転生罪の咎人達
輪廻転生、天生輪廻とも呼ばれる死者の魂がこの世に何度も生まれ変わってくる宗教思想である。主にインド哲学、東洋思想において顕著である……
輪廻転生が科学的に証明された。更に前世がどんな人物であったかまでもが分かるようになった。これは世界中に大きな変化をもたらしている。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトを前世に持つ女性は後に世界的指揮者、作曲家となり音楽業界をリードした。
マザー・テレサを前世に持つ少女は紛争地域や発展途上国に赴き慈善事業を行うボランティア団体を設立。ノーベル平和賞を授与するに至った。
北里柴三郎を前世に持つ青年は医学界でがん治療研究の第一線に立ち多くの患者を救いながらがん根絶に力を注いだ。
転生した人は少なからず前世の才能を引き継いでいると確信した世界は政治、医療、文化、あらゆる部門で前世にその部門で活躍した人物を前世に持つ人々が中心となっている。しかし世界で偉業を成し遂げた人々や多くの人を救った救世主のみが輪廻転生してくると言うのは虫が良すぎる話だ。当然「彼ら」も転生してくるのだ。前世で悪行を成した。かつて世界を混乱に陥れた「彼ら」が送られてくる隔離施設。人々の目につかないところにそれは確実に存在していた。「転生危険者収容所」と呼ばれる前世の罪を償う刑務所だ。
青い護送車が施設の庭先に到着する。乗っている警官服の男たち以外は皆20代と言ったところか、おおよそ24人、男女比は均等、皆数日前にいきなり「前世に問題がある」と告げられ隔離されると告げられてここにいる。当初はパニックであったろうが皆今は落ち着きつつある。
「今日からここが皆さんの住まいです。皆さんは先日説明した通り少なからず社会に危機を及ばす才能がある可能性があります。無論、社会に有益な才能が認められればここから出る事も叶いますがそれでも長期間この施設にいる事となりますので秩序を守って
規則正しく生活するように」
簡単な説明を受けた24人は「個室」と呼ばれた部屋へ案内された。1部屋に1人ずつ設けられてはいるがとどのつまり独房だ。しかし施錠されている訳ではなく施設の中であれば個室の外に自由に出入りする事も可能なようだ。刑務所とはどこか違う点も見受けられる。
24人中23人は個室に入った直後に軽く施設内を散策に出た。
「即座に学校見学気分か……」
そんな23人をあざ笑うかのように残った1人の青年は窓の外を見た。
彼の前世は「パブロ・エスコバル」コロンビアで麻薬密売組織「メデジン・カルテル」を創設し巨万の富を築いた麻薬王である。その才能あってか彼はインターネットを使ったビジネスを考案し、いざ始めようとした矢先ここに送り込まれたのだ。ビジネスと言っても少々詐欺に近いところはあったが……
収容所には2パターンの人間がいる
1つは前世の悪行のおぞましさを恐れ自らの名を名乗る人物、そしてその逆、前世の悪行をむしろ誇りに思い前世の名前を名乗る人物。
午後7時頃、パブロ・エスコバルを前世に持つ彼は初めて個室の外に出て食堂に顔を出した。ひとまず食事は欠かせない。が、この収容所にいるものとコミュニティを持ちたいとは考えなかった。そんな気分ではなかった。メニューは申告制で定食から麺類まである程度一般的なものが揃っていた。
「そちらのお兄さん、新入りだね? 何が良い?」
「あ……じゃあミートソースパスタで」
「あいよ」
食事を作る女性はここの収容所の人ではないようだ……前世で悪行を成したとはいえ一度死んだ以上ある程度の慈悲と言うか配慮はあるようでちゃんとしたものが出てきた。
「いただきます……」
彼はフォークでパスタを絡め口に運んだ。それなりに美味である。
周りでは自分の前世の悪行を誇る者や前世の話とは一切関係ない他愛ないおしゃべりをする者、わきあいあいとした雰囲気があった。彼からすれば違和感が拭えないが。
「キミは新入りか?」
周りの話を無視し黙々とパスタを食する。
「おーい、キミだよ、キミ」
無視する。
「無視とは酷いじゃないか、話しかけているのに」
ポニーテールの女性が強引に視界に入ってきた。
「なんですか? 食事の邪魔……」
「まぁまぁ、この施設に不満そうな顔でパスタを食べているものだから気になってね、話しかけたと言う訳だ、少し私と話そうじゃないか」
口数の多い女性だ。見たところ年上だろうか?
「ここに来る人々はどうにも社交的になりたがるのにキミは珍しいね、まぁ中にはいるんだよ、この収容所に来てしまった事自体を不条理に思って不機嫌になって周りと交流を持たなくなるのも……」
マシンガントーク? とは言え彼女の言う言葉通り彼は不条理に思って不機嫌になっているので反論が出来る訳では無かった。
「例えば彼、前世がかのグレゴリー・ラスプーチンなんだと聞いたよ。ロシア皇室をたぶらかした怪僧、本当は凄い奴なんだと思うんだがね」
食堂の隅で定食の魚をつつく大男を指さして言った。彼の身長が170cmだとすると20cm位大きい。スポーツマンの様な風格すら見受けられる。
「キミの前世はなんだい? 嫌じゃなければ教えて欲しいな」
遠慮なくズバズバ発言をする女性、彼女にはなんと言うか口達者ではあるがどこか空気を支配するような違和感がある。彼はいやがる事をやめ、フォークを置いた。
「パブロ・エスコバル、コロンビアの麻薬王ですよ」
彼女はそれを聞くと目を見開いた。
「本当かい? 凄いじゃないか!?」
まるで有名人にでもあったかのような感激のされ方だ。こんな元悪人を前に感激していると言うのもおかしいが。
「キミほどの人物なら誇っても良いと思うよ。この施設だと1,2を争う凄い前世の持ち主だ、もっと誇りたまえよ、少なくともこんなところで1人でこそこそパスタを食べなくてもいいのに」
べた褒めだ。とは言え自分の前世をそうそう誇るのはやはり気が引けよう。
「麻薬王ですよ? 犯罪者であった前世を誇る気になんてなりませんよ」
「それは物の見方次第だよ?」
彼女は首を傾げた。そのままこちらを凝視し続ける。吸い込まれるような眼光だ。瞬き一つせずこちらを見ている。彼はごくりと唾を呑んだ。気がつけば彼女はここしばらく口を開かない。彼女の次の言葉を待っているがいつ口を開くのだろうか? 彼はすっかり彼女のペースに持ってかれていた。それも彼自身は気付いていない。彼女が最後に口を開いてから都合5分くらいだろうか。ようやく彼女は静かに語った。
「キミはかつて我々の敵に多くの麻薬を売り込み、巨万の富を奪った。我らの敵、アメリカにダメージを与えてやったんだ。キミの前世はアメリカにダメージを負わせた僅かな数の英雄たちの内の1人なんだ」
英雄……敵、アメリカ、そのワードが彼の脳裏を刺激した。
輪廻転生を証明したのはアメリカの学者、それによる発展の先駆けとなったのはアメリカだ。となればアメリカが敵と言う考え方は容易に納得できる。
「いいかい? キミの才能があればもう一度我らの敵に傷を負わせられる。それもきっと前世の比じゃない。私はね、こんな収容所に閉じ込めてくれた奴らに復讐がしたいんだよ。いや、復讐しなければならないんだよ!」
彼女の口調が強くなる。
「ここにいるのは前世でアメリカや日本、資本主義の化け物どもに少なからず害を与えた人物達だ。奴らは我らを隔離して遠ざけたつもりらしいが逆に考えてみるんだ。そのダメージを負わせた才能の持ち主をここ一か所に集めた。これは好機だ。この最悪な現状を叩き壊せる才能が既に揃っているはずなんだ。キミはその筆頭とも言える。ここでしょんぼりとパスタを食べるような寂しい人生で終わって良いはずがない!」
彼は既に彼女のとりこだ。言葉の一つ一つが彼の心に突き刺さる。
「もう一度作ろうじゃないか我らのメデジン・カルテルを! 我らの……第三帝国を」
圧倒された彼は彼女に問う。
「あなたは……誰だったんですか?」
彼女はニッと笑う。少女のように、無邪気に邪気を詰め込んだように、異様さに妖艶さを足し合わせた“総統“がそこにいた。
「アドルフ・ヒトラー」
syのsの方です。このサイト使うの初めてなんで短編からスタートしてみました。感想とかいただけると嬉しいです。いい感じだったら続編とか書いてもいいかなーなんて思ってたりしてたりw