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本音を聞き出す方法~エレノアの場合

【本音を聞き出す方法

相手が隠そうとしていることを聞き出すためには、相手が油断した瞬間を狙う必要がある。代表的な方法としては、長々と緊張感のあるやり取りをしたあと、立ち去ると見せかけて相手が気を抜いたところで最も重要な質問をするという方法がある。】

「やられたわ・・・」

これを先に知っていれば、とエレノアは呟きかけて止めた。

知っていれば、どうしたかったというのだろう。


「お待たせ」

「どうもありがとう、ハロルド」

イザベラの襲撃後、ハロルドはアイリーンや自分の上司でもあるイングラムの祖父に願い出て、エレノアの送り迎えをする役割をもぎ取っていた。

彼は当初アイリーンにエレノアを魔法省に一切出入りさせないようにといったのだが、さすがに一侍女のために全ての日程を動かすわけにはいかなかった。そのため、エレノアが魔法省へ行かねばならない日にはハロルドが迎えに来ることになったのだ。

彼の姿を見て高鳴った胸に、仕方がないじゃないの、とエレノアは誰にともなく言い訳した。

だって、好きな相手が目の前にいるのだ。それも、家族だからとはいえ、自分のことを心配して、守ってくれている。こんなことをされて思いを忘れられる訳がない。

エレノアはそっとハロルドの横顔を伺った。切れ長の青い瞳を囲む長いまつ毛も、涼やかな鼻梁から顎へと続く曲線も、相変わらず女性とみまごう美しさだが、いつの間にか喉元に男らしさが見えるようになった。ちょうどエレノアの目の高さにある胸も、肩も、余裕ある黒い上着に隠れてなお、自分とは違う硬質さを感じさせて、その腕に抱き上げられたことを思い出すとエレノアの頬は自然に熱くなった。

「体調はどうなの」

ハロルドが口を開けたので、エレノアは動揺していぶかしまれないように急いで答えた。

「もう完全にいいのよ。カーラがまた、スッポンを差し入れてくれたの」

以前カーラの薦めで食べて以来、この美食の栄養価を高く評価しているエレノアだ。もっとも初めて目にしたときはその亀に酷似した形状とそれをそのまま鍋に入れたような調理法にぎょっとしたのだが。

ハロルドも記憶を掘り出したらしく、あああれ、と微妙な顔をした。

「今度こそ、共食いなんじゃ・・・」

「え?」

「いや、何でもない。効果があったんだ」

エレノアはぱっと顔を輝かせた。

「とっても健康にいいのよ。カーラがまた取り寄せてくれるというのだけれど、ハロルドも一緒にどう?」

あわよくばスッポン友の会に引き込もうというエレノアの気を察知したのか、ハロルドは少し引いた。

「いや、間に合っているかな」

「そう?遠慮しなくてもいいのよ」

エレノアは残念な思いを隠せずに言った。

「頼むからエレノア、それをいろんなところで言って回らないで」

「あら!ハロルド、良いこと?スッポンはね・・・」

「いや、効果を疑っているわけではなくて。ええと、とりあえず、スッポンの布教は女性限定にしておいて」

久々に『お綺麗な』と言うにふさわしいよそ行きの顔で微笑まれ、エレノアは丸め込もうとしているなと勘づいたものの、乗せられてあげることにした。真実言うことを聞いてあげたくなるような美しい笑顔だったこともあるが、それよりも、そろそろ目的地だったからだ。

「まあ、あんまり人気が出すぎても困るものね」

言いながら、ちらりと斜めに睨み上げて『折れてあげた』のだと示しておく。ハロルドのことを言えない、自分も大概彼に甘いものだと思いながら。

そう、身内に甘いのは彼も同じだ。

「なぜこんなことをしてくれるの」

ハロルドが最初に迎えに来た日、エレノアは思わずこう口走った。

本当は聞かなくても知っているのに。

彼が涼しい顔をしていながら、身内にはとても甘いことを。

ほとんどの人間に猫を被って一線引いた付き合いをしているハロルドだが、その分懐に入れた相手には甘い。なんだかんだ言いながら親友のファレルの頼みは聞いてしまうし、義理の家族のことも大切にする。転移場所ではハロルドが必ずエレノアを内側にしてくれたし、今になって考えれば、治癒魔法の指導に参加していたのもエレノアが国土の魔法使いの中に一人入って邪険にされないように気遣ってくれたのだろう。

こうしてエレノアにもいまだに優しくしてくれるのは、そういう理由だと、分かっている。けれど、それがまだ辛かった。

好きでいていいのかと、心の隅で希望が芽生えてしまう。いいや彼は家族に甘いだけだとそれを自分でへし折るたび、胸が痛んでしまっていた。

「なぜそんなことを言うの」

ハロルドは怪訝そうな顔をした。当然だ、せっかく善意で仕事中に抜けてきてくれたのに、こんなことを言われたら腹も立つだろう。

けれど、エレノアの方も理由など言えるわけがない。

「だって・・・」

エレノアは自分の両手の指を見つめながら、唇を震わせた。

「お願いだから、優しくしないで・・・」

けれど、切実な懇願もハロルドには伝わらなかった。

「・・・迷惑?」

低くなった声に慌てて顔を上げ首を振るが、見上げた彼の眉間に皺が寄るのはいつものこと。しかしエレノアは手を握りしめた。ハロルドの青い目が悲しみに沈んで見えたから。

彼のしかめ面はいつもこんなに切なげだっただろうか、そう見えたのは自分の気持ちのせいだろうか、とエレノアは戸惑った。

ハロルドは淡々と言った。

「この頃、俺のことを避けていたよね」

「そんなことないわ」

エレノアはとっさに嘘をついた。襲撃直後は気を緩めたもののその前の行動を思えば、見え透いていると自分でも思いながら。

「じゃあ、なんでそんなに離れていくの」

ハロルドの指摘したとおり、二人の間には一歩以上の距離がある。

「気にしてくれてありがとう。でも大丈夫よ」

「だから、それはなんなわけ。理由があるなら、言ってよ。直すから」

言えば彼が困るだけだ。そして二人の間は、今エレノアが作ったぎくしゃくとした距離よりも、さらに遠ざかってしまうだろう。

「理由なんてないわ。ただ、もう大人だし、それらしい振舞いをしなくてはと思っただけ」

「本当に何でもないんだ?」

「そうよ」

「分かった」

そう言うと、ハロルドは廊下を戻っていこうとした。

背中を向けたハロルドに、エレノアは自分で断っておきながら寂しさを感じつつ、それでもこれでいいのだとほっと息をついた。

そのとき、あ、とハロルドが声を上げた。

「そういえば、例の願掛けは上手くいった?」

「え?願掛けって?」

はめられたと気付いたときにはすでに遅かった。

ハロルドは廊下に立ち止まり、にっこりときれいな笑顔でエレノアを見つめていた。

「エレノア」

「はい」

エレノアは、ハロルドに鞄を自分で持つと言い張ったとき、願掛けをしているからと苦し紛れの言い訳をしたのだ。しかし自分で言っておきながら、そのことをすっかり忘れていた。

「やっぱり俺のこと避けていたんだ」

「・・・ごめんなさい」

「なんで」

答えられずにエレノアはうつむいた。

あなたが好きで、これ以上好きになって苦しまないためにはそれしか思いつかないからです、と言ったら彼は困ってしまうだろうから。困らせたくない、そしてそれ以上に、困った顔をされて傷つきたくないとエレノアは思ってしまう。

「ごめんなさい。・・・どうしたらいいか、わからなくて」

涙をためた彼女の口からこぼれ出た言葉に、ハロルドはため息をついた。

その気配だけでエレノアの身体はびくりと震えてしまう。

嫌われたくない、という気持ちがエレノアを怯えさせていた。思えば昔から、ハロルドにため息をつかれるのが怖かった。

ハロルドが身を屈めたのが分かって、エレノアはおそるおそる目を上げた。

エレノアの予想に反して、今度は、ハロルドは顔をしかめてはいなかった。

彼は困ったような悲しんでいるような顔をして言った。

「避けられたら、傷つく」

エレノアはこくりと頷いた。

「理由はファレル?」

エレノアはびっくりして首を横に振った。

「じゃあ、ジリアン?」

「なんで?」

「良かった」

無駄な殺生をしなくてすんだ、という物騒な呟きにエレノアは小さく首を傾げたが、ハロルドはすぐさま話を変えた。

「俺が、怖い?」

その言葉はあまりに唐突で、エレノアは目を丸くした。

しかし、ハロルドがじっと待っているので頭の中で反芻してみた。ハロルドが怖い、というのはある意味あっている。正確には、ハロルドに優しくされたり触れられたりして諦めきれなくなってしまいそうな自分が怖いのだけれども。

それでエレノアは、おずおずと頷いた。

「そう・・・分かった」

ハロルドは一瞬表情を曇らせたが、すぐに微笑んで見せた。

「なるべく、怖がらせない距離にいるようにするから。お願いだから守らせて」

いい?と聞かれてエレノアは守ってもらうのは自分なのにそんなふうに下手に出させてしまったことに申し訳なさを覚えた。

それで、こくこくと大きく頷いた。

それから10日あまりがたっているが、彼は宣言通り以前より少し距離を保って、エレノアの隣を歩く。

その距離は先にエレノアが作ったもので、これも彼の優しさだ。ハロルドのおかげで、やみくもに避けようとしていたときの居心地の悪さはなくなった。

当てが外れたのは、望んだとおりの距離なのに、思った以上にしつこい自分の恋心がなかなか消えてくれなかったことか。

エレノアはその手の届きそうな優しさの中で、喜びと切なさとを感じていた。


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