。けれど仕方がない。ミルレオは母の呪いで少年の姿をしているだけで、中身は箱入り娘の王女だ。異性の裸どころか足すら見たことがないのに。


「お母様ぁ……!」


 あんまりだ。私に才能がないからって荒療治過ぎる。これが嫌なら顎四つと結婚。究極の選択すぎる気がするのだ。

 嘆くミルレオの肩を二人のいかつい男が抱いた。


「ほそっ! おまえそれでも男か!」


 いいえ女ですとは口が裂けてもいえない。彼らの腕のほうが太股より太いなんてそんな馬鹿な。今は一応男のはずなのに、世の中って不思議に満ちている。


「いかん……いかんいかんぞ! 班長! これはやはりいかんですぞ!」

「自分も同感であります班長殿!」

「我らは同士ミルの為に一肌脱ぐことを厭わぬ所存であります!」


 あちこちで腹筋していた集団がいつの間にか集まってきていた。ガウェインの直属だけあっていつも一糸乱れぬ統率ぶりだ。ただし、乱れぬ方向は間違っているし、別の方向には多大に乱れている。

 そして彼らに脱ぐ肌はこれ以上ない。せめて下着は身につけてほしい。切実に。

 ジョンはむくむくな蒸気を上げたまま、感動したように涙を拭った。……それは汗ではないのだろうか。


「同士諸君! 諸君らの気持ちはよっく分かった! 作戦は今夜決行だ! 行くぜ野郎共ぉ!」


 野太い歓声と同時に、ミルレオの身体が持ち上がる。


「ひぃ!」

「ついに出陣するときが来たぜ、ミル!」

「いざ初陣だ、魔男!」


 足をばたつかせてもしょせんか細い足だ。捕獲された動物のようにあっさり部屋から連れ出された。別の単語を思い浮かべる魔男発言も訂正したいが、今は他のことが気になる。




「初陣!? まさか戦が始まったのですか!?」


 スケーリトンにきて十日あまり。トーマスに習いながらガウェインの雑務の手伝いを行う以外は、男ばかりの軍隊生活で気絶して、悲鳴をあげて、逃げて、絶望したくらいだ。

 その度に絶叫して助けに入ってくれるトーマスと、役立たずの魔女を追い返さないでくれたガウェインに恩返しする時がついにきたのである。



 意気込むミルレオには、ジョン達が鎧はおろか帯刀すらしていないのが見えていない。指示で私服に着替えたのも作戦の一つだと本気で思っている。役に立たなければとの気合が恐怖を打ち消す。

 両拳を握って、か細い武者震いをしているミルレオの前で、深い堀にぐるりと囲まれた要塞の門が、左右八人掛りで開いた。




「お前達、何をしている!?」


 現れたのは黒馬に乗ったガウェインとトーマスが率いる十人ほどの集団だ。

 トーマスは、弟のように可愛がっているミルが、調子のいい親衛隊達にまたからかわれていると瞬時に察したようだ。

 不器用に馬から飛び降りて駆け寄ってくる。運動神経はあまりよくないらしい。


「あ、あの、隊長! 僕、頑張ります! だから、帰れなんて仰らないでくださいね!」

「……何の話だ?」


 少々疲れた顔をしていたガウェインは、きょとんと首を傾げた。




 ガウェインが連れていた護衛も含めると、総勢二十名以上になった大集団は意気揚々と近くの街バーレンに繰り出した。丁度用事があるからと同行したガウェインの横で、仕事で残るトーマスが涙ぐんだ目で繰り返していた言葉がある。『いいかい、四階の階段左をまっすぐ、突き当りだよ! 左の突き当りだからね!』と。

 あれは一体なんだったのだろうかとミルは首を傾げたけれど、誰も堪えは教えてくれなかった。








「わぁ!」


 ミルは夕焼けが消えようとしていても活気溢れる街並みに感動の声を上げた。帰路を急ぐ人々に、仕事を終えて夜の街で騒ごうとする者、それをターゲットに屋台の種類は変わる。国境地帯は紛争地域でもある。軍人が多いというのは男の人数が多いということだ。城下町のように整然とはしておらず、どこかごったになった街並みだ。飲み屋が異常に多い。そうなるとあまり治安がよくないのは世の常だ。しかし、バーレンでは柄の悪い者は多くても、犯罪の発生率は意外と高くない。流石に女子どもは夜に一人で出歩けない程には他の町と同じであるが。



 ちょっと小腹を膨らませていこうと誰かが提案した。肉まんや棒串肉や焙り肉や肉や肉や肉の屋台に突っ込んでいく筋肉を見送る。集団がばらけた後には、ガウェインが守護伯だと気付く人もいた。反応は多々あるが、大まかに見て軽く頭を下げる者が多い。私用だと格好で分かっているだろうから軽い会釈だけだ。

 けれど、守護伯に対する確かな信頼がそこにはあった。

 慣れた様子で片手を上げるだけに止めたガウェインは、自分の横に残ったミルを見下ろす。


「お前は行かないのか?」

「あ、隊長もですか? 僕はこれにしようと思いまして」


 ミルが揃えた指で上品に示したのは、誰でも食べた事のある簡単にして手軽な菓子だ。甘い生地を油で揚げて砂糖を振っただけで、家でも作れる。値段も安いので、子どもが小遣いを握り締めて買いに走る定番の品だった。


「また懐かしい物を」


 仕草と選んだ品に微笑ましいものを感じて、への字が多いガウェインの口元が綻む。


「僕、甘いものが好きなのです。温かい内に頂けるのも嬉しいです」


 ちょっと恥ずかしそうに用意された手製の布財布は、男が持つにはちょっと刺繍が可愛らしすぎたが、ちまっとしたミルには違和感がない。財布を握りしめてそわそわしている様は子どもそのものだ。ガウェインはつい丸い頭に手を乗せた。


「買ってやる」

「え? でも、それでは、た、たかり? になってしまうとジョンさんが。部下が上司に貢ぐのが正しい在り方だと伺いました」

「……お前がたかられてるとそろそろ気づけな?」


 部下の在り方に口を出す主義ではないが、彼はどうしても心配になってしまう。世間知らずで箱入りに見えて仕方がない。純真無垢な弟を持った気分だ。


「あの、一つお伺いしても宜しいでしょうか」

「ん?」

「たかり、とは、謀りの略語でしょうか」

「ん!?」


 箱入り息子はガウェインの驚きには気づかず、本気で考え込んでいた。どこから突っ込めばいいのか悩むガウェインの横から、汗だくの手がぬっと現れる。


「ほいよ、お坊ちゃん! 熱いから気をつけな!」


 汗だくで手拭を巻きなおした男は、あまりに待ち遠しそうなミルの為に砂糖を多めに塗してくれた。


「ありがとうございます!」


 店主と上司両方に礼を言って、ちょこちょこ小走りで道の隅に移動したミルを、ガウェインは不思議そうに見送った。






 ミルはポケットからハンカチを取り出して、丁寧に敷く。その上にちょこんと座り、満面の笑顔で、千切る。


「齧れよ!」

「歩きながら食えよ!」

「つか、そのまま座れよ!」


 戻ってきた同士達の突っ込みは聞こえない。もぐもぐと租借してごくりと飲み込む。甘ったるくて油っこい。けれど簡単な大味が気がねなくていい感じだ。


「うまいか?」


 同じ菓子を二口で食べ終わったガウェインを憧憬の目で見上げて、ミルは破顔した。

「はい! あ、あの、家の者に知られると怒られますので、その……どうぞ内密に」

「ふ……いいから黙って食え」

 結局最後まで千切って食べ、もう一枚のハンカチで口と手を丁寧に拭う。大変満足だ。にこにこと相好を崩していたミルは、ふと首を傾げた。あれ、私は一体何しに来たんだろうと。



 好奇心に負けてちょこまか寄り道するミルは、最終的にはジョン達に捕獲されて目的地に辿りついた。ここまでくると流石に戦ではないと気づく。だとすると初陣とは何だろうと首を傾げるミルは、妙ににやにやしている仲間に囲まれて一つの建物の前に立っている。窓が多い様子から宿だろうと目星はつけた。それに表はあまり大きくないが、奥に続く形式からもそう予想をつける。しかし珍しい形の建物だ。


「こんなに沢山の塔があるお宿って珍しいですね。奥行きも広そうですし、窓の装飾も凝っていますね。貴族の方が利用されているのですか? でも、どうして初陣?」


 首を捻ってまじまじと建物を見上げていた肩を叩かれて吹っ飛んだ。気のせいだろうか。彼らの掌はミルの頭くらいある気がする。


「ミル! おれらのおごりだ! しっかり大人になれ!」

「は、はい! …………はい?」


 反射で返事をして、盛大に首を傾げた。

 こういう造りの建物は、世間一般的に、まあ、そういう店であるという子どもでも大体知っている常識を、ミルは全くもって欠片も知らなかったのである。







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