過去の人~エレノアの場合3
ややR15よりの表現が出てきますので、好まない方は後書きだけお読みください。とはいえ、ほんのり程度です。
「何をやっているの」
氷のような目で睨まれ、エレノアは驚いて一、二歩下がった。
そのとたん、急に視界がぐにゃりと歪み、足元が沈みこんだように感じた。
気が付けば、エレノアの腰はハロルドに支えられていた。
ため息がエレノアの耳にかかる。
「・・・気分が優れないようなので、少し休ませます」
いつもより2オクターブは低いハロルドの声を耳もとで聞きながら、エレノアは弛緩した意識で考えをまとめようとした。
ハロルドがどうしてここにいるのだろう。ハロルドはリリー・ホールデンと踊っているのではなかったのか。それがなぜ突然現れて、自分の腰を支えて歩いているのか。それにまた怒っているみたい、とエレノアはふわふわする足を動かしながら考えた。
「何で、ハロルド?踊っていたはずでしょう」
少しなじるような声が出たが、エレノアはそんなことには気付かなかった。
ハロルドもまた、怒るのに忙しいらしく、処置無しというように頭を振っていた。
「ありえない。何を考えているの。歩けなくなるほど飲むなんて」
庭園に続く扉をくぐると、ハロルドは東屋の方へと歩き出す。
風に当たって少しだけ視界がはっきりしたエレノアは、ハロルドにこのまま強制的に休憩させられるのはなぜか嫌だと思って口を開いた。
「もう大丈夫よ、二杯しか飲んでいないもの。歩けるわ」
「二杯のわけがない。支えられないと立てないくせに。こういうのは歩けると言わない」
「平気よ」
反発してハロルドの手から逃れようとしたエレノアは、しかし、逆にふらついて肩まで支えられることになった。
そのまま彼は東屋にエレノアを座らせた。
そして立ち上がろうとするエレノアの肩を押さえて言った。
「エレノア、自分がどんなに危険なことをしていたかわかっているの」
「危険?」
こてんと首を傾げて見上げたエレノアにハロルドは堪忍袋の緒が切れたようだった。
「それも、わかっていてやっているの」
さらに低くなった声をうまく聞き取れず、そして散漫な意識で理解もできず、エレノアはただむやみに反抗したい気持ちから答えた。
「わかって?そうね、そうだと思うわ」
酒のせいで舌足らずに言う彼女に、ハロルドは何かを耐えるように身を震わせた。
「・・・異性の前で体の自由がきかない状態に陥って、あまつさえ無防備な姿をさらして危険な目にあいたいのかと聞いているんだけど」
「大丈夫よ、ハロルドだもの」
「何が大丈夫なわけ」
「だって、他人じゃないわ」
このときエレノアがハロルドから目を逸らしていなければ、彼の青い目が剣呑な光を宿したことに気付いただろう。
ハロルドは一層低い声で言った。
「・・・でも、もう兄弟じゃないでしょ」
その直後、エレノアの唇に湿った柔らかいものがあてがわれた。
一瞬驚き固まったエレノアだったが、呼吸を奪われた苦しさに身をよじれば、ようやく解放された。
離れていくハロルドの顔を見送ったエレノアは、訳がわからず茫然とした。
その青い目は熱を帯び、唇は紅をひいたように赤く濡れている。それはまるで、たった今まで口づけていたようで・・・
そして目を見開いたところで、ハロルドの肩越しにリリーの姿を見つけ、エレノアは我に返った。
リリーが見ていた。どこからか。今の、・・・口づけを見ていたのだろうか。
翻った空色のドレスを見て、エレノアは思わず手を伸ばしていた。
「待っ・・・」
呼び止めようとした口はしかし、再び塞がれた。
すぐに唇が熱を帯びる。
雷のようなしびれを覚えたエレノアの体は、無意識のまま逃げようとしたところをハロルドの腕に捉えられた。
そしてしびれた唇をこじ開けるようにして入り込んだ熱いものにエレノアは驚き、今度は意識的に顔を背けようとしたものの、顎を捉えたハロルドの力にはかなわなかった。
エレノアは唇も吐息も食べられてしまうような感覚におののいた。
口内に侵入したハロルドの舌は甘く苦い酒の味がした。
苦くて、怖くて、甘くて、苦しくて、逃げ出したいのに他のことなどなにも感じられなくて、エレノアはただただそれを受け入れていた。
やがて息苦しさが耐えきれなくなって、とうとうごくりと口内の唾液を飲み込んだ。
エレノアが喘ぐと、ようやくハロルドの唇が離れていった。
それはどのくらいの時間だったのだろう。あまりに現実感がなく、唇が離れていくところまで見届けてもまだエレノアには何が起きたか理解出来なかった。
「ハロルド?」
自分の声が間抜けに聞こえたことにエレノアは困惑する。唇も口内も腫れてしまったようにうまく動かなかったのだ。
それは酸欠の頭の方も同様で、エレノアは息も整わないまま呆けたようにハロルドを見上げた。
彼もまた、呆けたようにエレノアを見ていたが、やがて顔を赤らめた。
「エレノア・・・」
そのとき彼は謝ろうとしたのだろうか、それとも他の何かを言おうとしたのだろうか。
しかしそれは永遠に分からなくなった。
彼の腕の中、エレノアは気を失うように眠ってしまったのだ。
前書きを読んでとんでいらした方へ
現れたのはハロルド。
酔ったエレノアを介抱するも、挑発的なエレノアの態度にあおられて思わずキスをしてしまった、という内容です。
間の悪いことにそれをリリーが見ていましたが、気付いてエレノアが止めようとしたもののハロルドは止まらず、最終的に酔いの回ったエレノアの寝落ちで終わります。




