出会いは~エレノアの場合2
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「あら、もう聞いたのね」
アイリーンはあっさりと肯定した。
「そうなの、ファレルをお隣の国に視察にやったでしょう?その成果を形にするように言ったら、冬の間に魔法省で実用の認可を取ったから、地方への普及活動をしたいのですって」
昨年の秋、エレノアは第二王子ファレルの外遊に同行し隣国で治癒魔法について学んだ。それからいろいろなことがありすぎて、わずか半年前のことがずっと昔のことのように思い出されたが、王都ではその間も物事が進んでいたらしい。
「もともとエレノアが書いた報告書なのでしょ?だから貴方に参加して欲しいと言われて、私も了承するつもりでいたのよ。こちらとしても今後の政策のために、貴方が内情を把握してくれるのは助かるし」
アイリーンの言葉にエレノアは頷いた。
自分の家族の病を治したくて、寝る間も惜しんで必死に調べ、書き上げた報告書だった。それがこの国で生かされるのであればうれしいし、それでアイリーンも助かるというならなおさらである。
頷きながらエレノアは頬の火照りを抑えるのに必死だった。
ハロルドのせいだわ、とエレノアは思った。
先程別れ際に、扉を開けようとしたエレノアを引き留めてハロルドが言ったのだ。
「なんにしろ、これから頻繁に会えるのは、うれしい。やっと、堂々と誘えるし」
彼はいつもの流暢さはどこへ行ったかというたどたどしさでこう言うと、エレノアが絶句している間に逃げるように行ってしまったが、彼女の頭の中ではこの言葉がいまだぐるぐると回っているのだ。
アイリーンはエレノアをじっと観察し、小声で言った。
「ハロルドから聞いたのね。・・・何かあった?」
「な、何も!」
声をひっくり返らせたエレノアに、分かりやすいわ、とアイリーンは微笑んだ。
計画は5日後から始動した。
王子の部屋にほど近い会議用の部屋に集められ、エレノアは久々に会う面々に顔をほころばせた。
計画の関係者の半数は隣国への外遊に関わった随行で、エレノアとともに古文書の読解に頭をひねった仲間だった。そこに魔法省からハロルドとその他数名の魔法使いと、文官たちの姿もあった。
後者はハロルド以外、エレノアを見て、侍女がこの場に現れたせいか怪訝な様子を隠さなかったが、エレノアは気にしないことにした。
遅れて現れたファレルは、一同を見渡すと着席を言い渡した。
第二王子のファレルと会うのは久々だが、今日もその美貌には一変の曇りもない。双子のアイリーンと同じ明るい金の髪に、宝石のような碧の目。すらりとした手足は、また少し伸びたかもしれない。
エレノアは一瞬だけ合った碧の瞳にどきりとしたが、彼が公の場でいつも被っている猫を装着していたので、少しだけほっとした。
「・・・次に、治癒魔法の効用について。ハーディ」
「はい、説明いたします」
第二王子のよく通る声が、軽快に会を進めていく。
本来王子自身が会を進行する必要はないし、普段の彼なら頼れる侍従にさっさと丸投げしている。そのためエレノアは、これは王子がどれほど本気でこの計画を進める気でいるかを関係者に示すための演出なのだろうと察した。
いつも不遜で傍若無人、だらだらと長椅子に寝そべっている印象の強いファレルだ。それは王女とその周辺では『困ったファレル』と呼ばれているほど。しかし、そんな彼も、時たま自分の仕事に対してこんな真剣な顔をすることがある。よそ行きの王子様然とした笑顔でもなく、だらけた姿でもない、珍しく仕事をしている彼の顔は意外と大人びていた。
この日は治癒魔法とその普及計画の簡単な説明があり、今後の日程を確認して会議は終了した。
部屋を出ようとしたときだった。
「エレノア」
呼び止められ、エレノアはすぐさま立礼する。相手は第二王子だ。
「ちょうどアイリーンのもとへ向かうところだ。同行しろ」
命じられては否もない。エレノアはファレルの侍従クリスと目を見合わせ、彼の後をついて行った。
双子のアイリーンとファレルは非常に仲が良く、防衛上の理由もあってファレルはしょっちゅう妹姫の部屋に入り浸っていた。
ところが、王女の部屋へ入るなりファレルは大声で言ったのだ。
「やあやあ悪徳王女アイリーン!」
これにアイリーンも即座に振り向いた。
「何よ!?」
「自分に男がいないからと、侍女を妬んで婚約を破談に導いた悪徳王女よ!ご機嫌はいかがかな?」
開口一番暴言を吐いた双子の兄に、アイリーンはすでに武器を構えている。
「私のせいで自分が振られたとでも思っているの?むしろ即座に切り捨てられるところを勝機が増えたと思ってもらいたいわね!」
アイリーンの手からスリッパが飛んだ。
「何にしろお前がエレノアに選ばれたことに変わりはない。文句ぐらい言わせろ悪徳王女!」
「また言ったわね?!」
滅多にないほどの双子の喧嘩に、エレノアはあっけにとられた。同時に、それで最近ファレルがアイリーンの部屋に現れなかったのだと一部納得しながら。
「・・・まあ、そういう噂が流れたことは事実なんだけどね」
肩をすくめて王子を引きはがしにかかったクリスに、唖然としていたエレノアも続いた。
ようやくアイリーンが椅子に落ち着いたのは、彼女の武器であるスリッパが王子を20発は叩きつけ、王子もまた『悪徳・・・』と30回以上言い放った後のことだった。
「邪魔をするつもりはないわ」
侍女の煎れた茶を一口飲んでアイリーンが言ったが、ファレルは疑いの眼差しを向けた。
「どうだか。どちらにせよ俺の味方をする気もないだろう」
見合いの場ではアイリーンに対して何も言わなかった彼だが、密かにそこを根に持っていたらしい。
アイリーンがため息をつく。
「私は、エレノアの味方だもの。だからといってファレルの邪魔をしているわけではないわ。ちゃんと今回の計画にもエレノアを出したでしょう?」
「それはアイリーンの都合でもあるだろう」
まあそうね、と王女も認めた。
「でも、そういうファレルこそハロルドを招集するとは思わなかったわ」
部屋中に散らかったスリッパを拾い集めながら、エレノアはこっそり驚いた。てっきりハロルドの件は王女の差し金だと思っていた。
ファレルはふん、と行儀悪く鼻を鳴らした。
「身分や立場のせいで選ばれたと言われるのは癪だからな」
そう言って彼がちらりと自分を見たので、エレノアはどきりとした。彼女が求婚を断ったとき、王子はエレノアの断りの理由は立場に関するものばかりだと切って捨てたのだ。
「それに、この計画は絶対に成功させたい。それにはあいつがいた方が良い」
ファレルはまたあの、ごくまれにしか見せない真面目な顔をした。
これにはアイリーン以下部屋に居合わせた一同がしんと静まった。しかし彼はすぐにエレノアを見てにやりと笑った。
「惚れたか?」
「ほ・惚れません!」
エレノアが叫んだのと、アイリーンがスリッパを投げたのは同時だった。