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極東の空  作者: かつのは
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四話

 大粒の雨が地面へと落ち、既に出来ていた水溜りを大きくしていく。雨の音が、どこか寂しげに響き続ける。校舎へと続く道から見た空はどす黒く淀んでいて、まるで自分たちの心を写したかのような色をしていた。


 教室へ入る。既に皆が集まっているが、誰一人として口を開かずにただ前を向いて座っている。昨日まで中隊長だった彼の事故死は

他人事ではない。この中の誰かが、彼と同じような運命を辿る可能性だって有り得るのだ。俺を含め、ここにいる全員が戦場で散る覚悟は出来ている。だが、戦場に出る前に死にたいなどとは思えない。

 席に座り、そんなことを考えていると、チャイム代わりのラッパが大きく響く。いつもの様に鬼のような体型と顔をした教官がドアを開け入ってくる。

彼が教卓の前に立つと同時に、俺の起立の合図で立ち上がり、一拍置いて礼をする。それが終わり、着席の合図を出すと皆が同時に座る。


「戸境のことは残念だった。が、貴様らに悲しんでいる余裕はない。……では講義を始める。」


 無表情で淡々と言い、白墨を手に持ち黒板の方へ向く。カツカツと黒板を鳴らし、横から見て上下に居る様に二機の飛行機の絵を描いていく。下にいる機体は少しだけ下に機首が向いている。書き終えると前を向き、口を開く。


「今回の模擬戦でほぼ全ての者が犯した間違えがこれだ。」


 黒板を強く叩き、大きな声で強調するように言う。


「上空から見た時に下の機体はどう見えたか答えろ、生駒。」

 

 指名されたので即座に立ち上がり、一息入れてから口を大きく開けて答える。


「はい、教官殿。水平に飛行しているように見えました。」

「うむ、座ってよろしい。貴様ら……いや、大多数の者が陥る間違えだな。

水平に飛行していた場合、確かに上空から一撃離脱をした場合は下にいる機体は追い付けないだろう。だが、このように少しづつ高度を落とし速度を確保していた場合、どうなるかは明白だ。」


 答えを聞いた彼は、また黒板を叩いて再度注目を促す。


「敵が自分より優秀で、かつ単機同士であれば、まず間違いなく死ぬ。だから貴様らは、これより二機で一つの纏まりになるのだ。各々が相互に守り合うことが出来るならば、後ろは取られ難くなる。わかるか?」


 問い掛けるように言いつつ、彼は教室内を見渡す。その後、教官は十数秒待ってから説明を始めた。


「……では、これより編隊についての解説を行う。

 まず、二機編隊を我が軍で最初に運用したのは、昨年の釜山上陸作戦の支援だ。やはり、相互支援を目的としてこれが始まった。

実際に運用され、それ以前の三機編隊よりも相互支援が容易であるという判断が下され、今に至る訳だ。ここまでで質問はあるか?」


 皆が無言の肯定で返すと、そのまま言葉を続ける。


「二機編隊では、編隊長機と僚機の役割がある。編隊長機は接敵前までは編隊の誘導と索敵。接敵後は敵に対し、攻撃を行う。

また、僚機の主な役割は接敵後に編隊長機の援護と警戒となる。これによって、編隊長機は後方を気にせずに敵を攻撃できるわけだ。」


 言ったことを簡単に纏めて板書し、皆がそれを自身の帳面へと写していく。ある程度書き終わったのを確認すると、細々とした説明へと移っていく。


「しかしながら、二機編隊を組む場合、出来る限り貴様らや民間人が思い描くような巴戦はしてはならない。それは何故か、わかるかね、原田訓練生?」


 質問をされた彼女は立ち上がり、少しだけ考えた後に少しだけ不安そうに答える。


「はい、教官殿。それは……僚機の意味がなくなってしまうから、でありますか?」

「うむ、その通りだ。後方の警戒が必要ないのだから、態々リスクを犯す必要性もない。搭乗員というものは機械と違って簡単に替えがきかないからな。

簡単に死ぬよりも、生きて敵を多く殺すことが一番の献身になる。それを忘れる事のないように。……ああ、座ってよろしい。」


 言い終わった後に、思い出したように着席を許可する。彼女が座ったのを確認し、また話し始める。


「……これから残りの期間は、貴様らは二機編隊を中心に学んでいくことになる。本来ならこれから飛行訓練に移行するが、本日は悪天候の為に、各自自己鍛錬とする。以上。」


 その言葉を聞き、すぐさま俺の起立の合図で立ち上がり、一拍置いて礼をする。そのまま教官が室内から出ていく。すると、講義前とは打って変わって皆が集まって話し始める。


「……悲しんでいる暇はないって、そんな言い方しなくたっていいだろうに。」

「ああ……いくら短くても、苦楽を共にした仲間だったんだからよ……」


 肩を落としながら皆で話していく。ほんの少しだけでも話してやることが弔いになると信じて。そうして時は過ぎていく。


「ライスカレー、好きだったよな……」

「肉も好きだったよな、それも何でもいいって言っててよ」


 馬鹿な話も入れながら、少しでも覚えていられるように、彼の話をする。きっと、五年後、十年後には覚えていないだろう。それでも今だけは彼のことを思い出しながら話していく。



 



 その日の夕飯は、彼の好きだったライスカレーだった。

少々体調不良で倒れていた上に難産で思っていた以上に時間がかかりました。

次話は割とすぐに投稿予定。

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