12魔 西方守護伯付き魔女の初陣
グエッサルの東部国境線に配属されて久しい男は、初めて広がる景色に感嘆と寒気を覚えた。
最前線に並ぶのは悪臭を放つ醜悪な魔物達だ。支配するように宙に浮くのは『ウイザリテの特権』、魔女。この地の戦場では見ないものだ。それをこっちが先に手に入れた。
幾度も煮え湯を飲まされてきたウイザリテ軍は動揺していることだろう。舌で上顎を舐めて興奮を宥める。
他の戦場では魔女が好き勝手に戦場を支配していると聞くが、ここ西部では人間同士の戦でしかないのに勝てた試しがない。いつだって数で勝ろうとも守りきられる。 いつからか向こうの指揮官は変わっていた。歳若い少年が率いた軍に押し潰された屈辱。若い将軍が守護伯だと聞いて、グエッサル軍は浮き足立った。下町で育った私生児が貴族社会に辟易しながら、何とか当主をやっていると。
だが、実際目にしたら噂と全く違う。完成する前の細くて頼りない身体でいながら、眼孔は鋭く、指示に躊躇いがなかった。喧嘩慣れしているのか度胸もありすぎるほどあるのに、引き際を弁え決して深入りしてこない。逆にこっちが深追いして壊滅させられた。
魔物の国ウイザリテ。もしかするとこの戦が後の教科書に載る戦になるのではないか。男は久しぶりに感じる高揚に喉を鳴らした。自分たちが生まれる前から祖国が望み続けた国が手に入る、歴史的瞬間が今なのだ。
魔物は醜悪だと思うが、それであの壁が落ちるなら感謝さえ出来そうだ。
高揚のままに鼻歌さえ歌いかけた男は再度戦場を見下ろし、動きを止めた。周囲も次第に騒がしくなった。
馬鹿な……。誰かが呟いた。この戦場にいる魔女は我が軍が使う物だけのはずだ。
聳え立つ壁より前に少女が一人浮いている。長い銀髪は暮れた空の中でも星のように輝いていた。
少女が片手を上げると同時に、こちら側の魔女が少女を指差した。閃光が少女を襲う。凄まじい爆音と煙に動揺が収まりだす。あれが魔女だとしても、たった一人で何が出来る。
気を取り直した男はもう一度空を見た。風で流れた煙の中で、少女は変わらずそこにいた。少女の周りを光の陣が幾つも取り囲み、空も埋め尽くさんばかりだ。
「天からの采配!」
空を埋め尽くした陣から落ちた落雷と同じ、鋭い声だった。
攻撃の名残の煙が上がる。
ミルレオは、いつでも防御できるよう掌を開いたまま、そっと息をついた。
敵国の魔女は頭からローブを被って姿は闇に近い。けれど、稚拙だ。ただ術を放っているだけで、式も何もあったものではない。
魔女の技は口伝だ。本に記す事はない。否、記せないのだ。術式は一人一人違うし、術前の言葉も集中を高めるためであって呪文ではない。個々が自分だけの術式を練って魔術は使われる。他人の術式は使えない。誰もが自分でしかあれないように。
視界の端で光が走り、視線は前に固定したまま片手だけを向ける。
「悪意の遮断!」
瞬時に現れた陣が放たれた炎を弾き飛ばす。
見世物のようなパフォーマンスは出来ないし、要らない。
口元は緩やかに弧を描き、瞳は慈しみさえ感じさせるよう穏やかに。動作は荒々しさなど皆無に優美さを保ち、何時如何なる時も余裕を持った微笑で。相手には恐怖を、味方には安堵を。それが魔女の役割で、上に立つ者の務めで、王族の責務だ。
お気に入りのドレスの裾は、空中でここぞとばかりに美しく靡いてくれる。派手さは衣装で十分だ。
母になるつもりはない。けれどいま最も必要な威厳はそこにあった。あの人はいつだってミルレオの理想で、目標だったから。
華々しく自信に溢れる女王レオリカ。王族として求められる手本をずっとずっと見てきたのだ。
歴史上迫害の対象にあった魔女達は、そのほとんどがウイザリテを目指した。辿りつけなかった者は火炙りとなった。ひっそりと生き残った者が子孫を繋ぎ、今があるとしても、技まで繋がらなかったのだろう。あまりに稚拙。だからこそ危うい。
ウイザリテの魔女は誰も魔物を操ったりしない。他者の操り自体行なわない。操るのは危険が伴う。相手を取り込んで意識を奪うのだ。細心の注意と万全の用意があって尚、些細なきっかけで取りこんだ相手との調整を乱し、術者自身が滅びる可能性があるからである。
グエッサルの魔女は拙い魔術で魔物を操っていた。同化で術者自身が狂う危険性を知らないのだろうか。
眼下に広がるのは夕焼けの名残が山間に少しだけ見える空。地上には蠢く侵略者。
「わたくしは」
上げようとした声は魔物の雄たけびに飲み込まれる。駄目だ、小さい。
「我は! レオリカ王が長子、ミルレオ・リーテ・ウイザリテである!」
腹の底から背筋、指先まで痺れるほどの大声を。されど語尾を震わさず、凛と透き通った強さで。
自軍敵軍からのどよめきに空が震えた。
「グエッサル軍は我が国の領土を侵している! 直ちに軍を引き、撤退せよ! 従わぬならば、我々は武力を持ってこれを排除する!」
背後から響く開門の声。
西方守護伯が率いる軍こそ西の防衛線。領土を増やすための戦はしない。彼らが国境壁を出るのは常に自衛の為だ。
陣に守られたミルレオに向かって矢が放たれた。炎を纏った矢は一本で、傷つける意図はなかったはずだ。けれど宣戦布告。警告は終了した。
ここはウイザリテ。
魔女が作った魔女の楽園。
嘗て魔女を追いやった人間は決して踏み入るなかれ。禁を犯して踏み入れば、忽ち魔女の怒りに触れるであろう。
敵の魔女が掌を掲げれば、魔物が雄叫びを上げて歩を進めた。魔物同士がぶつかって食い合いを繰り返しながら前に押し出されて来る。制御しきれていない。
それでも西方守護兵達の動揺が手に取るように分かった。偶に現れる魔物を討伐した事はあれど、波のような数が押し寄せれば平然としていられるはずがない。
ミルレオは、小さく息を吸って、吐いた。
なればこその魔女。なればこその王族。
なればこその、ミルレオ・リーテ・ウイザリテ。
「北に銀雨、東に緑華、西に雪彩、南に陽音」
ミルレオの言の葉に合わせて天に幾多の陣が現れた。夜空に花が咲いたように美しい陣だ。
「天より授かりし銀星よ。地上蠢く悪しき魂に救いを与え給え」
髪が激しく波打ち、一際激しく光が舞った。
「星落し!」
インプを捕えた術とは桁が違う。魔物の脳天から地面まで突き刺す星の槍は、まるで雨のような激しさを持って魔物の上に降り注いだ。
凄惨な光景を見下ろし、ミルレオは拳を握り締めた。相手が人であろうともミルレオは攻撃する。出来る。この国を守る為に、西方を守る為に、仲間を、ガウェインを死なせたくないから。ミルレオとして、ミルとして、私は敵を屠るのだ。
術は出来るだけ派手で凄惨な物を選んだ。敵軍の恐れを誘い、強さで自軍の安堵を誘う為に。
「一歩たりとも踏み入れるが叶うと思うな! ここは、ウイザリテだっ!」
背後から聞こえる雄叫びは西方軍の物だ。一気に士気が上がったのを肌で感じる。王女様、姫様、ミルレオ様、万歳。大気を揺るがす怒声とも間違えそうな歓声に笑顔で応える。王女は彼らの士気を高め、守護伯付魔女は戦況を有利に運ぶのが仕事だ。
「姫様が道を切り開いてくださった。姫様お一人に戦わせては我等西方守護軍の名折れだぞ!」
どんな騒音の中でもミルレオの耳は勝手に彼の声を捉えた。
愛馬に跨り、闇に紛れる黒の外套をはためかせている。
グエッサルのように大仰な全身甲冑はない。外套自体が鎧だ。魔女の技術で、目が細かい布を薄く幾度も幾重も重ねて作られた特注品だ。
軽装備でありながら矢を弾き、槍さえも防ぎきる。
馬は頭から胴にまで甲冑を装着していた。長期の進軍を考えられていない鎧だ。足である馬は厳重に、人間は動きを重視した軽装備だ。素早く攻撃し、素早く戻る。侵略がない国だからこそ成り立つ人の軽装、馬の重装。
そこに鎖帷子を着込んでいるのは西方軍の特徴だ。魔女がいないので、他方に比べて矢の有効度が桁違いなのでよく使用されるからである。。
こっそり頬を染める。あの人と、キス、した…………駄目だ今は忘れておこう。飛ぶ事すら侭ならなくなりそうだ。
ガウェインは長い刀を引き抜いて空に掲げた。
「全軍突撃――――――!」
応える大歓声と地響きで戦端は開かれた。
空を星が駆ける。
長い銀青を靡かせて、宙に漂う『魔女』を落とす『魔女』。
ミルレオは息を呑みこむことで衝撃に耐えた。稚拙。術の使い方が荒く雑だ。魔物を操る片手間に相手できるほどミルレオは矮小ではない。本人の自信は悉く削り取られていたが、彼女を魔女にしたのは女王と王宮付き魔女達だ。そのミルレオが、学生が放つような稚拙な術を阻めぬわけがなかった。一対一では勝ち目がないと見て取り、相手は魔物の操縦を諦めて三人で固まる。ローブの下に隠された表情は読めない。年齢も、性別さえもだ。
だが、ミルレオは躊躇わなかった。
「白の矢、黒の刃、灰の鎌!」
次々に繰り出した斬撃は的確に相手に届いた。咄嗟に組まれた防御陣ごと砕いた攻撃に、鈍く潰れたような声を上げて落ちた魔女を、別の魔女が支えて飛んでいった。
追うべきなのだろうが、ミルレオはこの場を離れるわけにはいかない。
グエッサルは魔女を持ち、魔女は魔物を操る。魔女一人で戦況は裏返るのだ。
追って、殺すべきだ。ぐっと掌を握った間に、操縦者を失った魔物達が地上で乱れ始める。血の臭いに興奮して誰から構わず殺し始めた。魔物もウイザリテ軍もグエッサル軍も関係なく。
小さくなっていく魔女の姿を振りきり、ミルレオは視線を足元に向けた。片手はグエッサル側に向けている。飛んできた数えきれない火矢は、雪嵐で全て凪いだ。
的確に魔物とウイザリテ軍の間に術を落とす。色取り取りの炎は地面に突き刺さったまま燻り続けている。こうすれば魔物は向きを変えてグエッサルに向く。制御しきれない力は己が身を焼くのだから。
歓声を上げた兵士の一人が鋭い声を上げた。
「姫様!」
はっと視線を戻した瞬間、硝子細工が割れたような音がして陣が砕かれた。肩に衝撃を受けたと気づく間もなく体勢が崩れ、視界が回る。
弾かれたように吹き飛んだ自国の姫の姿に、絶叫が上がった。
「てめぇら、死んでも受け止め奉りやがれ――っ!」
あまり聞いたことのない言葉遣いだったが、かなりの人数が叫んでいたので西方では普通なのかもしれないと、ミルレオは今は関係ないことをやけに真剣に考えた。
落馬した段階で死を覚悟するのが騎馬の戦だ。赤い雨を散らして夜空から堕ちた星を、トーマスは全力で受け止めた。空からの珍客にも、魔物の群に逃げ出さなかった軍馬は耐えてくれた。
「姫様、ミルレオ姫様!」
泣き出しそうな声にミルレオは意識を掻き集めた。生きてる。なら、戦える。
「トーマス!」
馬から滑り降りたガウェインの後ろで、ジョン達が周囲に盾を構えて壁を作った。
肩に突き刺さったのは銀の矢だった。術の残滓が燻る矢を握ったトーマスの手がじゅっと音をたてる。火傷に構わず、トーマスは小刀を抜いた。
「ご無礼仕ります! 毒矢かもしれません!」
止める間もなくドレスが破かれる。慌しく回る視界の端で、ガウェインが腕に巻いた小降りの盾を外したのが見えた。
「俺の腕を噛め! 噛み切って構わん!」
何をする気か分かって身体が凍りつく。たじろぐ心とは裏腹に、口は勝手に動いていた。お願いします、と。
ジョン達の大盾が視界を塞ぐ瞬間、トーマスの肩越しに空が輝くのが見えた。ミルレオを落とした銀矢が今度は守護軍に降り注ぐ。魔女が人を害している。魔女が、ウイザリテの民を。
後ろから抱え込むように抱きこんだガウェインの腕を噛んだのを見て取ると、短い前置きがあり、鋭い痛みが全身を走りぬけた。慎重な手つきのお陰か所為か、肉が裂けていく感覚がリアルに脳に刻まれていく。遠慮なんて出来なかった。きっと血が滲むほどに歯に力を入れているのに、ガウェインはこっちの心配をしてばかりだ。大丈夫、ありがとうと言いたかったのに、口を離すと舌を噛み切ってしまう。
落ちる汗が目に入っても拭わないトーマスは、慎重に小刀を置いた。
「抜きます」
ぐっとガウェインの腕に力が篭る。全身で押さえつけられた途端、視界が真っ赤に焼けた。ずぐりと締まった肉から矢が抜け出ていく。神経も一緒に抜かれているんじゃないかと思った。
「っ――――――――――!」
痛いなんて言葉は浮かばない。吐きそうで、神経を引きずり出される感触と共に、肉ごと持っていかれた気がした。知らず零れた涙に滲んだ視界の中で、見知った人達の方が余程痛そうな顔をしていて、トーマスなんかは実際泣いている。
抜けきった途端身体中の力が抜けた。終わってみると、鈍痛が断続的にあるものの、動けなくはない。痛みを痺れと思えばいいのだ。
「どうだ?」
血に濡れた鏃を見聞したトーマスは、ほっと息をついた。顔と態度で丸分かりだ。毒はなかったのだろう。ガウェイン達の空気も一気に和らいだ。
「ありがとう、ございます」
思ったより声に力が出なかった。痛々しそうな視線に見下ろされながら、ミルレオはガウェインの庇護から立ち上がる。思った以上に力の入らない足でよろめいた身体は、怒鳴りつけるように抱きかかえたガウェインに支えられた。
「何をやってるんだ! 動くな! トーマス、早く彼女を中に!」
引き渡されそうになり、慌てて振り解く。片手で傷を抑え、簡易の止血をする。医術は本職ではないので、本当に時間稼ぎにしかならないが。
「戻ります」
「姫様!?」
悲鳴のような声を上げたのは親衛隊の皆だ。ちゃんと服を着て真面目な顔をしていればまるで騎士だ。いつもそうしていればいいのにと思うが、そしたら皆じゃないのだろう。
「ミ」
呼びかけたガウェインの唇を、そっと指で塞ぐ。
「これは、私の務めです。私の世界を放棄させないでください。ここで逃げ出したら、私は一生、自分を役立たずだと思って生きるでしょう。そんなのは、もう、嫌なんです」
出来ないのなら大人しく奥に篭っていろといわれ、唯々諾々と従ってきた。出来ないからやらなかったのも、出来るのにやらなかったのも、どっちも役立たずだ。そして、どちらのほうが罪が重いのか、ミルレオは知っている。
王女という役職に就いているにも関わらず、義務を放棄しては、最早レオリカの娘であるとも名乗れなくなるし、何よりここの人達に顔向けなどできようはずもない。
「王族として、魔女として、果たすべき責を果たさずして、私は私と名乗れません。この世界にいたいんです。貴方の隣に在れる自分でいたいんです」
痛みに憔悴してはいたものの、ミルレオの瞳に躊躇いは欠片もなかった。ガウェインは反射的に怒鳴ろうとして、ぐっと口を噤んだ。姫様が望むなら何でも叶えて差し上げたかった。けれど、こんな願いを聞き届けたかったわけではない。
ガウェインは片膝をついて頭を垂れた。
「姫様の御心のままに……こちらを」
差し出されたのは、ガウェインの服の内に無理矢理押し込められていたミルの上着だ。少しくちゃくちゃになっている。
「姫様の肌をグエッサルに晒すわけには参りません。このような物で宜しければ、どうぞお召しを」
ミルレオは万感の思いで着慣れた上着を受け取った。厚手の生地はズシリと重く、折込がついた袖は苦笑ものだ。
「ありがとうございます」
何度堕とされても、何度だって飛びたてる。果たしたい使命、守りたい何かがあるとはそういうことだから。
仮令、削れるものが自身だとしても。
飛び立った華奢な身体を見送り、ジョンは重い息を吐いた。
「噂とは全く違われるな。あれを役立たずだなんだとほざくたぁ、中央の奴らの目は腐って溶けてやがんな」
再び夜空に張られた陣に歓声が上がった。姫様、ミルレオ様、兵士の叫び声はそのまま士気の高さだ。空を駆けるのは、鳥と魔女のみ。彼女は一人で戦うのだ。一番目立つ場所で、敵兵の憎悪を華奢な身体で一身に背負って、たった一人で。
「あの御方を主と仰ぐこと、俺達は何の不満もない」
命を託す相手として異論ないと、武人は言い切った。それがどれだけ誇らしい事か、戦士達は知っている。
いつになく真面目な顔で言い切ったジョンは、未だ苦しそうに空を見上げるガウェインの背を叩いた。ばがぁん! と凄い音がした。痛みにつんのめったガウェインの睨みを無視して再び軍馬に飛び乗る。ガウェインも舌打ちして飛び乗った。後で覚えてろと捨て台詞は忘れない。
「当然だ。我らが姫様にあらせられるぞ」
少し小柄な馬が横付けするように止まった。騎手が小柄で身体が出来上がってないからこその馬だが、気性は荒くて戦場にも怯まず駆け抜けられる。
「閣下が言ったとおり、奴ら気ぃ抜いて結構前に出てきてた」
「どこだ?」
「北西の小高いとこ……ほら、いまちらっと松明が」
斥候に行っていたザルークの報告に頷きながら、飛んできた矢を刃で無造作に弾いた。これは普通の矢だ。ミルレオの術を突き破ってきた銀矢は誰が射った?
背中でクロスさせた太いサスペンダーに刃を戻す。中型の両刃を背に二本、腰に携えるのは魔女の知識の結晶、鉄の最高傑作とも謳われた黒鋼の片刃だ。
相手の剣ごと斬り裂ける刀は、ウイザリテが誇る武器の一つだった。黒鋼も石から抽出できるのは魔女の技術だ。武器の強さ、軽装備でありながら甲冑に近い防御力を発揮する防具。ウイザリテの強さは魔女の知識に支えられた人間達の奮闘も大きい。
魔女は強く、只人は叶わない。けれど対等でありたい。そう願った人間達が、守られるだけを良しとせず、肩を並べて戦うための知識と努力。
ザルークも手慣れた様子で矢を切り落としながら、珍しくそわそわとしていた。
「どうした?」
「閣下。ミルの野郎はどうしたんすか。まさかやられたとか!?」
「あ、おれも聞きたかったんすよ。おれらのミルはどうしたんですか?」
ガウェインは一人で戦う『主』兼『部下』を見上げた。
「あいつにしか出来ない事を、任せてる。いいかてめぇら! あいつは俺らには手を出せない場所で一人踏ん張ってる! 一人で戦う同志の為に、てめぇらも腹据えてついてこい!」
野太い応答にげんなりしないのは、所詮同じ穴の狢だからだろう。戦場では逆に血が沸き立つ合図になる。
ガウェインは抜き放った剣を構え、馬の腹を思いっきり蹴りつけた。