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出会いは~カーラの場合1

カーラは背筋を伸ばして、魔法省への通路を進む。

今年の建国祭のショーに出席する王女の代わりに、詳細を打ち合わせるためだ。

こうした外部との細かな交渉は、省内では人事部の管轄になっており、そこに思い人がいることを考えるとカーラの足取りも自然と軽くなる。

思い出すのは、もう遠くなった昔のこと。

今もはっきりと覚えている。

あの年は、カーラにとって人生で最低で、最高の年だった。


先祖代々王宮に勤めるキャンベル家では、7才の年には魔法の修行を始める。そのころにはたいてい身体が出来て、魔力の使用が負担にならないとされている。そしてただの令嬢ではなく天下一流の使用人を目指すにはそんな幼い頃からの修行の積み重ねが必要なのだ。

「魔法に大切なのはイメージする力です。そしてどのような大がかりな魔法も、基本の五つの要素のイメージから出来ています」

家庭教師はそう言って、紙に水、火、木、土、風と書いた。

「では、水からやってみましょう。さあ、イメージするのです」

家庭教師が厳かに宣言した。

「はい、先生」

幼かったカーラは、少し緊張気味に返事をし、両手で椀の形を作った。そして、水、冷たくて透明な水、とあらん限りの力で祈った。

カーラの白い額に血管が浮かび、頬が真っ赤に紅潮した辺りで、家庭教師から制止がかかった。

カーラの手のひらには、湿り気一つなかった。水は具現化していなかった。

家庭教師は、ふむと顎に手をあてて言った。

「水の適性はないのかもしれませんね。他を試しましょう」

「はい」

魔法には生まれもった魔力の性質によって、適性がある。適性のない魔法は使用が難しく、全く使えないものもある。水は汎用性が高いため、使えないのは少し残念だったが、カーラは仕方がないと気持ちを切り替えた。

「それでは、指を一本立てて・・・そうです、蝋燭のようにです。さあ、火をイメージしてみましょう」

こうして魔法の授業は続いた。

しかし結果としてこの家庭教師とは一週間でお別れすることとなった。

カーラは、水も火も木も土も風も、何一つ具現化することができなかったのだ。

両親はそう聞いて驚いた顔をした。

この国では魔法を使えない人間は非常に珍しく、生活の全てが魔法と結びついているといっても過言ではないのだ。そしてどんなに魔力の量が少ない子どもだろうと、ほんのちっぽけな火か水くらいは労なく出せるものなのだ。

しかし、両親はそれでカーラを責めたりはしなかった。

「貴族の令嬢ならば労働をする必要はないのだから、気にすることはない」

父はそう言ってカーラの栗色の髪を撫でてくれたし、母も笑って頷いてくれた。

けれど、カーラはそれで良しとは思えなかった。

彼女がキャンベル家ではなく、どこか他の家の令嬢だったなら、そうは思わなかっただろう。大抵の貴族の令嬢は、自らの手を労働に使うことなどしないため、魔法を使う必要もない。けれど、カーラはカーラ・キャンベルだった。父も母も、兄も親戚も皆が王宮に出仕し、陰に日向に王族を支えている一族に生まれて、どうして自分だけ何もしない令嬢然と座っていられるだろうか。カーラには、耐えられなかった。

それでカーラは、こっそり魔法の修行を続けた。両親は魔法の使えない彼女を気遣って、家庭教師を早々にやめさせてしまった。そのため、自分の部屋で他の勉強の合間を縫って、ひっそりと行った。イメージが大切だというのなら、その『もの』をよく知ればいいのかもしれないと、土を触ってみたり、花を摘んでみたりした。水とは何か調べたし、風の種類も調べた。

それでも何一つ、変化は見られなかった。

カーラが火に触ろうとして火傷をしたとき、知らせを受けて急ぎ家に戻ってきた母は娘の身体を抱きしめてこう言った。

「もう、魔法にこだわるのはやめなさい」

カーラは首を振った。動くと振動で火傷した指先が痛かったが、気にしていられなかった。

「でもお母様」

「どうしても王宮でお勤めしたいと思うのなら、魔法が使えなくても取り立てていただけるような力をつければよいのです」

母の薦めで、カーラは侍女として必要とされる技能を徹底的に身につけることになった。

もともとキャンベル家の人間は、幼い頃から自分の身の回りの支度などを行いながら、それらを少しずつ身につける。そのため侍女修行自体にはカーラも全く抵抗がなかったが、それでも魔法への思いは消えなかった。

6つ年上の兄は風の魔法が得意で、まだ学生だがすでに第二王子の侍従候補として王宮にも顔を出している。事情通の家族によれば、第二王子は非常に口が悪いらしい。兄は風を操作して彼の失言が聞こえないようにできるので重宝されているという。

魔法が使えないということは、そうした特技が最初から期待できないということだ。同い年の王女に仕えることを目標にしていたカーラには、到底納得できなかった。

彼女の落ち込みは家族にも伝わっていただろう。しかし、多忙な両親は時間が解決するのを期待したらしかった。

「僕の魔法の先生に話したら、カーラに興味をもっていたよ」

兄のクリスがそう言ってくれたのは、両親よりも長く彼女の様子を目にしている彼なりの協力だったのだろうか。

「学校の先生がですか?」

カーラは首を傾げた。王宮学校は貴族の子弟がこぞって通う名門校だ。そこの教師が生徒の妹の話まで聞いてくれるとは不思議だったのだ。

「そう。ホールデン先生はもともと魔法省の方でね。授業以外の話もして下さるいい人なんだ。ちょっと変わっているけど」

「その先生は、なんとおっしゃったのですか」

カーラは藁にもすがる思いで尋ねた。

「魔法が使えない理由を調べてみたいと言っていたかな」

兄はきっと、そこまで深い意味をこめずにそれを口にしたのだろう。

けれど、そのときのカーラにとって、それは天啓だった。

そして、それは今振り返っても、天恵だったと思える。

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