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勇気を出して~ハロルドの場合

エレノアがアイリーンと、ハロルドがホールデンと、奇しくも同じときに話をした結果、二人は互いに話をしなくてはと思うに至っていた。

エレノアはその夜封印していた恋愛小説を開きながら、暦に視線をやって次にハロルドと会う日へ思いを馳せたし、ハロルドもまた仕事の傍らエレノアの勤務予定を思い起こしていた。

しかし、その思いはなかなか実現しなかった。

「うまくいかないものね」

エレノアはため息とともにそう呟いた。もう夏も終わるが、秋の収穫祭の前には話をしようと考えていたのだが、次の会議の前にハロルドが王都を離れねばならなくなったのだ。

理由はファレルにある。

彼は、ハロルドから精霊の話を聞いたあと、魔法省にあるはずの精霊についての研究を探してくるよう命じたのだ。

とはいえ、直属の上司ではないため従う義務があるわけではないし、王族の権威を友人に対して振りかざすファレルでもない。それでもハロルドが動いたのは、事がエレノアに関係していたからだ。

ハロルドはファレルから借りた鍵を手に、魔法省の書庫へと潜る途中、あの日のやりとりを思い出した。

「過去に、精霊についての研究を行った魔法使いがいた」

「お前が一番目立たないから、探してこい」

そう言ったファレルに、ハロルドは一人で探せるものではないと主張した。

書庫の奥には、半ば忘れられた未分類の研究が無数にうごめいている。装丁を整えられてもいない研究記録は、手に取らねば名前も分からない紙の束だ。無造作に積まれたそれらの中から目的の一冊をどう探せばいいのかという問題があった。

しかし、ファレルはあっさりとその研究の在処を示した。

「閲覧禁止の棚にあるはずだ」

閲覧禁止であれば、所定の棚で厳重に管理されている。よくまあそんなものを知っていたと驚けば、かの王子はにやりと悪い笑顔になって言ったのだ。

「禁止されると気になるだろう」

と。クリスの補足では、ファレルは余暇に閲覧禁止の研究や書物の目録に目を通したり、立ち入り禁止の部屋を覗いたりする趣味があるのだという。

それを聞いて、なるほどこいつならばありそうな話だと納得してしまうハロルドだった。

「悪趣味だな」

と言うと王子はなぜかふんぞり返った。

「まあな。しかし、こうしてたまに役に立つ」

確かに、お陰で少し真相に近づけそうだ。そう思いながら、ハロルドは地下の扉を開けた。

夏だというのにそこはひんやりと涼しかった。

ハロルドは暗がりの中を進む。

魔法省の膨大な書庫に潜る。魔法に関する蔵書は王立図書館にも多数あるが、こちらには省内で過去に行われたおびただしい数の研究が書き残されているのだ。一応研究職の人間が管理しているはずなのだが、貴族である魔法省の魔法使い達には自ら整とんするという考えがないらしく、相変わらずの乱雑さとほこりっぽさだった。

背丈の倍ほどあろうかという棚の間を、積み上げられた紙の山を避けながら奥へ奥へと歩いていく。

つんと鼻をつくかび臭さがいよいよ強くなってきたころ、ようやく目的の棚が見えてきた。

それが遠目にも分かったのは、魔法の鍵がほの明るく緑色に光っていたからだ。

書庫には一介の職員でも入れるが、この鍵を扱えるのは各部の長や副長など、省内でも限られた人間だけだ。鍵自体もまず複製出来ない代物だが、万一に備え毎年解除に使う呪文も変えているという念の入れようだ。

ハロルドはまず、その鍵を眺め、正常に機能していることを確認した。

それから手順通りに鍵を解除していく。呪文は鍵を預かったときにファレルから聞いている。

がちゃりと右に一度鍵を回し、一つ目の呪文を唱える。

「・・・ファレル殿下万歳」

抵抗を感じつつぼそりと呟くと、鍵は青く光り始めた。

今度は左に二回鍵を回し、二つ目の呪文を唱えようとする。これもまた、口にするのには勇気が必要だった。

「・・・谷間、それは男の夢」

緑の光がぼうっと一際大きく輝き、消える。鍵が解除された合図だ。

ハロルドは、あの変態王子に呪文を決めさせたのは誰だとため息をつきながらも、手早く魔法の明かりを灯す。

そうしてしばらく棚全部を眺めた後、ハロルドは顔をしかめ、二度瞬いた。

それからもう一度、時間をかけて棚の隅から隅までを確認して、彼は眉間の皺を一層深めた。

「・・・ない」

ファレルが目録を見たのは半年前。目録の更新時は実物と照らし合わせて行われるから、その頃には、確かにここにあったはずだ。

閲覧禁止はもちろん持ち出しも禁止だ。特別な必要を認められる場合に限り、鍵をもつ人間には閲覧が認められているものの、それでも申請書を提出しなければならない。そして、当然ながらハロルドは申請書の有無を確認してからここに来ている。

つまり、何者かが無許可で持ち出したことになる。

何物かが、精霊を悪用しようとしている。

ハロルドは、つうと背中をつたう冷たいものに、自分が冷や汗をかいていたことを知った。

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