王女のルール
エレノアは困惑して眉を下げた。
「あの、それは、どういったことでしょうか・・・?」
「まあ落ち着きなさい」
割って入ったのは同じく侍女のカーラだった。
「アイリーン様の言うのはつまり、貴方を侍女という立場に縛り付ける気はないということよ」
エレノアはそれでも意味を掴みかねていたが、アイリーンはこくりと頷いた。
王女は閉じた扇を手に打ち付けた。小気味良いパンという音が室内に響き、それで気合いを込めたというように口を開く。
「あのね、私は二度貴方の恋を邪魔したわ。一度は貴方の婚約を破談にしたこと」
エレノアは無礼を承知で口を挟む。
「それは」
「いいえ、貴方が私を責めてなどいないのは知っているわ。でも、私はそう思っているし、事実半分は私のために貴方を振り回したせいだわ」
エレノアはなお反論したかったが、アイリーンは美しい青い目でみつめるだけでそれを黙らせた。
16才になった王女の容姿には、少女特有の清らかな可愛らしさに大人の女性のつややかさも加わりつつある。そんな彼女の瞳は見る者を従わせる力をもっていた。
アイリーンはまっすぐにエレノアを見つめながら再び口を開いた。
「二度目は、貴方の見合いを邪魔したこと」
「それもアイリーン様は」
エレノアは半ば叫ぶように口を挟んだ。しかしすぐに決して大きくはないアイリーンの声がエレノアのそれを凌駕する。
「私が貴方を助けたと言いたいのでしょう?確かに貴方は迷っていたものね。でも、滅多にない決断の機会を逃させたのも事実よ」
つい先日のエレノアの見合いは御破算に終わった。それはエレノアが求婚者を選ぶことなく、アイリーンの侍女という選択をしたからだ。その決断をエレノア自身は悔いていないが、アイリーンには思うところがあるらしかった。
エレノアは、友人にそんな思いをさせたことを心苦しく思う。
「アイリーン様が気になさることなど、何もありません」
きっぱりと述べた彼女に、王女は少し表情を和らげた。美しい唇が優美な弧を描く。
「そう言うのなら、私の気持ちを楽にしてくれるわよね?」
「はい」
反射的に答えたエレノアだったが、その後のアイリーンの表情を見て何か間違えたことを察した。
にっこりと満面の笑みを浮かべた王女は、こう続けた。
「それなら、問題ないわね。侍女だからとか仕事が忙しいからとか理由をつけず、恋をすること。まずは相手を避けずによく見ること。私も、貴方の恋の成就に協力するわ。私を侍女の恋路を邪魔する悪徳女王にしないように、頑張るのよ。いいわね?」
反論の隙など与えるものかとばかり、まさに立て板に水の勢いだ。
あっけにとられるエレノアをよそに、目の前で二人の友人達は話を進めていく。
「そのルールは私にも適用されると思っていいですね?」
「あら、カーラったら。もちろんよ」
「では、そろそろ私もあの方に本気になっていただかなくては」
ふふふと笑うカーラに、アイリーンが言う。
「カーラの本気は怖そうね」
「いいえ、あちらに本気を出してもらうのです」
「それなら私、来週の魔法省の視察にはカーラと行くことにするわ」
そうして王女は、エレノアかカーラが私の子どもの乳母になってくれたら最高よね、とうっとり頬に手を当てて夢想した。そんなアイリーンにうっかりいろいろ想像して赤面しつつ、エレノアはこの先を思って途方に暮れた。