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話したくなる状況~エレノアの場合

【話したくなる状況

相手の話を聞き出すには、相手に安心感を与えることが大前提となる。

そのため、可能な限り緊張感をとくことの出来る状況や体勢をとること、さらに相手の立場に同調を示すことが有効である。

聞き手の姿勢も、大切だ。前のめりになって聞いている場合には、話に興味があり、聞き入れられているという安心感を与える。逆に腕組みをしたり、背中をイスにつけて反りながら聞けば、相手は話を続けにくくなってしまう。】


アイリーンのスリッパコレクションは日々増大している。

最初はエレノアが補充係だったはずが、カーラが潜入捜査の度に道々可愛いものを見つけた、と買い集めてくるのだ。最近では皆それを見て、今回は羊の飼育が盛んな場所へ行ってきたのか、などとカーラの動向を察している。

アイリーンは真綿のような白のスリッパのしなりを確かめながら、口を開いた。

「この分だと、私がクーデターで失脚なんてしたら、『国を傾けた王女のスリッパコレクション』だとか『王宮に残された1000足のスリッパ』だとか言われそうね」

「アイリーン様が失脚するような未来はございませんし、スリッパ程度でこの国は傾きません」

アイリーンの冗談は、ジゼルによって綺麗に否定される。

「それに、アイリーン様のスリッパはすぐに消耗してしまいますから」

もう一人の侍女もにこやかに続け、確かにとエレノアも頷いた。

王宮内にある王女の部屋は土足なので、本来スリッパの出番はない。しかしこれをアイリーンは主に武器として使っているため、意外に消耗が激しいのだ。使用対象である双子の兄ファレルが、機会を増やしてくれるせいで。

そこへ、足早に一人の侍女が戻ってきた。

彼女の様子に、談笑していた王女達は表情を改めた。

「また、議員が急死致しました」

それは、今年4人目となる親王派議員の急死だった。

この報せに、にわかに王女の間は慌ただしくなった。来客に備えてアイリーンの身だしなみを整える者、茶が出せるよう準備をする者、外に出ているカーラたち『耳』に連絡をとりにいく者もいる。

まもなくして、予想通りの客、ファレルがクリスを連れてやってきた。

「また、殺意の痕跡が見つからなかった。おかしい。半日も経っていないのに」

ファレルはどさりと長椅子に座ると、首を回した。目立たない色合いの服装を見るに、不幸のあった屋敷へ出向いてそのまま来たのだろう。

彼の言葉にアイリーンも一層深刻な顔になった。

ファレルの目には、殺意などの強い感情を伴えば、魔法を使っていないときに発せられるほんのかすかな魔力ですら残滓となって映る。そのため魔力の痕跡さえ見つけられれば、犯人が見知らぬ暗殺者だろうと、少なくとも殺害方法にたどり着けることが多いのだ。

ところがこの議員の急死に関しては、これまでの三件とも魔力が残っていなかった。それについては、魔法以外の方法で殺害されたために放出された魔力が少量で、時間の経過によって消えてしまったのだと思われていた。ファレルがちょうどホールデン領にいた時期だったこともあり、現場に到着するのに時間がかかっていたことが原因だろうと思っていたのだ。

しかし、今回はその理由には当てはまらない。

「よほど以前に仕込んだ毒なのかしら」

なんとか説明をつけようと言ったアイリーンに、ファレルは首を振った。

「それなら、全く見たことのない毒だ。突然死なのに、身体が干からびたような衰弱具合で」

「私も聞いたことがないわね」

「すっかり面変わりしてしまって、衣服がなければ本人か迷うほどだ。あれが魔法でないというのが不思議でならない」

ファレルはその光景を思い出したのか、秀麗な顔をややゆがめていた。

それはエレノアが聞いても、異様な死に思えた。

殺意も伴わない、突然の変死。人相が変わるほどの衰弱。干からびたような死に様。

そんな異様な話が、エレノアの記憶の一部を強く叩いた。

気付いたときには、エレノアは口を開いていた。

「本当に魔法ではないのでしょうか」

今は王族の真面目な話合いの最中で、侍女が許しも得ずに口を挟むべき場面ではない。そのためエレノアは集まった視線に我に返ると、慌てて頭を下げた。

「申し訳ありません」

床を見つめたエレノアに、ファレルの声がかけられた。

「いや、構わない。ただ、魔法使いが魔法を使えば、確実に見える」

「はい・・・」

大人しく返事をしながらも、許しを得てもち上げたエレノアの顔は、そう言っていなかったらしい。

元々素直な彼女だが、今はざわざわと胸を騒がせる何かが、この機会を逃してはならないと呼びかけてきていた。

アイリーンが優しい声で尋ねた。

「エレノアは何か、気になることでもあるの?」

エレノアは迷った。話すべきだと直感が告げている。そして話す許可はアイリーンがくれた。しかし、浮かび上がった言葉は一族の秘密に関わることで、今度はうかつに話してよいのか分からなくなってしまったのだ。エレノアは自分に集まった数対の視線に震えた。

しかしその視線の中に、じっと緑の目をこちらに向けて待ってくれているアイリーンを見つけて、決心した。

エレノアは一つ息を吸うと、こう言った。

「私の実の父も、同じような死に方を致しました」

まあ、とアイリーンはこんな時でも眉を下げ、気の毒にという気持ちを表してくれる。

そのことにエレノアはまたわずかに力を得て、続けた。

「そのようなことがあって、隣国で精霊信仰を学んだときから考えていたのですが・・・精霊のような存在に急激に魔力を奪われれば、何の痕跡もなく衰弱死したように見えるのではないでしょうか」

ここまで話すと、エレノアは王女等の反応を待った。心境はこれから説教をされるのを待つ子どものようで、彼女はひどく所在なさげに立っていた。

本当ならば、この話には続きがある。それを話した方が理解は進むだろうとエレノアは思った。

しかしやはり、それを今いきなり話す勇気は出なかった。実際にその精霊の一人に出会い、一族が精霊と契約をし、魔力を吸われることで命をつないでいるということは。それを話せば、ガーラント家ならば魔力の痕跡を残さずに犯罪が可能なのではという疑いの目を向けられる可能性もあり、さらには得体の知れぬ存在と契約を結ぶとは、と一族が咎められる可能性もある。

アイリーンやこの場の同僚のことは信じている。しかし、それだけに、彼女らにどう思われるのかが怖かったのだ。

そのため、エレノアの決死の発言に対するアイリーンの反応は、可能性の一つとして覚えておくという、慎重なものに留まったのだった。



エレノアは去り際のファレルに呼ばれ、クリスと共に王子の後に続いた。

部屋にはいると、ファレルはまずエレノアを長椅子に座らせた。

「エレノア。お前が先程言っていた話は、お前の母親や妹の病とも関係があるのか?」

ファレルに聞かれることは、ある程度覚悟していた。エレノアが隣国で家族の病を治そうとしていたことと、その病が魔力に関するものであることをこの王子は知っているのだ。

俯いたエレノアに、ファレルはこう言った。

「俺がお前の立場でも心配するだろうが、別にそれを知ってどうこうする気はない。そういった存在が実在するのかを判断したいだけだ」

ファレルの言葉にはいつものように気遣いは無かったが、声音は存外優しかった。

その声に後押しされ、エレノアは恐る恐る顔を上げた。

王子はアイリーンによく似た宝石のような緑の瞳で、じっとエレノアを見ていた。

その目には、今もエレノアの土色の魔力が見えているはずだ。彼のその力で、妹の魔力を見てもらったことを思い出し、エレノアは小さく息を吸うと口を開いた。

「殿下には、その件でお力添えいただいたのに十分なご報告もせず、申し訳ありませんでした。お察しの通り、我がガーラント家の病は魔力を体内にため込むことによるものでした」

結局のところ、原因が病ではなく体質だったため、エレノアが隣国で学んだ治癒魔法も根本解決にはならなかったのだ。

「それで・・・その溜まった魔力を解放するために、精霊に魔力を食べさせたのです」

「そんなことをしたのか」

さすがに驚いたのか、ファレルは軽く目を見ひらいた。しかし、彼は依然前のめりにエレノアの話を聞いてくれていた。

「はい。ちなみに、私が精霊と呼んでいるものが、隣国で精霊と呼ばれるものと全く同じなのかは、私にも分からないのですが」

精霊なのか、魔物なのか、得体の知れないものであることをエレノアは言外に告げたが、ファレルに呼称にこだわる気はないようだった。

彼はそれよりも実の部分にこだわった。

「その精霊とやらに接触するのは、危険ではないのか」

「危険でしたわ。恐らくは、私の実父が変死したのはそのせいですもの。でも、母と妹を救うには、もうそれしか考えられなかったのです」

「よく、無事でいるものだ。どういう方法をとった」

「魔力をため込んでいる分、他の人よりも魔力切れで死に至る危険は少なかったのだと思います。それに、命を取らないよう約束を結びました」

「つまり、意思の疎通が可能な存在ということか」

はい、とエレノアは頷いた。実際に精霊と会話を交わしたのはハロルドだが、エレノアもそれを聞いている。それから、エレノアは隣国で精霊の祭られた社で彼らの声らしきものを聞いたことも付け足した。

「精霊は皆、魔力を捧げられることを喜んでいるようでした。ですからもし、精霊を思うままに動かして魔力を奪わせている人間がいるのなら・・・そんなことが可能なら・・・」

言いながら自分で言った言葉にエレノアはぞっとして言葉を途切れさせた。

第二王子は、ちらりとクリスの居る方に目をやると、何事か確認しあった後にエレノアを見た。

彼は落ち着いた声で淡々と言った。

「過去にそういう魔法が研究されていたことはある」

エレノアはぎょっとして息を飲んだ。

彼女の動揺を宥めるかのように、ファレルは一切気持ちの揺れを見せずに続けた。

「公にはされていないがな。隣国の精霊信仰について調べていた魔法使いが、過去にそのような存在を使役できないかと研究していたらしい。もっとも、この国には精霊がいないと結論づけて断念したようだが」

「では、もしかしたら・・・」

「まだ何とも言えないが、お前が言うことが確かなら、魔力の痕跡がないことに説明がつく。俺は精霊の社に行っても、精霊の気配は感じなかったからな。そうなると、可能性は考えるべきだろうな」

エレノアは、一体どうなってしまっているのだろう、とざわめく胸を押さえた。精霊との関わりはもう、ガーラント家の次の子どもが契約を必要とするときまでないつもりだったのに。アイリーンの政敵が消え去り、王女の周囲には平穏が訪れたと思っていたのに。

そんな彼女の様子を見てか、ファレルはいつも通りの笑みを浮かべて見せた。

「今回は国家の問題だ、お前が焦らずとも皆が動けるのだから、安心しろ」

「はい」

「ちなみにアイリーンの方も安心しろ。あいつはお前があの場で話しきれなかったことに気付いて俺に合図してきたのだから」

「!・・・はい」

それからファレルは、精霊に関することは他言しないようにとエレノアに言い含めた。

エレノアはアイリーンの部屋に戻りながら、考えた。

もしかしたら、ファレルには優しいところもあるのかもしれない。仕事面で尊敬できることは治癒院の件でも、魔法具の性能でもわかっている。少々変態めいた接触も最近は少し節度が出てきたし、何より、彼とはアイリーンのためという共通の目的がある。

エレノアは、ほんの少し、ファレルの存在を心強いものに感じた。

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