いい奴
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴って、急いでクラスに戻る。クラスまでの廊下を、右斜め後ろをついてくる転校生に、学校内である、と言うことを意識して欲しい。さっき、転校生が言っていたことが、本当であるにせよ、そうでないにせよ、私が目立ちすぎるのは困る。こんな、みんなに追い回されるような人と一緒にいて、私がみんなに疎まれるのでは、納得がいかない。私は、常に、空気のような、そんな存在でいたいのだ。
――そうすれば、傷つかなくてすむから。
もう3年前になる“あれ”は、私に、そんな教訓をもたらした。
……いやなことを思い出したな。今は、今だ。とりあえず転校生に呼びかけようとして、彼の名前は2つあることに気がついた。
「えっと……。名前、なんて呼べばいい?」
「学校では、“風間”の方で呼んでください。“優夜”でもかまいませんが……」
学校では、と言うことは、マフィア関係では、リディオで呼べ、と言うことかな? ……ふとうかんできた疑問は後回しにする。今は、今!
「じゃあ、風間くん。とりあえず、その敬語と後ろにつくのをやめて」
「……わかった。えっと……」
「小金井」
「じゃあ、小金井。わかった」
風間くんがうなずいた瞬間、チャイムが鳴った。
「おまえが遅れなんて珍しいな、小金井」
「すみません」
5時間目に遅れた私は、普段の私にはあり得ない、教卓の前に立っているという、かなり目立つ事をしている。
今回に関しては、私のせいだ。予鈴が鳴る前に出てこなければならないのに、そこまで時計を見なかったのだから。
「小金井さんは悪くないです。オレが、案内をお願いしていたので」
私はちょっと驚くが、これくらいでは表情は変わらない。先生は、そのせいで、勘違いをしたようだ。
「そうか、でも、授業には遅れないようにしろよ」
「はい」
席に着くと、授業が再開される。私は、風間くんに教科書を見せつつ、ノートの端っこに小さな文字を書く。
『なんであんなことしたの? 別にあなたのせいじゃないのに』
トントンとシャーペンでたたくと、気がついたようで、風間くんのノートにも、細かい文字が綴られる。
『いや、でも、オレのせいなのも確かだよ。オレのせいで、小金井は時計を見なかったんだろ? 小金井はむしろ、いい奴だよ。怒られなくたっていい。』
『はぁ? どういうこと? 私、先生に嘘ついたのに』
さっきの文章の下に続けて書く。
『ほら、そういうとこ。べつに、嘘くらいつけばいいじゃん。てか、嘘ついたのオレだし。それに、オレが話してるときも、少しも目を離さないで、しっかり聞いててくれただろ?』
『そんなの、基本じゃない』
『そういうところがいい奴、って事なの』
意味が分からずに風間くんを見ると、先生にばれない程度、ほんの少しだけ、こっちを見て笑っていた。
私のことを、いい奴って言うなんて、変わってる。
……でも、平然と嘘をつくのは、いただけないな。