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結婚~エレノアとハロルドの場合

優秀な若手魔法使いでもあるイングラム家の次期当主と、王女の盾とも旗とも名高いガーラント家の長女が結婚する。

この噂は、王国の長い冬の間に国中の貴族に伝わった。

心配されたやっかみは、やはり零とはいえなかったが、それでも第二王子と2人を股にかけていると思われていたころよりはずっとましだったと言える。また、エレノア自身の治癒魔法の第一人者という付加価値が知れ渡るにつれ、『なんの取り柄もない地味な小娘が』という非難が当たらないことが分かったのだろう、とはカーラの解説だ。


式は、春の建国祭のいろいろが終わった6月、イングラムの領地屋敷で行われた。

ちょうど薔薇の盛りでもあり、エレノアの焦げ茶の髪には庭に咲いたたくさんの白薔薇が飾られた。

オフショルダーになったドレスの肩や胸元はレースで、少し空いた背中の下、腰の部分を大ぶりな薔薇の意匠で飾っている。腰からゆったりと伸びる長い裾にはきらきらと光る粒がちりばめられているが、これが清楚なドレスを朝露のように彩っている。

「まるで薔薇の精のようよ」

イングラムの祖母にそう誉められ、エレノアは頬を染めた。

「ありがとうございます、おばあ・・・お母様」

途中で言い直した彼女に、老婦人はふふふと幸せそうに笑った。

「どちらでも、好きな呼び方でいいのよ。どちらだって私はうれしいのだから」

そう言うと彼女は、会場の采配を確認するため、エレノアの部屋をあとにした。

エレノアは鏡を見た。

鏡の中から、焦げ茶の髪に白い薔薇を飾って頬を紅潮させた娘が、じっと見つめ返した。

彼女は長らく、自分に自信がなかった。

大切な人のために服を選ぶことにも、自分の魅力を引き出すために着飾ることにも消極的だった。そんな生き方を急に変えることはなかなか難しく、婚約してからも侍女として主の株を下げないだけの身だしなみを、控えめに整えるにすぎなかった。

けれど、今日、この娘はこれまでの人生で最も華やかに着飾っている。そしてそれが結婚相手である彼のためだということは、誰の目にも明らかだ。

純白の衣装の中で唯一の色彩である首飾りの石が青いのは、ハロルドの瞳に合わせてのことだ。

「ふふ。ハロルド様の『薔薇姫』は、今日はまた一段とお美しいですわね」

背後で見ていたアンがこう言ったので、エレノアはからかわないで、と振り向いた。

そう、ハロルドがエレノアに薔薇を送り続けたことは、何故か貴族中に知れ渡っている。幸せな結婚を印象づけるためにアイリーンが噂を流したか、はたまたなんだかんだでハロルドの相談相手だったらしいディランが彼なりの祝い方をしたのか。

どちらにせよ、こうして薔薇を飾った意図は見る者全てに伝わるということだ。

それが、とても恥ずかしいのに、最高にうれしい。

ハロルドのために身を飾り、彼や周囲にその姿を見てもらえる。エレノアはますます赤く染まってきた頬をそっと押さえた。

「どうしましょう。幸せすぎて、逃げたい・・・」

「こんな時まで出ましたね、エレノア様の『逃げたい』が」

くすくすとアンが笑った。昔からしょっちゅう怖いものや認めたくない感情から逃げていたエレノアだが、今の彼女の顔を見れば、これが本心でないことくらいアンには分かる。

そんな穏やかで、けれどフワフワとメレンゲのように落ち着かない時間を過ごしていると、廊下に面した扉が叩かれた。

入ってきたのはなんと本日のもう1人の主役だった。

「まあ。花嫁姿を見るのは式場でしょうに・・・」

おそらくここへ来るまでにもいろいろな人間に窘められつつ、それを突破してきたのであろうハロルドに、アンは呆れたようにこぼしたが、全く出て行く気のない彼に諦めて壁際に下がった。

ハロルドの方も、装いを白に統一し、胸元だけ紫色の薔薇を飾っている。

その隙のないたたずまいやいつもよりきちんと整えられた髪にほれぼれと見惚れていたエレノアは、彼の様子に気付くのが遅れた。

「ハロルド?」

見開いた目と開きかけた口にやっと気付いて呼びかければ、彼ははっとしたように表情を引き締めた。しかし、その目はまだぼうっとエレノアに向けられている。

「式、やめよう」

愛しい婚約者が真顔で呟いたので、エレノアは凍り付いた。

「え・・・」

この幸せの絶頂であるはずの日に、まさか破談を言い渡されるとは誰が予想するだろうか。

しかし、彼女の混乱と絶望をよそに、ハロルドは距離をつめると、耳元でこう囁いた。

「見せたくない。・・・こんな綺麗なエレノアを、他の奴らが見るなんて許せない・・・」

「ハル・・・」

自分の絶望がどうやら杞憂だったことを知り、エレノアはほっとして彼の愛称を呼んだ。

その途端、うっとりととろけていた青い瞳に火が灯る。

まずい、と思う暇もなく、エレノアの唇は塞がれていた。


「まったく、最近のハロルド様はこらえ性がなくて困ります」

「我慢は過去10年で使い果たしたんだ」

ぷりぷりと怒るアンに、彼女の手で引きはがされたハロルドがしれっとした顔で言う。

「それにしたって、式の直前の花嫁に襲いかかる方がありますか」

とどまることを知らない非難を口にしながらも、アンの手は休みなく的確にエレノアの化粧を直していく。

「エレノアを綺麗にしすぎたアンにだって責任がある」

言っていることは子どものへりくつなのだが、仕上げの紅を塗られているエレノアに未だうっとりと見惚れたままの彼の姿に、アンもため息と共に怒りを霧散させたようだった。

「お褒めいただき恐悦でございます。エレノア様の侍女の責任として申し上げますが、口を赤くしたまま式に臨むのはおやめ下さいね」

ああ、と気がついたようにハロルドは自分の唇に触った。

そして真剣な顔で呟く。

「・・・牽制として、使えるかもしれない」

「おやめ下さい」

こうしていくつかのささやかな問題が起きたが、それらを無事に乗り越えたエレノアとハロルドは、この日めでたく夫婦となった。


体調の問題でしばらく投稿が滞り、お待たせして申し訳ありませんでした。

2人を結婚させてほっとしたような、ハロルドのエレノアに対する言葉の不自由さにぎょっとしたような、微妙な気分のお話になってしまいました。

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