新天地~エレノアの場合3
ゴールデンウィークですが、出来る限り更新したいと思います。
【新天地・・・
ユリアは窓を開け、入ってきた新しい空気を胸一杯に吸い込んだ。
「ここが、私の新しい家」
ユリアはこの家で自分を磨き、彼との関係を深めていくのだ。
たくさん悩んだし、たくさんの障害があるのは分かっている。けれど、彼の恋人になりたいと思ってしまったのだ。
ユリアはそっと、机の上の押し花を撫でた。大事な人からもらった花。彼がこの花のようだと言ってくれたことを誇りに戦おう・・・ユリアはそう胸の中で呟いた。】
ファレルという名の嵐が通り過ぎ、数日。
ハーディの言うとおりに治癒魔法を覚える候補者を交代してもらって、ようやく一人の若者が治癒魔法を使えるようになった。
エレノアはほっとしたが、残念なことにその若者はあまり魔力量が多くなく、1日に大量の人間に治癒を施すことが難しそうだった。そのため、国土部の推薦を待って他の候補者にも指導をする予定だ。
「今日は治癒院の手伝いなの?」
ジリアンに聞かれ、エレノアは苦笑した。本当は治癒院こそが自分の仕事場になるはずだったが、現状彼の言うとおり手伝いそれ以下といったところなのだから。
「そうよ。指導役がしばらくお休みだから」
エレノアのいない間、代わりにジリアンがハーディとともに治癒に当たっていたのだ。彼にも他に役目があるのに、申し訳ない。エレノアは今日こそ頑張ろうと、小さく拳を握った。
ちなみにハロルドも今日は朝から自分の仕事に行ったらしく姿が見えない。彼は、何度言っても『大丈夫』『問題ない』と席を外そうとしなかった。それで文官からも他からも文句が出ないということは、どうにか仕事をしているのだろうとは思っていたが、いつ済ませているのかは全くもって謎だった。
「エレノア、昨日一人、女性の患者が来たんだ。今日ももし女性患者が来たら、治癒できるかもしれないよ」
「はい」
ハーディの言葉に大きく頷いて、エレノアは気合いを入れて清掃を始めた。
診療開始と同時にぱらぱらと患者が入り始め、昼前には並んで待つ人も出た。しかし患者は一様にハーディの診察を望んだため、エレノアには出番がなかった。
「ちゃんとした魔法使いに見てもらいたいんで」
こう言われてしまえば、本職の魔法使いではないエレノアには返す言葉がなかった。自分の代わりにジリアンが治療を手伝っている状態を目の前で見て、朝の意気込みもさすがにしぼんでしまう。
そんな調子でそろそろ昼の休憩時間を迎えようかというときだった。
「あのう・・・まだ、お願いできますか?」
そっと戸口からのぞき込むようにして顔を見せたのは、40がらみの女性だった。
ハーディの前にはまだ2人の患者が並んでいる。エレノアはちらりとそれを見て、彼女に近づいた。
「私でよろしければ、治療させていただきます」
「・・・男の先生がいるって聞いたんですけど」
女性はじろじろとエレノアを観察した。エレノアは彼女の硬い表情を見て、少しがっかりしながらももう一度言ってみた。
「ええ。でも、待っている間に休憩時間になってしまいますもの。お忙しい中時間をつくっていらしたのでしょう?少しでも良くなって帰ってくださいな」
「それは、まあ」
女性が手に持ったままだったエプロンを握り直す。そこに迷いを読み取ったエレノアは、室内に促すように彼女の背中にそっと手を当てた。
「あの、まだ入ると決めたわけじゃ・・・」
女性は慌てたように立ち止まろうとした。しかしエレノアは敢えて彼女の言葉を聞き流し、手元に意識を集中した。
「あら、貴方はもしかして、血の病でお困りでは?」
さりげなく触れた手から彼女の体調を言い当てれば、女性は驚いたようにエレノアを見つめた。
「どうして分かるんです?」
内心で拳を握りしめながら、エレノアはにっこり余裕ありげに笑って見せた。
「治癒魔法ですもの」
そのまま診察場所に促せば、驚いてあっけにとられていた女性は素直に椅子に座った。
エレノアはその正面に陣取って、彼女の手をとると言った。
「さあ、治療を始めましょうか」
エレノアの土属性が得意な血の病の患者だったという幸運も重なり、患者は治療にたいそう感動して帰っていった。
「女の先生なんて見たことないから最初はどうかと思ったけど、先生はすごいね」
先生、先生と感心したように繰り返されてエレノアはこそばゆい気持ちになったが、今後の仕事のことを考え、鷹揚に笑っておいた。彼女から、エレノアでもちゃんと治癒が出来ると話が広がってくれれば最高だ。
女性患者が帰ると、エレノアはほっと息をついた。
「お疲れ~」
「ハーディ様」
ハーディが仕切りの上に伸び上がって、にやにやとエレノアを見下ろしていた。
「君、呼び込みの才能あるんじゃない?なかなかの見物だったよ」
「ありがとうございます。とりあえず、一人目ですわ」
まだまだ一人目、それでも一歩前進できた。エレノアは大きく息を吐き出すと、立ち上がった。
「これからは敬意を込めて、スッポンのエレノアと呼ばせてもらうよ」
ひらの亀からスッポンに格上げだ。アイリーンのために磨いた技と根性が、またここでハーディに認められたようで誇らしかった。
エレノアは、軽口を叩き続けるハーディに軽く微笑んで口を開く。
「その名に恥じないように頑張ります。とりあえずお昼を食べてから、ですけど」
新天地にて、エレノアはようやく小さな勝利を手にした。




