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悪役の言い分~エレノアの場合

エレノアの出番は終わり、後は建物内の最終的な捜査を残すのみとなった。

先に馬車の中で休むように言われて外に出たエレノアは、月明かりの空を見上げて一つ息を吸った。

このまますぐにでも寝台へ倒れ込みたいが、城へ帰るまでには、まだ僅かな時間がある。エレノアは少し迷った末、ある方向へと重たい足を動かした。ハロルドは救護のため城へ急行しており、このまま馬車に入っても心が安まらないと思ったこともある。

暗い木の下に複数の見張りが立っている。

エレノアはそこに厳重に縛られたジリアンの姿を見つけ、近づいていった。

ジリアンと、もう一度話をしなくてはならないと思った。今を逃せば自分が彼と会う機会はないかもしれない、とエレノアは感じていた。城へ戻ってハロルドも回復すれば、彼らはエレノアをジリアンから遠ざけ、そして何も見せないままジリアンの刑を執行する気がする。

見張りは最初、彼女が危険人物に近づくことに反対したが、最終的にはよくよく注意するようにと言って許した。精霊との使役契約が消えたジリアンが、僅かな水の魔力をもつのみだと分かっているからだろう。

彼は、エレノアが見張りとやりとりをしているあたりから彼女に気付いて、地面から暗い目で見上げていた。

「何しにきたのさ」

投げやりな声で問われ、エレノアは答えた。

「理由を聞きに。アイリーン様を誘拐した理由。私とハロルドの命をとろうとした、理由」

エレノアの方も、疲労のためかかなり雑な口調になった。ひどい目にあわされたジリアンへ、気を遣う気にならなかったせいもある。

ジリアンはエレノアが諦めるのを待つかのように、しばらく地面に落ちた陰を見つめていた。

エレノアはそれでも待った。どうしても、彼の口から理由を知りたかった。治癒魔法の普及のために共に尽力していた彼が、なぜこのようなことをしたのか。仲間だと思っていた彼が、命を取ろうとした理由は何なのか。

「本当に知りたいわけ?」

「言って」

ジリアンははあと黒い地面にため息をこぼした。それから、闇に溶けるようなかすかな声で、語り出した。

「ずっと、あいつが水魔法の代表だったんだ。ハロルドが。あいつと同じ属性のせいで、ずっと僕は日陰の身だった。それでもいいって、何度も思おうとしたんだ。目標にして頑張ろうってさ。でもさ、あいつ、あっさり人気の研究職を蹴って国防へいったと思ったら、伯爵家へ養子入りだろ。その上どうやら君に思いを寄せたあげくだ。馬鹿みたいだと思わないか?僕らみたいな小物が地道に努力して何とか魔法省に滑り込んでも、あいつは軽々その上を飛び越えていくんだ」

エレノアが黙っていると、ジリアンはそのまま話し続ける。

「でも、面白いよね、君が僕の顔を見て目を伏せるたび、あいつ、苛々した顔をするんだよ」

エレノアは目をみはった。確かに彼女は、ジリアンの容貌に、破談になった婚約者の姿を見ていた。別にそこに、恋慕や憧憬などはなく、時折胸がちくりと痛むのでそうしていただけのこと。エレノアはそんな些細なことをジリアンに気付かれていたことも、その上ハロルドがその様子を見ていたことも、この時初めて知ったのだ。

そんな彼女の反応を楽しむように目をあげて、ジリアンは続けた。

「君を薬入りの酒で酔わせたときのあの顔ったら。ああ、あのまま君を汚せなかったのは残念だったなあ」

夜会の日、わずかな酒で酔って記憶を失ったことがあった。そういえばあれはジリアンに勧められた杯だった。今日に至るまでにすでに向けられていた、明確な悪意に、エレノアは青ざめた。

ここでジリアンはぎろりとエレノアを睨んだ。

「やっと気付いたみたいだね。そうさ、僕は君のことも大嫌いだよ。僕らの居場所を奪おうとするんだから。知ってるかい?君が治癒魔法を使えると分かるまで、ハーディ様は僕に治癒院の施術を担当させようかとおっしゃっていたんだよ。それが、蓋を開けてみたらどうだ?ハーディ様まで君を気に入って、後押しするじゃないか」

エレノアは、まさかと思い呟いた。

「あの噂・・・」

「そうさ。僕が頑張って流したよ。でも、その悪評も、結局君の力不足より逆境での努力を認めさせることになっちゃうし。本当、頭に来るよ。女だったら失恋で部屋に籠もるくらいすればいいのに、仕事に出てくるし」

そういえば、ハロルドとリリーの話をエレノアの耳に入れたのはいつもジリアンだった。エレノアは言葉が出なかった。

「だから、知り合いからこの計画を聞いたとき、真っ先に思ったのは君のことだったよ。治癒院の旗印の君を殺せば、与える影響は大きい。その上君のことが大好きなハロルド・イングラムも苦しめられる。僕は君を殺すことを前提に、タガード伯爵に協力を申し出たんだ」

ジリアンの『理由』は、保守派だとか反改革だとか以前の、個人的な嫉妬だった。同じ属性のハロルドへの嫉妬、治癒院でのエレノアへの嫉妬。常に逆境でがむしゃらに動いてきた覚えしかないエレノアには、自分が仕事の上で嫉妬の対象になるということが信じられなかったし、さらにそれがジリアンを国家に反逆するほどの計画に駆り立てた切っ掛けであることに目眩がした。

そんなにいいものではなかった。

ただ、ひたすら目の前のことを頑張ってきただけだ。

それでたまたま、努力を認めてくれる人がいただけだ。

けれど、その状況すら、頑張る場を与えられぬ人間には妬みの対象になりうるのだ。そして認めてくれる人との出会いも、紅一点という目立つ立場ゆえだと思う人間はいるのだ。

信じたくない。けれど、ジリアンの憎しみに満ちた目を見れば、それが真実だと、分かる。

「君たちが魔法使いの居場所に入り込んできて、その上庶民まで呼び込まれたら、僕らはどうしたらいいんだよ!」

血を吐くようにジリアンは叫んだ。その声はか細くかすれているくせに、嫌に耳に突き刺さった。

エレノアの中には怒りよりも悲しみが押し寄せた。

けれど、決して泣くまいと歯を食いしばった。どれほど悲しかろうと、彼の主張に負かされるわけにはいかなかった。

今いるのは、アイリーンや、ファレルや、ハーディや、他の皆で切り開いてきた道、エレノア自身も信じてきた道の上だ。ときに道の正しさを疑い、見直すことは必要だけれど、暴力や利己的な血統主義を振りかざしてきた相手の言葉に揺るがされるのは違うと思った。

自分の指先をぎゅっと握りしめながら、エレノアは、やっとの思いでこれだけ口にした。

「・・・ハロルドだって、私だって、努力してきたわ。そして、きっとこれからも努力する。上手くいってもいかなくても、皆、そうやって生きているのだから」

ジリアンは、答えなかった。

彼は先程投げつけた激しい悪意が嘘のように、うなだれて動かなかった。力なく投げ出された足が、糸の切れた人形のようだった。

夜の濃い陰が、彼の顔を隠していた。

エレノアも、もう何も彼に言うことがなかった。

見張りに頭を下げるとエレノアは、後は振り返らずに立ち去った。


【悪役の言い分

「どうしてこんなことを、ですって?」

シーラは頬を歪ませて嗤った。

「決まっているじゃない。貴方が憎かったからよ。フリアンの心を奪った貴方が」

家のために望まぬ結婚生活を送り、ようやく自由になった。けれどそのとき、自分には何もなかった。父母はなく、兄弟はすでに結婚して幸せな家庭を築いている。残されたものは、過去の思い出だけ。

フリアンとの温かな思い出が、彼女の全てだった。

「貴方はまだ、なんでももっているじゃないの!若さも、きれいなままの経歴も、家族も・・・!私にはもう、彼しか居ないのに!」

ユリアは、首に掛かった彼女の指をどうすることもできなかった。

「お願い、フリアンを私にちょうだい・・・!」

次第に薄れていく意識の中で、悲しくて悲しくて、ユリアは一筋涙を流した。】

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