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出会いは~エレノアの場合1

【出会いは突然に・・・

ユリアは初めてのお忍びに浮かれていた。だから曲がり角の向こうから近づく足音に気付かなかったのだ。どん、という衝撃と共に、ユリアの身体は仰向けに地面に倒れ込んだ。

「大丈夫か?!」

「ええ、大丈夫で・・・いた!」

立ち上がろうとしたユリアは足首の痛みに小さく叫んだ。

「ひねったのだろう。すまなかった。家まで送ろう」

断ろうと慌てて顔を上げれば、そこにいたのは、凛々しい騎士だった・・・】


資料室へ本を運んでいたエレノアは、ぼんやりと昨夜読んだ本の内容を思い出していた。

甘い甘い恋愛小説は、読みつけないエレノアにはハードルが高く、遅々として進まなかった。なんとか冒頭の出会いの場面を読み終わったところで就寝したのだが。

「エレノア」

背後からかけられた声に、エレノアは飛び上がった。

その表紙に、手にしていた本が均衡を崩し、床に散らばる。

「大丈夫?」

慌ててしゃがみ込んだエレノアと同時に、声の主も本を拾い始めた。

エレノアの視界に黒髪と青い瞳の青年が映り込む。

その途端、ぶわりと血が沸騰したような気がして、エレノアはそれを押し隠そうと口を開いた。

「あ、ありがとう。ハ・・・イングラム様」

呼ばれた青年、ハロルド・イングラムは驚いたように目を見開き、それから少し眉をひそめた。しかし往来のある廊下で言い争うのは避けたのだろう、何も言わなかった。

代わりに彼は、拾い上げた本を返さずにエレノアの手の中の分も奪うと、こう言った。

「運びますよ・・・エレノア・ガーラント嬢」

それは先程の彼女の発言に対する当てつけで、静かに微笑んだ彼の青い瞳を見て、エレノアはスッと背筋が寒くなった。


「ここでいい?」

「はい」

思わず敬語で答えたエレノアに、ハロルドの目が一段と冷たくなる。

しかしエレノアはぎこちなくまたこう言ってしまった。

「ありがとうございまし・た・・・」

ハロルドがとうとう眉間に皺を寄せたので、彼女の声は途中で途切れた。

彼は、無言で資料室の入り口を閉じた。

バタンと重い音がして、室内が暗くなる。

「あ、あの、ハロ、いえ、イング」

「それ何なの」

薄暗い室内なのに、エレノアにはハロルドの端正な顔に浮かぶ眉間の皺がよく見えるような気がした。

「あの」

「何、イングラム様って」

「だって」

エレノアにも、彼の言いたいことは分かった。ほんの少し前までハロルドと呼んでいたのに、急に家名で、しかも様付けで呼ばれたので彼は怒っているのだろう。しかし、エレノアとしても思い悩んだ末のことなのだ。

「だって、呼び捨てもおかしいでしょう?・・・もう、姉弟ではないのだし」

つい先日まで、二人は義理の姉弟だった。エレノアがまだ幼いころにエレノアの母が再婚し、現在の父がハロルドを連れて婿養子に入った。それから10年もの間、二人は書類の上では家族だったのだ。もっとも、そのうちの大部分は姉弟の実感など湧かないほどにすれ違って過ごしたのだが。

エレノアの言葉に、ハロルドも一瞬押し黙った。

しかし、彼は瞬く間に得意の理論武装を構築した。

「今まで俺がガーラント家にいたことも、エレノアがハロルドと呼んでいたことも、城の人間は知っているでしょ。それが突然変わる方がおかしいよ」

「そうかしら?」

エレノアは疑わしく思ったが、うまく言い返すことができなかった。

「そうだよ。それとも、『もう姉弟ではない』となったら俺は名前で呼べない程度の親しさなの」

「違うわ!」

それまで積み重ねたものを否定するような言葉に大きく首を振り、エレノアはようやく気付いた。

つまり、ハロルドも自分と同じように、エレノアに否定されたように感じたのだと。

彼女は心の底から謝った。

「ごめんなさい。ええと、じゃあ、ハロルド」

「・・・うん。分かってくれたならいい」

表情を伺うように上目遣いで呼んだエレノアに、ハロルドはふいと目をそらした。

エレノアは、そんな彼に首を傾げながら尋ねた。

「そういえば、王宮に来るなんて珍しいわね。どうしたの?」

ハロルドは王宮に隣接する魔法省所属の魔法使いで、基本的にそちらで仕事をしている。

彼は言った。

「ファレル主導の新しい計画に、魔法省からも人材を出すことになったんだ。それで今日は奴のところに顔を出してきた」

努めてさりげない声を出したのは、友人だが第二王子でもあるファレルの名を口にするためだろう。

彼はちらりとだけエレノアに目を戻して付け足した。

「エレノアにもアイリーン王女から話が行くと思うよ」

「え・・・何故?」

エレノアは思わず聞き返してしまった。その面子に自分が加わるとは、考えたくない状況だ。

ハロルドは彼女の心情を察した様子だった。肩をすくめて説明する。

「治癒魔法の普及に関する計画なんだ。視察に行ったエレノアはほぼ決まりでしょ。大方、俺に話が来たのはアイリーン王女の心遣いだろうね」

彼とて気まずいだろう。ファレルの場合は常人と同じ神経をしていない可能性もあるが、立派な凡人であるエレノアは非常に気まずい。

何しろ、彼らハロルドとファレルは、つい先日エレノアに求婚をした張本人なのだから。


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