二話
チャイム代わりのラッパが大きく響くと、鬼のような体型と顔をした教官がドアを開け入ってくる。教官が教卓の前に立つと同時に、我らが訓練中隊の中隊長殿の合図で立ち上がり、一拍置いて礼をする。それが終われば、着席の合図で一斉に座る。誰か一人でも着席のタイミングを乱せば、最低でも皆で楽しくランウェイを一往復させられてしまうのだ。タイミングを乱す馬鹿などは流石に居ない。
それを終えれば、どこの学校でもやるような講義が始まる。
「さて、訓練生諸君。この三年間を勉学に励んだのだからもちろん知っていると思うが今までの復習だ、気合を入れて聞け?」
その声に訓練生たちは大きな声でこう返すのだ。
「「はい!教官殿!」」
訓練生の返事を聞き、満足そうな様子で教官が頷く。小学生でもわかるようなことすらも、カリキュラム通りに進めるのが彼らの仕事だ。ある意味では尊敬できるが、自分からその職に就こうとは思えない。俺が望んだのは地上に居る者たちからの羨望を受け、空の防衛を一手に担う戦闘機パイロットだからだ。今後、自らの意志によって教官の職につくことがあるならば、パイロット生命を絶たれた時か、正規の教官ですら戦場に駆りだされるほどに戦況が悪化し、臨時の教官が必要となった時くらいであろう。
そんなことを考えていると、教官が喋り始める。
「我が連邦は東を欧州連合王国、西をユーラシア連邦共和国に挟まれている。そして、我々、極東軍管区はユーラシア連邦からの攻撃に対する反撃が主な任務となっているわけだ。」
教室内を見渡しつつ、教卓に手をついて言い切る。板書をする気は全くもってないらしい。
いつ教官に質問を投げられても良いように、自分の中でも確認をしていく。
今現在、我が国の東は王制を維持する欧州連合、西には社会主義とやらを標榜するユーラシア連邦に挟まれており、ユーラシア連邦とは日本海を挟み日常的に航空機同士の小競り合いが行われている。その為か、極東軍管区では多くのエースを輩出しており、我が国の子供たちの羨望の的になっている。しかし、その分パイロットの損耗も激しく、我々のような訓練生の一部カリキュラムも短縮すら考えられている程だ。
「では貴様、我が軍の基本方針を述べろ。」
我らが中隊長殿の横に移動した教官は、彼に質問を投げかけた。質問をされた彼は直ぐ様立ち上がり、当たり前のようにこう答える。
「はい、教官殿。……我が国は海洋国家であるために、離島防衛、領海警備、領空防衛が基本方針であります。」
「正解だ、訓練生。後でマヨネーズを1kgやろう。当面は野菜を食べるときに重宝するぞ?」
頷きながら茶化したように言う教官に、微かに教室内から笑いが漏れる。あの顔でマヨネーズの贈呈は卑怯としか言えないが、微かな笑いで済んだのは今までの教練の賜物だろう。
仕切り直しと言った風に、教官が手を一叩きすると弛緩した空気が一気に張り詰める。
「我々、空軍が領空防衛をするのは勿論の事であるが、近年ではユーラシア連邦の偵察機や戦闘機との遭遇回数が増えている。お陰で損耗率も上がり、貴様らのようなヒヨッコの訓練期間を切り詰め、一日でも早く、一人でも多く戦場へと送ることが基本になっている。つまり、一刻も早く、ここを卒業するのが祖国や連邦への献身となるわけだ。」
ほんの少しだけ眉をひそめつつも、普段と変わらない調子でそう言う教官は、良心的な軍人なのだろう。以前視察に来た参謀将校閣下などは我々を見るや、練度が低いなどと罵倒したばかりか、あまつさえ問答無用で殴りかかってきたのだから。
「次はそうだな……貴様、主要な国家の政治体制を述べろ。」
次に指名されたのは毎度、皆をランウェイに連れて行く愉快な友人だ。大抵は、一番最初に音を上げるのだから、傍迷惑な奴である。
「はい、教官殿。我が太平洋連邦は民主制であります。欧州連合は立憲君主制、ユーラシア連邦は社会主義体制であります。」
「ふむ、では中東連合は?」
もう一つの勢力について述べなかった彼女の解答は、及第点を付けるにはいささか不十分だったらしく、不機嫌そうな顔をした教官は更に問い掛けた。
若干青くなっている周りの訓練生たちを尻目に彼女は自信満々といった様子で口を開く。
「はい、教官殿。かの連合国家は、指導部と宗教が同列にあり、政治体制を述べるのは小官には不可能であります。強いて言うのであれば、首長制であると考えます。」
「よろしい。楽しいランウェイ送りにしてやろうと思ったが、まあよかろう。」
不機嫌そうな様子は変わらないが、何とかランウェイからは逃げられたようだ、と安心する。
全く、毎度毎度、奴の解答にはヒヤヒヤさせられるのだから、勘弁してほしいものだ。次に何かあった時は奴に酒保で何か買わせよう、と決意していた所に、いつの間にか隣に来ていた教官から声が掛かる。
「……生駒訓練生? そんなに俺の授業がつまらんかね?」
教官が満面の笑顔で問い掛けてきた。経験上、この場合、大抵はランウェイ送りと決まっているが、まだ間に合うかもしれないと即座に立ち上がり口を開く。
「はい、いいえ、教官殿!とても興味深い講義であると、小官は感じております。」
そう言い終わると、教室の雰囲気が張り詰めたものへと変わる。
ああ、ランウェイか……などと諦めていると、教官から頭突きを貰う。あまりの痛みに頭を抱えそうになるが、それを堪えて不動の体勢でいると教官から声が掛かる。
「俺の頭突きに耐えるとは良い体をしているな……きっと元気が有り余ってるのだろう?……貴様だけランウェイを10往復だ!馬鹿者!!」
耳元で叫ばれた後に言える言葉はこれしかないのだ。
「はい!教官殿!!」
と。
取り敢えず、簡単な説明回。
主人公は生駒とかいう織田家の武将に居そうな苗字です。