一話
一面に広がる青。今までのほんの少し雲が混ざる光景とは違うことに歓喜しつつ、風防の止め具を外しゆっくりと開いていく。
すると風が吹き込み、とても気持ち……
「よくない!!結構寒い!」
中等練習機を使った訓練時とは昇る高度が違うが、ここまで寒いとは思わなかった。すぐに風防を閉め、風で少しだけ冷えた頬を擦る。
ちらりと後ろを見れば、菩薩のような顔をした男性が腕組みをしてこちらを見ている。取り敢えず、何事かを聞くことにする。
「教官殿、如何致しましたか………?」
すると直ぐ様、無線機から無慈悲な一言が送られてくるのである。
「戻ったらランウェイ二往復だ、訓練生。」
今日の訓練はこれで終わりなんだから良いじゃないか、と思いはするが、一度口に出せば懲罰が増えるであろうことはわかりきっている為に黙っておく。が、不満そうな雰囲気を出てしまっていたらしく、後部座席に座る彼は、俺の首に巻いているスカーフを強く引っ張る。
「不満かね?」
「め、滅相もございません!」
威圧感の篭った声で言うのだから、考えるより先に体が反応してしまう。ある意味で訓練生活の賜物だろう。
「よろしい。……では訓練生。我らの基地が近くなってきた。着陸準備に入れ。」
自分たちの所属する基地の滑走路が、遥か遠くに小さく見える。先ずは管制からの着陸許可を貰うのが基本である。
「こちらペンギン03、筑波管制塔、応答願います。」
「こちら筑波管制塔、感度は良好です。用件を。」
「こちらペンギン03、着陸許可を要請する。」
「こちら筑波管制塔、三番滑走路への着陸を許可します。」
「了解。三番滑走路へ着陸する。」
「……くれぐれも足を折らないで着陸するように。交信終了。」
本来なら義務的なやり取りの筈なのに、自然と笑みが零れそうになる。確かに、初等練習機と中等練習機を合計で三機破壊したが、それを今言う必要はないだろう。そんな感情を潜めつつ、出力を調整し速度と高度を徐々に下げていく。フラップの展開可能速度に達したので、着陸フラップを下げる。
その後、着陸脚を展開するために、クランクを握り必死に回す。噂では、海さんの機体は油圧で着陸脚を展開させるらしい。本当に羨ましい限りである。これ以上回せないところまで回しつつ、正面の計器を見る。計器上で展開している事になっていれば、しっけりと着陸脚が出ている証拠だ。しっかりと展開している事を確認し、一息つく。そうしている間に教官から声がかかる。
「確認は完了したか?」
「はい、教官殿。完璧であります。」
全ての動作を終え、教官への返答をしていると、近くに滑走路が見える位置まで近付いていた。
滑走路上に進入し、スロットルを絞りつつ機首を僅かに上げる。そのまま高度を落とし接地するが、軽く跳ね少しだけ宙を浮く。この感覚だけは慣れないが、仕方のないものだろう。完全に接地するとフラップを元に戻し、ラダーを使い機体が直進するように調節していく。この状態を維持したまま、軽めにブレーキをかけていく。
「60点だ。1700迄に報告書を提出。良いな?」
「了解。1700迄に報告書を提出いたします。」
教官はそれだけ言うと、機外に出て行った。
今回は問題なく着陸できた……最高の出来と言ってもいいな、などと安心しつつも自信をつけていると、機上に上がってきた整備士から拳骨が振り下ろされる。
「っつぅ……」
頭を抑え、涙目になっている俺に機外から罵声の声を投げかける下士官が居る。この機の整備主任のおっさんだ。
「バカヤロー!なんて着陸をしやがる!!機体の脚折ったらお前の足も折るぞ!!」
このおっさんは非常に怖い。そして何よりも手が早い。謝るのが得策だと考え、しっかりと謝ってから機体を降りる。後ろから怒鳴り声が聞こえるが、きっと幻聴だろう。……そういうことにしておく。
報告書を書くために自室へと向かって歩き始めると、どこか軽やかな調子のエンジンの音がする。それを聞き後ろを振り返れば、強くブレーキを掛け過ぎたのか着陸に失敗して逆立ちする機体が見えた。
こんな日々があと数年は続くものだと思っていた。
————————————そう、あの日までは。