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初恋は必ず叶わないことについて

作者: 土月 十日

* "Why do you lose in your first love" という文書を訳す。

* 多分に意訳を含むものである。



 私/俺の思考をここに記す。


 媒体に意味は無い。

 以下の文章が、私/俺の口から出た言葉の録音であっても、日記から広い集めた抜粋集であっても、ネットのどこかに書き込んだものであっても、投書した論文や、遺書であっても、それらの違いに意味は無い。


 あなたはこの文章を、画面の上や印刷された紙上で読んでいるかもしれない。あるいは音声で聞いていたり、点字の凹凸に触れているかもしれない。

 著作権を放棄しているので、どのような手段であなたが入手したのかを私/俺には予想できない。


 この文章は、現在英語かもしれないし、その近親語かもしれない。あるいはアジア圏の独自の言語や、アフリカの部族語かもしれない。

 人の社会に共通の意識構造コモン・センスが存在する以上、あらゆる文章は互換が可能である。人でなくてもある程度は可能である。大脳の発達している動物達の社会がもう少し洗練されたら、彼らの鳴き声にすら翻訳は可能だろう。


 それらの形式に囚われることは、芸術的ではあるけれど、学術的ではない。

 言葉の韻にこだわることすら学術には不純物である。昨今の論文を見ると、語彙が豊富なものが多いがあれも不純だ。使う単語は少ない方がいい。

 論文で伝えたいことは概念イメージであり、言語ではない。


 ゆえに、あなたが触れるべきは、あなたが今触れている媒体ではない。


 ピクセルの濃淡や、インクの境界、音波や、規則的な凹凸は、決して本題ではない。

 それらから再現される文章も同様に、本題ではない。


 あなたが触れるべき本題は、あなたの脳に再生されている、その感覚である。


 幼い頃の出来事を思い出してみてほしい。

 何か悲しいことがあって、あなたが泣いている。


 今あなたの脳に想起されている、泣きじゃくる幼児こそが、本題と同次元の存在である。

 その状況を言葉で表したら次元が下がる。ただ、心の中にあるそれこそが、私/俺が語るべき、あるいは心を持つ全ての存在が語るべき次元である。


 この世の全ての存在は、その次元を投影した影でしかない。

 一方向からの形は分かるけれど、情報量は微小なものだ。


 夕方、道にあなたの影が落ちているとする。

 その影が持つのはあなたのだいたいの輪郭。服装や、大体の体型が直接分かることで、そこから性別くらいなら推測できるだろう。

 あなたの性格や社会的な立場、生い立ちなど分かるはずもない。あなたと、あなたの影は完全に別物のはずだ。あなたを評価する際に、あなたの影だけを参考にされたら不充分だと憤るだろう。


 長々と語ったのは、私/俺がこれから語る次元である。


 あなたは、この文章ではなく、その情報を受け取った脳が想起する像に相対しなければならない。


 しかし、賢明なあなたはそこに生じる問題に気づくだろう。


 私/俺の頭の中に想起される像が、今こうして文章に投影される。あなたはその投影された文章を脳に送り込み、像を作り出す。

 この時、最初と最後の像が同一であるという保証は存在しない。同一でないことは、私/俺が保証してもよい。


 文章に次元を落とした時点で、情報量は確実に、私/俺の実感を言うなら1割にも満たないほど減っている。


 これは、現在の科学、あるいは哲学では解決できない問題だ。

 議論を突き詰めれば哲学的ゾンビにすら話を広げなければいけないので、どうしても議論したい人はどうにか私/俺を見つけ出してふっかけてくるしかない。


 さて、そうして減った情報量の問題を、あなたは簡単に応急処置することができる。

 簡単な話である。それは、あなたが情報を復元すればいい、ということである。


 この文章に限らず、あなたは、想起する像について誰かと議論をする際には、かならずその復元作業を必要としなければならない。

 何故この文章を書いたのか、何故この順序で書いたのか、そうしたヒントを活用してあなたが想像する。文章の向こうに架空の私/俺を想像して、その私/俺の脳に想起する像をさらに想像する。


 この作業は、現在は人間にしかできない。

 コンピュータは後3回以上歴史的な革命が(1、知能を持つふりができるようになること。2、知能を持つこと。3、人間の精神性を模倣すること)起きなければ不可能だろう。

 無限遠の時間を仮定しても、それができるとは私/俺には断言できない。


 人間にしかできない作業を、ぜひあなたのような人間に駆使してもらって、さらに私/俺の想起する像を伝える作業を続けよう。


 さて、議題をもう一度挙げよう。


 それは初恋についてである。


 私/俺は確信している。それは、初恋は必ず叶わないということを、である。


 おそらく一番多い反論は、初恋が叶った例を知っている者によるものだろう。

 まずそれについての反論を述べる。


 さて、初恋が叶ったと誤解される例は存在する。

 その誤解は、初恋の対象となった異性あるいは同姓と恋仲になることと、初恋が叶うことを同義としていることである。


 両者は明確に違う。

 整理するなら、「初恋が叶う」は「初恋の対象と恋仲になる」と違うということである。


 どう違うのか。

 これは、先ほどの論を再利用するなら、後者は前者を投影した影である、ということである。


 恋するとは、憧れることの一種である、とまず定義しなければならない。


 愛と言う名の本能とは明らかに違う。

 それは、恋するということが、生きる上では不都合でしかないことから自明である。


 さらに洞察を進めると、恋とは、自己の欠落の補填である。


 初恋の対象を思い出して頂きたい。

 必ず自分に無い部分が魅力的な存在だろう。


 さあ、論理が飛躍していく。

 その空白をあなたは想像で埋めなければならない。その作業こそが、価値あるものだからだ。


 初恋が必ず叶わない理由は、初恋という概念に、叶わないもの、という要素が含まれているからだ。


 あなたが女性の胎内で最初の細胞を合成させ(少数の方は女性の胎内以外でその経験を済ませただろう)、その機能に従って自己増殖を繰り返す。

 魚類から始まる生物史を辿って、あなたはやがて人の形をとる。手や足に意味はなく、形成された脳と、その脳に想起される像に意味がある。


 未熟な脳は、神経系の刺激に反応して未熟な像を描く。

 そのことは記憶に積載されていくが、描かれた像を観察する者はいない。

 観察する者は、脳が想起する像の量に比例して構築されていく。


 統計上平均して生後245日、誤差前後309日の95%信頼区間のどこかで、あなたはついに自我を発祥させただろう。

 脳に想起される像を、観察する者の誕生である。それは、現在のあなたへと時間的に連続して存在するあなた自身と同義の存在である。


 それからおよそ5年から10年の時間をかけて、あなたは自我を変質させていく。

 変化のない環境ほどその期間が短いという仮説もあるが、これは有意と言えるほど調査がなされていない。私/俺はあり得る話だと思うので、近い分野の研究者がこの文章を読んでいたらぜひ調査してもらいたい。


 外部からの刺激に適応するように自我を変えていくあなただが、その自我は徐々に固くなっていく。

 固くなるほどに変化の幅が少なくなる。そして、ある日変化が追いつけない刺激に出会う。


 それが初恋である。


 それまであなたが形成してきた自我に欠落していた要素に出会った瞬間、あなたはその要素を欲する。

 自己変化では再現できない要素であるがゆえに、強力に欲する。自分が一生かけてもその要素を取得できないことを予感するからこそ、何より強力に欲する。


 すなわち、初恋とはその欠落した要素を埋めようとする欲求である。

 その欲求はあなたの言語では憧れと命名されている。(翻訳者の人間は、ここの訳を充分に注意してもらいらい。想像力を充分に発揮して)


 その憧れは、おおよその傾向としては異性に向けられる。自らの自我からより離れた存在だからだ。

 しかしそれは傾向でしかなく、少数では同姓、さらに少数では人間以外を対象とする。


 ここで注意すべきは、初恋の対象が異性や同姓、人間以外達そのものではないという前述の論だ。

 彼/彼女は影である。

 つまり、この文章のようなもの。


 この文章の本質が、あなたの脳で今まさに想起されている言葉の概念イメージの集まりであるように、彼/彼女への初恋の本質は、彼/彼女を観察してあなたの脳に想起される像であり、さらに言えばその像を取得したいという欲求である。


 その欲求は、あなたにその対象の観察を要求するだろう。

 そっと盗み見したり、話す機会を増やそうとしたり、意味もなく思い出したりもしただろう。


 全てはその要素を取得するため。しかしここで、あなたの自我は勘違いをする。

 それらの行動は、その対象と仲良くなるためのものだ、と。


 この結果、初恋が叶った、という誤解が生じうる。

 その対象と恋仲になることに、目的がすり替わるからだ。


 しかし、あなたが初恋をしたのは、対象の彼/彼女を想起した際に生じる要素であり、それはあなたの欠落である。

 その欠落した要素を取得して初めて、初恋が叶ったということになる。


 それが不可能であることは明らかである。

 何故なら、その取得が不可能であるからこそ、あなたはその要素に恋をしたのだ。


 ゆえに、初恋はかならず叶わない。

 それは構造的な理由だ。


 さて、ここであなたが2つの疑問を抱いていたら、私/俺は嬉しい。話がしやすいからだ。


 つまり、


 ・それがどうしたの?

 ・なぜ初恋に限るの?


 の2つである。


 何せ、言葉をいじくり回しただけのような論である。

 そこに意義が無いなら、時間を無駄にしたとあなたは思うだろう。


 では、意義を見出そうと思う。


 あなたの初恋の相手を思い出してほしい。


 彼/彼女はどんな人物(あるいは存在)であっただろうか。

 そこに存在するはずの、あなたに欠落した要素は何であるだろうか。


 それは言葉にできずとも、必ず感覚として認識できるものである。

 できるまで想像して欲しい。


 あなたの欠落を認識できたのなら、それこそがこれまでの論の成果である。

 自己の認識は、あなたの幸せにつながる。幸せになる事こそが人生の目的と定義するなら、自己の認識は人生を豊かにする重要な作業であろう。


 欠落は埋めることはできない。もしあなたがその欠落を、欠落していない振りをして生活しているなら精神に多大なストレスが生じる。


 あなたがすべきなのは、その欠落を上手に補償することである。


 そのために初恋を正しく分析することは、大きな助けになるだろう。


 では初恋以外は?


 これも同じだ。人は、自分の欠落を求めてしか恋をしない。

 全ての恋を分析すれば、その全てがあなたの欠落を示すだろう。


 ただし、それは理屈上の話。

 あなたには、恋と、それ以外を見抜く手段が無いのだ。


 初恋を覚えたあなたは、その興奮と高揚を忘れない。

 いくつかの国で規制されている薬物のように、中毒になっているとも言える。それほど興奮とは常習性がある。


 初恋の興奮と高揚を再現しようと、あなたは適当な相手にそれを求める。

 それは自我による本能ではなく、生理的な反応だ。


 ここに、この文章の本論が初恋にしか適応できない理由がある。


 初恋以降の恋は、初恋を模倣した、いわば擬似恋と見分けがつかない。

 生理的な欲求と、自我による欲求はまるで性質が違うが、それを分類できるほどあなたの観測の精度は高くないからだ。


 つまり、あなたが自分の欠落を探るための信頼できる資料として、初恋が利用できるということである。


 あなたはここまでの文章を読んで、初恋の彼/彼女の存在を思い出したろう。

 それは懐かしく甘い思い出かもしれないし、思い出したくもない苦い思い出かもしれない。


 そのどちらも、特別視すべきではないと私/俺は通告する。

 自我が、自らが初めて取得できないものを認識した混乱は、その思い出を大きく意味のあるものとして捉えたがる。


 しかし、それはただ欠落を求めるだけの行為だ。

 私/俺やあなたは、その思い出を自らの欠落を認識するために使うべきである。


 過去にとらわれた現在ではなく、未来のために過去を使う現在であることを私/俺は勧める。


 人類全体の効率化が、私/俺の未来を良きものにすると信じて。


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[良い点] 少し分かりづらい [気になる点] 少し分かりづらい [一言] 良い点悪い点であげましたように、諸刃の剣であると思いますが私は好きなのです。 えっ、これって恋愛ジャンル!? (誉めてるつもり…
[良い点] 言葉をこれくらい こねくり回せば そりゃ面白いでしょうよ しかし読む方は チンのプン チンプンカンプン・・(笑) で、憎いのはそう思うであろう 読者を想定して この作品を書いているきらい…
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